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79.ループコンボから始める魔術理論再構築

 視界が晴れると、ミアや他のみんなは倒れていた。闇はどこにもなく、遠くに見える曇天の空から、僅かに本物の太陽の光が零れる。


「……終わった、か」


 安堵して、みんなと同じように地面に倒れ込もうとした瞬間。


「忌々しい。これほどまでに苛立ったのは数百年ぶりか……?」


 モヤが立ちこめた。繭のように逆巻いた黒煙は一つの束へ収束。光点が二つ、闇の中で煌めいた。


「いいだろう。そこまで私が手の中で息絶えたいのならば――望み通りくびり殺してくれるわ」


 闇が晴れた。

 そこに立っていたのはミアでもなく、俺の知っている親父でもない若々しい男性。筋骨隆々としていながら、引き締まった肉体は一つの美として完成されているように思えた。


「この姿を見せるのは、十と数年ぶりか。我が玉体、冥土の土産にでもしておけ」

「親父……」


 深い闇を思わせる長い長い黒髪を揺蕩わせ、親父は両手を広げた。

 だが目に見えて分かる――親父の出力はかなり低下しているということが。見た目こそ厳つくなったが、やはり肉体と切り離されて魔力だけの存在となったのがかなり響いているらしい。

 ミアの身体を使っている時と比べて、現状でおよそ十分の一。かなり萎んでしまった。とはいえ、元が化物すぎただけ……。今の状態でも、俺とは月とすっぽんほどの実力差がある。

 ただ、俺以外みんな気を失ってしまっている。だから、俺以外を頼ることはできない。


 俺はゆっくりと息を吐いて。


「お前を嬲り殺し、その後、再びミアの身体と同化をし――お前の仲間たちも同じ所へ送ってやろう」


 一歩踏み出して、オメガニアは精悍な表情を歪めた。

 対する俺も一歩前へ。

 ここで逃げ腰になんてなれない。


 これで正真正銘。親父との闘いは最後だ。懐から宝石を取り出して、俺は構えた。


「なぁ、親父。今謝って全部辞めてくれるなら――まだ話し合えるぞ?」

「何を言うかと思えば……謝る? この私が? 一体何を謝るというのだ?」

「だよな。なら、俺も加減はしないよ」

「どこまでも愚かよ。すぐにその生意気な口を動かすことができぬようにしてやろう」


 互いに距離を詰めていく。

 手を伸ばせば互いに届く距離になって、俺たちは動いた。


「唸れ、バーゲスト!」

「はぁ!」


 生み出された闇を紙一重で回避、一気に距離を詰めて親父の首を狙って回し蹴り。当然、ブーツに仕込んだ刃を露出させる。

 やっぱり親父の出力が随分と落ちている印象だった。


「はっ甘いわ」


 俺の蹴りを片手で受け止めて、足を掴めば空いたもう一方の片手に闇を纏わせる。


「……!」


 態勢を変えて手首を蹴り上げて標準を逸らす。余所へ飛んでいった闇を横目に、俺はさらに身体を捻転。捻りを加えることで勢いをつけて、宝石を親父の顔面に叩きつける。


「闇よ――」

「当然、エンチャント済みだっ! 代償魔法、爆ぜろっ!」


 もちろん、闇に呑まれないように宝石には光魔法をエンチャント。宝石に纏わり付く闇が削れ落ちて、ピキリと亀裂が走る。


「チッ」


 俺の足から手を離して、親父は後退。闇のヴェールを幾重にも重ねて防御態勢を取った。代償魔法をキャンセル。宝石を手に取りつつ、サイドステップ。どんどんと距離を詰めていく。


