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78.バカ親父をぶん殴れ

 かつん。

 かつん。

 かつん。


 そんな足音を響かせて、俺たちは暗闇へと堕ちていった。無限に続くと思えてしまうような階段を降りていく。

 ついさっきも通った道だが、その重みはまるで違う。


 最奥にいるであろう怪物の圧が、既にここまで漂っているのだ。


「……雷龍よりも、凄い、圧」


 クシフォスがぽつりと言葉を零した。

 オメガニアの正体、親父自身はΑΩと自らを名乗っていたが……それについてはとんと分からない。

 ただ、本当に親父が原初の魔法使いなのだとすれば……目眩がするほどの年月を生きているということになる。それこそ、単純な命の永さでさえも災害龍を上回るかもしれないほどに。


 ともすれば……オメガニアという一族の歴史は魔法の歴史なのかもしれなかった。

 そんな歴史を相手取るというのは……なんともまぁ……気の重い話だし、それが実の肉親であればなおのことだった。


「はっ、未練がましく生にしがみつくロートルくらい、恐れる必要なんてないだろうさ。僕一人でもいいくらいだ」

「流石にそれは言い過ぎでは……?」


 意気込むリグにサクラが静かにツッコミを入れていた。流石にクラノスとリグの二人は場慣れしていることもあってか、落ち着いた様子だった。

 一方のサクラはやや心配そうな声色だ。


「さてと、あのクソむかつく顔に盾をぶつけられると思うと楽しみだよなァ」

「一応……身体はミアさんなのでは?」

「ミアにもむかついてたんだよ」

「キリアさんの妹さんなのに……」


 気ままなクラノスにサクラが呆れたようにツッコミを入れていた。基本的に、色々と規格外なSランク二人組に振り回されるのは俺とサクラの二人だ。(クシフォスは基本マイペース)


 まぁでもミアの態度がアレなのは兄自身もそう思うのでさもありなん。

 やっぱり家督という立場で気が立っているのかもしれないな……。そう思うと、長男なのに家督を継げなかった俺の責任であるような気もしないでもないな。

 と、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 階段の終わりに差し掛かって俺は気を引き締めた。


「そろそろだ」


 背後のみんなにも声をかける。

 階段を降りきると、一寸先が暗黒に染まっていた。その中で、ぽつんとあぐらをかいているのは――ミア。


「飛んで火に入るなんとやら。せっかく拾った命を捨てに来るとは、とことん愚かしい。こんなものが、己から生まれたのかと認めるのは非常に困難だ」


 ゆっくりと瞼を開けた親父は、視線を俺たちへと向けて淡々と言葉を紡いだ。相も変わらず、辛辣な口調と共に凄まじい威圧感が俺を襲った。


「全く。私は今、この身体と完全に同化するための精神統一に忙しいのだが――」

「親父、もうやめてくれ。こんなことは!」

「こんなこと?」


 神輿を上げた親父は、底冷えした眼で真っ直ぐと俺を見据えた。


「百年程度しか生きることのできないお前たちの視座では、私の成そうとしていることの偉大さが分からないのも仕方がない。それは責めん」

「……」

「だが、無知を振りかざし、あまつさえ理解が及ばぬからと忌避するその様はあまりにも愚かしい。完全なる魔法使いの誕生。そのためならば、何をも犠牲にしよう。お前たち如き――障害にもなり得ないが」


 一歩、親父が足を踏み出した。


 瞬間、帳が落ちていく。ゆっくりと、確実に。漆黒に被さるように黒が迫った。

 俺は両手を合わせて魔力を回す。全員に光魔法を!


