74.無駄
「ほう。クラノス・アスピダか」
バラバラと崩れる天井から降り立ったクラノス。大穴を開けて豪快な着地をしてみせていた。
親父が鋭い眼光でクラノスを見た。視線を一つ動かすだけで、とてつもない圧が放たれていた。この威圧感――雷龍にすら勝る。
一つの生命が至りうる、到達点に達していた。
「……誰だテメェ?」
珍しく神妙な顔つきで、クラノスは真っ直ぐと親父を見つめた。
腕を組み、仁王立ちしたままの親父はクスリと笑って肩を竦める。
「答える意味はあるのか?」
「いいや? ちっとも。まぁ、大体想像はつく。オメガニア――久しぶりじゃねぇか」
「フハハハ。ああ、久しいな? 狂犬の貴様が、我が愚息の下につくとは思わなかったぞ?」
「はっ、テメェのウン倍マシだろうよ」
互いに睨みあって、言葉を交わす二人。
ひりついた空気が周囲に漂っていく。今すぐにでも、二人は殺し合ってしまいそうだった。
「同じSランク。実力も等しいと勘違いしているのではないか? 親切心から教えてやろう、クラノス・アスピダ。貴様と私では天と地ほどの実力の差があるぞ? そもそも、お前たちは勝負の土俵に立っていないのだ」
かつん。
かつん。
かつん。
床を踏みならして親父はそう言い切った。
町の下評判では、Sランク最強の三王たち。そして、タイマンならばそれに勝るとも劣らないクラノスとリグ。この五人がSランクのトップ層だったはずだ。
事実、俺の認識もこの五人の間にそこまでの実力差はないというものだった。しかし、親父はそれを真っ向から否定したのだ。
そして、普段なら噛みつくはずのクラノスですら、反論はしていない。
「辛うじて土俵に立っていたのはギネカ・ラ・エシスだったか。しかし、ギネカではやはり私の方が圧倒的だろうよ」
「まぁ、事実には違いねぇ」
「そうなのか、クラノス!」
「ああ、今見て分かった。こりゃ無理だ。死ぬ気でやってもびた一文も届かねぇ」
あのクラノスが、そこまで言い切ってしまった。
無理だと。可能性の一片すら、存在しないと。そこまで彼女は言い切ったのだ。それはつまり――本当にどうしようもないくらいにその通りなんだろう。
なら、どうすればいいのか。
分からない。取り敢えず、俺は今の持ちうる最大の火力で親父に応戦を試みる――。
宝石を手に取り、一斉に放り投げて即起爆。
「下らん」
漆黒が親父の前に現れたかと思えば。爆発したはずの宝石は“消失”した。宝石だけではない。そこにあった爆炎や、氷、雷、炎。それら全てがそっくりそのまま――空間ごと抉り抜かれたかのように消え去っていたのだ。
「よしメイム。お前は逃げろ」
「なんだ、その言い方……クラノスは?」
「……オレはメイムの盾だ。逃がす時間を稼ぐためなら、別に惜しくはねぇよ」
「ダメに決まってるだろ」
「だよなァ」
なんて言いながら、クラノスは俺の身体を引っ掴んだ。彼女の凄まじい膂力に逆らうことはできず、俺はなすがままぶん投げられる。
彼女が穿った天井を通って、凄まじい速度で地上へと放り投げられてしまった。
「さて、タンクとしての仕事を果たすとするかァ!」
そんな勇ましい声が聞こえてくるが――そんなことはどうでもよかった。
何か、何か手段が。
見つかるはず。ここでクラノスと離れていいわけがない! なんて、思考を張り巡らせるがただの一つも勝算など思い浮かばなかった。
代わりに、どんどんと離れていく地面が黒へと様変わりして……。俺は、地上へとたどり着いてしまった。
ミアも、クラノスも……俺のために犠牲になってしまった。それが、溜まらなく恐ろしかった。