「暗黒の帳! 常世の終わり――魔導の至り! 喰らい尽くせ! クラミツハ!」


 側面を取った俺を出迎えるのはクラミツハと呼ばれたあの巨大な魔法。大きな口を開けた漆黒の狼が真っ直ぐに俺を目掛け飛び込んだ。


「暗黒の帳、常世の終わり、魔導の至り。応じろ、クラミツハ!」

「何!?」


 詠唱、魔力の動かし方、そして闇魔法。

 あれだけ目の前で実演してくれれば、俺だって同じことができる。もちろん、保有する魔力が全然足りないんだけど……そこは今回しこたま用意した魔力タンクで補えた。


 二匹の狼がそれぞれ喰らい合って相殺。

 闇の残り香が周囲に漂った。


「全ての魔法に適正を持つ。故に、親父の魔法だって俺は使える」

「……」

「それに、親父の言葉が気になってたんだ。クシフォスを見て、源流はオメガニアにあるってのが」


 それは多分、ワイルドハントのアサシネーションという技は親父の使っている魔法と同種のものだということだった。

 触れたものを闇に還す親父の魔法。触れたものを無に帰すクシフォスのアサシネーション。考えて見れば両者の性質はよく似ている。そして、よく似た二つの魔法がぶつかりあってクシフォスのそれが勝ったということは……闇魔法は闇魔法で互いに干渉し合うということ。


 つまり、親父の魔法は同じく闇の魔法であれば対抗が可能なのだ。正直、完成するかは微妙だった。

 というのも即興で未確認の魔法を扱うなんていくら適正を持つといっても至難の業だ。少なくとも、もう一度親父に同じ魔法を扱わせる必要があった。それも、詠唱を伴うものがいい。

 となると、該当するのはクラミツハくらい。

 俺の勝利条件の一つが親父にクラミツハを使わせること。二つ目が俺がそれを元に闇魔法を扱えるようになること。


 この二つの条件をクリアしたことにより。


 俺の勝利が確定した――多分。


「親父、最後にもう一度聞かせてくれ。ここで、止まってくれないか?」

「愚問だぞ? 命乞いならば、もう少し分かりやすくしてみればどうだ」

「そうか――残念だよ。本当に」


 俺はもう一度宝石を親父へ放り投げた。


「俺も、いつかオメガニアの末席に加わりたくてさ。いっぱい勉強したんだよ。こんな形で親父に披露したくはなかったな――でも」

「何を言うかと思えば、何を見せてくれるのだ? しょぼい花火か? それとも小雨のような魔力砲か?」


 やらなきゃいけない。

 親父はどこまでも俺を見下して侮っているようだった。こうなってしまえば、俺に対して少しの油断もしてくれなかったミアの方が恐ろしい相手だ。

 親父に疎まれて、離れに押し込められて以降……ずっとずっと作ってきた理論。俺の答え。そして、みんなとの冒険や母さんの想いで補強された結論。


「これが俺の……ループコンボだ」


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 今ここに、ΑにしてΩを打ち倒すためだけに。再構築され、完成されたループコンボ。


「代償魔法!」

「バカの一つ覚えのように、闇よ覆え!」

「ああ、だから最初の爆発は光だ」


 宝石を代償に光魔法を作動させる。今回使った宝石は、本邸に置かれていた超高級品。それを代償に消費した光魔法は凄まじい輝きを放って見せた。

 こうすることで、親父の初動を潰す。

 これはミア状態の親父にも言えることだが、どれだけ出力が高くても一度に放てる量は有限。いくら水源が無限にあるとしても、蛇口を通して出る水は一定の水量にしかならないこととよく似ている。


 それはつまり、俺でも初動を潰すことは容易であるということ。そして――それが親父の弱点だった。代償魔法に連鎖して、宝石に込められた魔法が作動する。これもやはり光の魔法である。