「……ほう?」


 迫った闇が俺たちを覆おうとするが、俺がエンチャントした光魔法によってそれらが退けられていく。どうにか、勝負の土俵に立つことはできたらしかった……。


「なるほど。レイラか。最後の最後まで鬱陶しい女よ。だが、それがどうした? 愛撫に耐えたところで、次に来るのは致命の一撃ぞ? 撫でて死なぬのならば、握りつぶすまで」

「はっ、握りつぶせると思ってんのか? やってみろよ」

「吼えておけ」


 黒が蠢く。

 深く、暗く、どこまでも突き抜けた闇が開いた。親父が操る巨大な暗黒の腕が、左右より動き始める。ならば――俺はクラノスとリグの二人に多くの魔力を譲渡する。出し惜しみはしない。


 文字通りの出血大サービス!


 迫る腕にクラノスの盾とリグの大剣がそれぞれぶつかった。

 光と闇の鍔迫り合いによって凄まじい風圧が生み出され、渦巻き始める。どんどんと親父は出力を強めているようだったが、クラノスとリグだって負けていない。


「はぁ……!」


 それに俺だって体内の魔力全てを出し切るくらいの勢いで二人に光魔法を付与し続けていた。

 体内が悲鳴をあげる。

 それでも、俺は準備した魔力タンクを使って無理矢理身体を駆動させた。


 一際凄まじい爆発音の後。

 親父の放った闇がかき消えた。まずは、一つ凌げた……か。それが気に食わなかったのか、腕を組んだ親父はその瞳に宿る侮蔑の色をさらに強めて指を弾いた。

 黒が動いたかと思えば、巨大な玉座が生成。

 そこに身を預け、太々しく足を組んだかと思えば。


「いいだろう。お前たちと勝負をしてやる。感涙にむせべ」


 風が吹いた。

 オメガニアの銀の髪が広がる。視界を覆う暗黒がさんざめき、中央に座したオメガニアを讃えるようにそぞろ立つ。


「原初の魔法使いが第六席。始まりにして終わり。永劫なる人の形。無間なる魔導機関。この世全てを解き明かす者。ありとあらゆる名で呼ばれたが――こう名乗ろう」


 とぷん。

 親父が目を見開けば、魔力が俺たちを包み込んだ。充てられただけで心臓を掴まれたような悪寒が走る。


「我は――Αにして……Ωなり」

「来るぞッ!」

「暗黒の帳、常世の終わり、魔導の至り――全てを呑め、クラミツハ」


 たった三言。

 それだけでオメガニアの“中”から凄まじい魔力反応が発生した。詠唱にしては、およそ数秒。その程度の動作で、大儀式すらも凌駕するほどの結果を弾き出す。


 天井が“消えた”。


 文字通りだ。

 消失した。


 いいや、天井だけではない。地上からここまで、およそ成人男性十人分ほどの厚さの地面――そのものを闇で飲んだのだ。この一瞬で。


 曇天の空の見えるのは巨大な狼。この世の黒という黒を集めたような、漆黒の狼が牙を剥いて俺たちへ落ちる。

 当然だが、まともに立ち会えばそれだけで存在が失せる。

 光魔法――早く練り上げなければ!


「クラノス! 合わせろ!」

「命令すんじゃ……ねぇよ!」


 リグとクラノスが二人して大技を狼に向かって放った。俺はそれに合わせて二人にエンチャント。

 さっきの攻撃なんて目じゃないほどの圧力。迸る闇ですら、致命傷たり得た。


「ふむ……耐えるな? ならば、二撃目は?」

「は……?」


 オメガニアの言葉に、思わずそんな呆けた声が零れてしまった。空を見上げれば、さっきと同じ規模の狼がそこにいた。

 何もかも全く同じ。

 つまりそれは……威力だって今俺たちが必死こいて防いでいるそれと同じだっていうことだ。不味いなんてものじゃない。

 それは、本当に不味い!


