持ち出し光
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんなは明かりをつけ続けるのと、頻繁につけたり消したりするのと、どちらが電力を食うと思うだろうか。
よく耳にするのが、明かりはつける時が一番電力を使うというもの。実際、蛍光灯をつける瞬間は、およそ明かりをつけっぱなしにした際の、7秒分の電力を消費するという。
点灯から7秒で済む用事なんか、忘れ物を取るときくらいかね? 1分つけっぱにした時の電力におよぶのにも、8回はつけたり消したりしないといけなくなる。悪ふざけでもしない限り、こんな扱い方はしないだろう。
要は状況に応じて、明かりを取り扱えというわけだ。これは何も電気代の心配ばかりじゃないぞ。もし大人から不可解な明かりの取り扱いについて聞くことがあれば、素直に従っておいた方がいいかもだ。
先生の過去の経験なんだが、聞いてみないか?
先生が物心つき始めたころ、大きな地震があった。
住んでいるところは震源地からだいぶ離れていたけれど、連日のニュースで被害地の惨状が報じられてね。災害に対する関心が大いに増した、きっかけとなった。
育ち盛りということもあって、災害に遭った時、最優先で確保するべきは水と食料。次に明かりとラジオだと、個人的に感じた。
まず食べなきゃ動くことができない。そして動くにしても視界と情報を確保しなければ、無駄や危険を無くすことはできない、とね。
家族全員、手製の持ち出し袋を用意する段になって、先生が真っ先に突っ込んだのが食料。
次がラジオや懐中電灯と、それに使う電池だったんだ。
電池は入れっぱなしにしていると、寿命が短くなると聞く。使う時以外は電池を外して、袋の中へ入れていたよ。あとは応急処置の道具や、貴重品などなど。その時々で要るものが違ってくるだろうから、空きのポケットをひとつは作って置くように言われたわ。
一度詰めたといっても、それで半永久にOKとはいかない。
食料には消費期限があるし、懐中電灯たちも定期的にチェックをしなくては、いざという時に困るのは自分だ。
先生の家はそこのところ、とてもナイーブでね。食事に関してはたとえ期限に余裕があろうとも、半年後には新品のものに取り換えるよう指示を出された。
子供にとっては、なんとも味気ない水とカンパン。それらを節分の豆のようにもくもく平らげ、新しく買ってきたものを詰めていく。
もちろん、災害に見舞われないからこそできることであり、幸せの証でもある。でも味がない生活は、子供には退屈きわまりないものさ。
しかし、あくびばかりをしていられない事態が、一年経ったころにやってきた。
持ち出し袋内の懐中電灯が、つかないんだ。
柄の端から入れて、明かりのふちの部分を回転させてスイッチを入れるタイプなんだけど、半年ぶりに突っ込んだ電池は、こそりとも電灯を明るくしてくれない。
何度ひねっても、結果は同じ。他に何も使っていないのに、電池がこんなにも早く無くなるものか。
親に伝えて、新しい電池を用意してもらう。そいつを突っ込んでみると、今度は文句ない明るさ。やや暗めの部屋の天井に、淡い光輪が浮かんで見えるほど。
すぐに電池を抜き、古い電池を処分しようと思ったが、ふと思いついてラジオの方へ入れてスイッチをつけてみる。
手のひらの中にも隠せてしまうくらいにコンパクトなラジオは、その赤い電源ランプから光を煌々と放つ。電波の具合も良好で、語学番組から流れるドイツ語を流ちょうに拾い上げ続けた。
他にも実験したところ、どうも明かり系統に使う時、電池はうんともすんとも言わなくなってしまうらしかった。他の家電を動かすのに、なんら問題はない。
原因はあの懐中電灯だ。一度でもあの懐中電灯に使われるか、そばに置かれ続けた電池は他の照明類にいっさい使うことができなくなってしまう。懐中電灯そのものの電源になることができるものの、数えるほど扱えば、すぐにへそを曲げてさぼり出した。
とうとう先生は自腹で別の懐中電灯を購入し、前のものをお役御免にするも、電池問題は同じようについて回った。
電池のせいでも、懐中電灯のせいでもない。バッグの中身や、バッグそのものを取り換えても、この奇妙な現象が止むことはなかったよ。
それから数年。
夜中で寝入っていた先生は、不意のサイレンの音に目を覚ました。
救急車や消防車のものとは違う。防災スピーカーから流れ出る、けたたましい悲鳴。何度かあった避難訓練で、聞き覚えのあるものだったよ。
10秒鳴り、10秒おき、また10秒鳴り……避難勧告レベルで、すぐに避難するべきという合図だ。
ぱっと飛び起きた僕は、ついに枕元の非常用持ち出し袋をひっつかむ。
電池は数日前に取り換えたばかり。ちゃんと働いてくれよと、取り出しながら障子を開けたところで。
目の前に、見慣れた我が家の廊下はなかった。
代わりに立ちはだかるは漆黒。それも足元や天井には、いずれも不揃いで、けれども鋭く長いトゲやつらららしきものが飛び出し、並んでいる。
ぽたりと頭に垂れるしずくを感じるや、走るのは飛び上がりたくなる痛み。耳に残るさかんな泡立ちの音。そして正面から顔に吹き付けるのは、生ごみの詰まったゴミ袋を、何倍にも強烈にした刺激臭が、瞬く間に鼻をバカにし、鳥肌を立たせていく。
――大口だ! ここは口の入り口だ!
そう思うや、足元が持ち上がり、にわかに天井が迫ってくる。
それがそしゃくにかかる動きだと察した、その時だった。
持ち出し袋に突っ込んだ手元から、光があふれる。いや、そんな生易しいものじゃない。
とがり、飛び出し、はじけた。
目なんて役に立つ前に潰された。感じるのは手と、身体全体に受ける焦がさんばかりの熱。まぶたを閉じながら、なお内側のまぶたへまぶしさを貫く、激しいくらまし。
ダンと音を立てて、背中から床にたたきつけられた。そこは先ほどまで立っていたぬめる地面ではなく、廊下のフローリングのものだったんだ。
視力が戻るころには、もう親が起き出してきている。そこはいつも通りの家の中だったけど、親は不審そうなまなざしを先生へ向けている。
理由はすぐ分かったよ。
先生の寝間着は、ところどころに親指が入り込んじゃうほどの穴が開いていたし、その下の肌も、ところによっては赤く腫れたり、はがれたりしていたからね。
袋が光を放ったのは、後にも先にもこの一回だけ。
きっとあの「非常時」を乗り切るために光をため込んでいたんだろうね。