 二度目の極光。


 二回目の初動をさらに潰す。そして。


「簡易錬成!」


 すぐに宝石を再度生成し直す。

 ならばあとはいつものように――代償、宝石、錬成。この魔法発動を自動的に行わせる。

 そして、ここで発生した余剰魔力を俺の右腕に集めていった。親父は闇そのものなのだ、であれば単純に倒すだけでは意味がない。


「何をするかと思えば、この程度の光、私の闇で相殺すれば……ただただ、痒いだけだぞ?」

「本当にそうか?」

「……?」


 親父の行動を押し込め。俺はひたすらにループを重ねていく。十巡目。親父の行動はその悉くを光魔法によって防がれている。しかし、ダメージは依然として少ない。


「……まさか、お前。このまま私を削りきれるとでも!?」

「そのまさかだ。ダメージが1でも入るなら、俺は親父を余裕で削り切ってやるさ」


 腕を組んで、俺はそう返事をした。

 実際には削りきれないことはないのだが……それは俺の魔力も持つか怪しいので親父を焦らせるためのブラフ。

 具体的には、俺を攻撃すればいいと思わせること。


「もう飽いた。お前自体を潰してくれるわ! バーゲスト!」


 よし来た。


「バーゲスト!」


 同じく俺は叫んで相殺。そして、親父は俺への攻撃に魔力を回したが為に代償・宝石魔法を防ぐリソースはない。

 親父が俺を狙えば狙うほど、俺は親父のリソースを削ぐことができる。(同時に、俺の魔力消費も激しくなるが……)


 俺自身の虚弱性を消し去るために、闇魔法で相殺する術を身につける必要があったのだ。


「く、クソォ! お前如きにこの私が!」

「バカの一つ覚えはどっちだったろうな? 何もかもを闇魔法で片付けようとした親父の単純さが招いたミスだ」


 代償、宝石、錬成。そして、親父の魔法を鏡合わせで相殺していく。


「認めぬ、認めぬ、認めぬぞ! 我が数千年にも及ぶ悲願が! 数千年の旅路の終焉が、ここだと!?」

「ああ、それについては俺も知らないよ。だって、親父が何も言ってくれなかったんだから」


 そろそろ頃合いだと、感じた俺はループを継続させながら親父との距離を詰める。右腕に蓄積した余剰魔力。これを使って親父にトドメを刺す。

 ただ、本人も言っているが数千年も生きてきた怪物だ。ギネカの時と同じく、あらゆる手段を使って生き存えることができるのだろう。完全な無力化をするために、方法は一つしか無い。


「魔力過剰装填――」


 それだけじゃない。この大怪物を吹き飛ばすんだ。もう、賭けられるものは何だって賭けてやる――命以外は!


「生命力過剰装填――右腕、くれてやる!」


 親父の顔を掴んで、俺はそう宣言した。

 俺の宣言を受諾したように、右腕が輝き始める。直接刻んだ術式に光の魔力を通して行く。生命力だって混ぜてやる。

 今もちうる全てを賭けて、俺は右腕の術式を最大解放。


「闇を――! 祓えッ!」

「光あっての闇。闇あっての光! 我は滅びぬぞ、ああ、滅びぬとも。すぐに戻ってお前を! お前たちを!」

「ああ、知ってる」

「……!」


 腕から放たれた煌めきが、闇を一切祓っていった。

 だが、これで終わりじゃない。未だ、そこに確かに“ある”親父の本体。親父そのものと言える闇の魔力。

 これを完全に滅することは親父の言う通り不可能なんだろう。闇はどこにでもある。光だってどこにでもある。ならば、ある場所を定めてやればいい。


「お前、まさか!」

「ああ、そのまさかだ。俺の中に封印してやる。親父!」

「待て、早まるな! そんなもの、お前自身無事で済まないのだぞ!」

「いいや、俺は生き残る。そう確信してる」

「……わ、分かった! 分かった! 話し合おう、一度家族で話し合おうではないか。お前の望み通り、そうしてやろう!」

「いや……()()()()よ」

「……!」


 掴んだ掌を。

 俺は思いっきり閉じた。光と闇を束ねて。塵へと還っていく右腕、最後の仕事だ。その光と闇を――俺の中へ!


 自分の中に、それらが入って行ったことを確かめて……。

 全てをやり終えた俺は今度こそ。地面へと倒れ込んでその意識を手放した。

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