「キリア。エンチャント。私」


 そう言ったかと思えば、クシフォスが飛翔。凄まじい速度で天へと駆け上っていったかと思えば、短剣を構えた。

 すぐに俺は彼女の意図を理解する。

 そして、それに合わせてありったけの魔力をクシフォスに回した。


「魔法消滅の理……!」


 彼女が短刀を翻せば、狼は綺麗に真っ二つへと裂けた。


「ほう?」

「ダブル」


 そのままリグとクラノスを踏み台にさらに飛んだクシフォスは二撃目の狼も続けて真っ二つ。ワイルドハントが仕込んだ、殺しの技術。それがオメガニアの魔法にも通じた!


「ああ、なるほど……。ワイルドハントの娘か。ああ、ああ。源流はオメガニアだったな、そういえば」

「……?」


 イスに肘を立てて余裕綽々とそう零す親父の言葉が、妙に引っかかった。

 いや、今はそんなことを気にしている暇ではない。俺はリグとクラノスに声をかける。


「クラノス! リグ! オメガニアに隙を与えるな! 攻撃を続けてくれ!」

「あいよ!」


 言うが早いか、二人はすぐに標的を親父に変更。俺もそれに合わせて二人のサポートを行う。


 オメガニアの魔法はクラノスとリグの二人で押さえ込めるし、それ以上の大技もクシフォスで対応できる。後は俺の光魔法をたたき込める隙さえあれば……。


「私も出ます!」


 サクラが駆けていった。本来であれば彼女は俺とクシフォスの護衛だが――オメガニアを前にして後手に回るのは想像以上にリスキー。なので、彼女の判断は正しい。

 俺も追走。

 常にオメガニアの動きに気を回しながら、ひたすらに魔力を練りあげていく。


「まずはそのイスから蹴落としてやるよ!」


 クラノス、リグ、サクラが三方向から挟撃を行った。

 盾の振り上げ、大剣の振りかぶり、刀の差し込み。これ以上なく息の合った同時攻撃。さしもの親父もこれは流石に――。


「チッ」


 闇が広がったかと思えば、的確に三人の攻撃を受け止めていた。だが、そこで止まるわけがない。


「次だっ!」


 俺が叫ぶ。

 今のでオメガニアの防ぎ方が分かった。ならば、次はそれに合わせて俺がサポートを行うまで。まずは一撃、オメガニアに効かなくてもいい。あのスカした面に、一撃を叩き込んでやる。


 三人が同時にさっきとは別の角度から攻撃を打ち込んだ。

 闇が広がる――想定通り。俺は光をエンチャントした。他でもないオメガニアの操る“闇”にだ。


 直接光を叩き込めば、より効率的に対消滅を引き起こせる。そう考えた俺の目論見通り、見事に闇が払われていった。


「……!」


 オメガニアの身体に三人の渾身の一撃がヒットした。新しい魔力タンクから追加で魔力を摂取。俺は連撃の準備に取りかかる。


 しかし、盾や大剣、刀で攻撃されたはずのオメガニアは……瞬き一つせず至極詰まらなさそうに相も変わらず肘をついていた。


「ふはは。まさか、本当に勝ち目があると思っているのか?」

「はぁ? 思ってるに決まっているだろう」

「珍しくリグと意見があったな。負ける気で戦う奴がどこにいんだ?」


 二人の返事を聞いて、オメガニアはさらに笑みを零した。


「フハハハ! そうか。勝負の土俵に立てたことが、殊更に嬉しかったように見える。だが、土俵に立ったところでお前たちと私ではそもそもの規格が違う」


 空が黒く染まった。


 いや、視界が黒く染まること自体はもう慣れた。それでも、今回ばかりは違うと本能が告げる。思わず、空を見上げた。


「少しばかり、じゃれ合いに付き合ってやれば勝てるかもしれぬと思い上がる。その様は、酷く愚かしい。空を見上げろ――お前たちを滅ぼす真の太陽を――」

「……マジかよ」


 そこには、暗黒の太陽があった。

 その大きさ、測定不能。

 渦巻く魔力、理解不能。

 ただ、俺たちが必死にオメガニアとの距離を詰めて、か細い針の穴を通すような作業で勝機を見いだしていたが……。その作業も、オメガニアにとっては、ただのお遊びに過ぎなかったらしい。


