76.0人目:無限の魔法使い「キリア・フォン・アルファルド」
クラノスは驚いた様子で、俺を受け止めた。
「っと。なんだなんだ。ん? おう、全員揃って雁首並べて、どーしたんだ?」
「おかしいな、お前……死んだはずだろ」
リグが腕を組んで、ジトーっとした視線をクラノスと俺へ向けていた。聞いていた話と違うが? という不満が目に見える。
「まぁ、あのままならヤバかったが……。救世主サマって奴だ」
そう言って、肩に背負った何かを地面へと優しくおいて見せるクラノス。
「ディダル!」
「ディダル試験官!?」
俺は驚いて声をあげてしまった。(ついでにサクラも)
確かに姿は見えないと思っていたが……。半身を真っ黒な闇に覆われており、危険な状態だということが分かった。
「あー。頭に響きますねぇ……。重傷なのでやめていただけまぁす? それと、メイムさんに……」
背負った大剣を放り投げて、ディダルは小さく何かを呟いた。
すると彼の大剣が展開し、中から光が零れる。
「ああ、ディダルの奴がその光を使った瞬間、オメガニアの闇……? それの力が弱まって隙ができたんだよ」
「レイラが子供たちに必要になると言っていましたが――」
「これは……」
すぐに分かった、これは光の魔法だ。
ただ俺が見たことのない魔法……。親父が使う闇と思わしき魔法と対を成しているような。
「闇を退ける光でぇす。これを上手く使ってくださいね?」
大剣を掲げて、光を放ったディダル。
親父の闇を退けるにはやや力が足りていないが……でも、ありがたいことに光の魔法について観察することはできた。
気を失ったディダルに感謝しつつ……俺は彼の応急手当を始めた。
「それでテメェらは何してんだ?」
と、クラノスが腕を組んで不思議な顔をしていたので俺たちはことの経緯を彼女に説明した。俺が二人を見捨てたくなかったこと、それに賛同して三人が一緒に戦うと言ってくれたこと、でも戦う手段が存在していなかったこと。
それらを包み隠さず、クラノスに明かした俺。
「なるほどな。オレを気遣ってくれたみたいで、あんがとさん。それで? ミアの奴をまだ助けたいんだろ?」
「……それはそうだけど、ミアを助けることはできるのかな」
もちろん、俺はミアを助けたい。
このままミアと別れてしまうなんて、嫌だった。でも、ミアを助ける方法が分からなかった。
精神を乗っ取られた人を、どうやって助ければ良い?
「おいおい、つい先日のことを忘れたのか? そこにいるだろ。取り込まれた家族の接続を立ったチビ助が」
「そうか……! もしかして、クシフォスなら!」
リグの指摘で気がついた俺は、そのままクシフォスに視線を向けた。確かに、雷龍からシルヴァを切り離した彼女ならば……状況を整えてあげればミアを救うことだって不可能ではないはずだ。
「やってみないと分からない。でも、うん、やってみる」
「後はどうやってオメガニアの攻撃に対処するかだな?」
「ディダルが見せてくれた光の魔法……あれが俺にもできれば……」
いや、理論上は俺だって使えるはずなんだ。
俺は全ての魔法に適正を持っている。どんな魔法だって扱えると自負はしていた。ただ、一目見た魔法を扱うのは、ちょっと難しい。
せめて、あと十回くらいは魔法を見たい。もしくは……術式みたいな理論があれば……。もちろん、一目みた状態でも時間さえあるなら再現できる。
だけど、多分ミアは時間が経てば経つほどに、親父に取り込まれていってしまうだろう。だとすれば……時間をかけるのはリスキーだ。
オマケに親父だって今こそ身体を変えたばかりで不安定だが――時間が経てば経つほどに安定する恐れがあった。最も勝算と救出の目が大きいのは今。
「光の魔法をもう少し知れたら……」
「メイムさんっ! 宅急便でーす! 本当はサクラさんたちと一緒に来ていたんですけど……」
「エリート!?」
そう言って、門をくぐり抜けてきたのはエリートゴーストのエリートだった。いつの間にか、俺の宝石から離れて居たらしい。
「はい。エリートです。リッチ様から、言伝と書類を預かっております!」
「こんな時になんだ……?」
とリグが怪訝な表情を見せている。
俺はエリートから渡された書類を見て、目を見開いた。
「レイラの予言に従い、道を示そう。光の魔法の実態と、この術式が揃う時。汝、闇を取り払わん……とのことです!」
古めかしい羊皮紙には、恐らくディダルが使っていた光の魔法に関する記述が嫌というほどに乗っていた。
ただ、何よりも気になったのは端っこに書かれていた文字。
「バカなお父さんを止めてあげて、拳骨したって構わないから! ……か。母さんって意外とお転婆だったんだな」
母さんから俺に宛てられた伝言。
母さんは多分、仲間だったディダルとリッチにそれぞれ光の魔法について教えていた。リッチには術式を、ディダルには実体を。
それは来たる日――親父と俺たちの親子喧嘩に備えてのことだったんだろう。
母さんの贈り物を受け取って、俺は覚悟を決めた。
まずは確認する。
母さんの術式は非常に高度なものだったが、それでいて難解ではなかった。理解することは誰にでもできそうなほどに簡易化されている。ギネカとは別の意味で、神域の天才だと言っても過言ではないだろう。
母さんの指示通りに魔力を扱ってみれば……光が、俺の手の中に生まれた。
俺はその光を握り絞めて、四人のメンバーの前に立つ。
「改めて、自己紹介をさせて欲しい」
「んだよ、急に改まって」
「もう知ってると思うけど、俺の本当の名前はキリア・フォン・アルファルド。落ちこぼれとして、アルファルドの家門から追放された平凡な魔法使いだ」
そう。アルファルド家を追放された時の俺はそれでしかなかった。
ただ追放されてからの多くの経験が、俺をキリア・フォン・アルファルドではなく、一人の“キリア”として成長させてくれたようにも思えた。
「隠していたことは本当にごめん。それで、厚顔無恥な願いだけど――今こそ、みんなの力を貸して欲しい。アルファルド家の呪いを断ち切って、妹と……それに親父も助けられるように」
そう言って、俺は頭を下げた。
数秒の沈黙の後、豪快に笑ったのはクラノスだった。
「最初からそのつもりだって、なぁ?」
「はい! ですが、これでしっかり堂々と! キリアさんって呼べますね?」
と、会話をするクラノスとサクラ。
「えーっと、これからはメイムじゃなくて……キリア? うん、そう呼ぶ」
それに続くクシフォスに、リグは肩を竦めて僕は何も言わないからな、というような視線を俺に向けていた。
「で、勝算はあるんだろうな? リーダー?」
挑発気味にリグは俺に話を振った。
勝算……ああ、もちろん。ある。俺はようやく見えてきたたった一つの“勝算”をみんなに話す。
目標はミアの救出と親父の撃退。今、一世一代の大勝負が幕を開けようとしていた。