 最早、魔法の範疇すら越えていた。

 狂っている。

 こんなことを、魔法で引き起こせるなんて……。ミアの持つ無限の魔力か――! 無限であっても、ミアは一度に引き出せる魔力量が限られていた。(それでも、卓越した魔力量を引き出せるのだが)

 ただ、オメガニアにはその限界量というものがミアよりもずっと上なのだろう。


 これほどの魔法を行使して、涼しい顔をしているのが何よりの証拠だ。


「その無謀、その愚かしさ、その傲慢さに敬意を表し――我が魔法の極みが一つを拝することを許してやろう。頭を垂れ、そして滅びを受け入れよ。是なるは真の滅亡――空亡」


 太陽が落ちた。

 ゆっくりと。しかし確実に。

 俺たちへ落ちる暗黒の太陽。これは流石のクシフォスでも――防ぐことはできない。クラノスやリグの大技だって無理だ。


「……」


 一つ手段があるとすれば……。

 俺がこの身を犠牲にして魔力を暴走させて、最大の光魔法で対応すること。それでも、多分無理だ。でも、被害を可能な限り減らすことができるはず。


 俺は決心して、自分の命を使う覚悟を固める。


 迫るそれを見上げて拳を握り絞める。


「みんな。後は任せたぞ」


 四人にそう告げて、俺は一歩前へ出た。両手を天へと向け、全ての魔力を集める。それだけじゃない、命を使う。生命力だって魔力の一種だ。それも極上の。

 だから、これを全て使えば……!


「頼む!」


 命を燃やして、今――俺はオメガニア最大の魔法を迎え撃つ。


「あのなァ。後は任せたじゃねぇんだよ。阿呆」


 天へと向けた手を、誰かが掴んで引き下ろした。

 隣を見ればそこにはクラノスがいた。


「お前、一人で突っ走ったオレの失敗談を聞いておきながら一人で走ろうとすんな」

「そーですよ。自分の命を使えばもしかしたらどうにかできるかも? とか、考えてることバレバレですから!」


 もう一つの腕も、掴まれる。

 サクラが笑顔で俺を窘めた。


「なら、みんなで力を合わせれば、一人の負担、減る。違う?」


 サクラと一緒に手を掴んで、クシフォスが首を傾げた。


「あーもう。お前等、最近その流れが多いな。手を繋ぐなんて最悪だが――ここで負ける方がもっと最悪だ。僕の命を賭けてやる。有効活用しろよ、キリア」

「素直じゃねぇなァ?」

「黙っとけクラノス」


 そう言って、リグが俺の手を掴む。


 ああ、うん。

 いつの間にか俺は一人で背負いすぎていたみたいだった。真実を話した時に、そうしないように思っていたんだけど……。


「ありがとう。じゃあ、遠慮なく!」


 俺はみんなと魔力を繋げて、それを使う。自分一人ではあり得ない魔力が俺たちを巡った。これなら――! いける!

 そう確信して、俺たちは最大の光魔法を放った。


「はぁああ!」


 極光が放たれた。オメガニアの魔法にすら、拮抗しうるその出力。だが、俺はそれを太陽と争うためには使わなかった。

 ここで、賭けに出る!

 そうでなければ、ジリ貧で勝てない。狙い、指し示すは――オメガニア!


「……何!」


 極光がオメガニアを包む。

 いくら無限の魔力だとしても、この刹那にそれを使えるわけじゃない。余裕ぶってたオメガニアに防ぐ術はない。


「クシフォス――!」

「うん。任せて。万物破壊の――理!」


 極光に混じって、一閃が輝いた。


 ――決まった。

 そう確信して、俺たちは眩い光の中に呑まれていく。

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