73.無間の魔法使い「ΑΩ」
突然、ミアが立ち止まったかと思えば腰に差したレイピアを抜いて、その切っ先を自分の首へ向け始めた。
俺はすぐに彼女の意図を察知。ミアは、最後の力を振り絞って、親父にコントロールを奪われた自分の身体ごと親父の命を絶つつもりなのだ。妹の覚悟を垣間見て、一瞬たじろぐ俺だったが――すぐに腹を括る。
俺は宝石を打ち込み。
「代償魔法!」
宝石を爆発させた。
ミアには効かないけれど、爆風でレイピアの矛先をずらすことはできる。見事に彼女のレイピアは空ぶった。
直後に、聞こえてくるのは親父の笑い声。
「ククク、ハハハハハ! 愚かな息子よ。そうまでして、この私を助けたいのか?」
ミアの顔と身体には不釣り合いな言葉遣いと表情。
俺はなんとも言えない複雑な感情に襲われた。
「どんな理由があっても、さっきまでの俺はミアのやろうとしていたいことを見過ごすことはできなかった」
「そして、今もまた私を打ち倒す唯一のチャンスを棒に振ったわけだが?」
「それでも、目の前で家族が死ぬのを俺は見過ごせない」
「家族、家族か。ふふふ、ふははは」
オメガニアは肩を震わせて、くつくつと笑い始めた。その在り様が、人というものからかけ離れている。
「私は、ただの一度もお前たちに家族の情などを抱いたことはないが。お前は私から、それを感じたのか?」
「……ミアには?」
「まったく? 我が悲願に到達するための道具であり、器であり、私の研究成果というだけだが」
「……」
あの時、俺はかける言葉を間違えていたのかもしれない。
何の躊躇いもなく、ここまで冷酷な言葉を吐ける親父には家族の情というものが、とことんないのだろう。
「じゃあ、母さんは?」
「あれはよかった。いい子を産む道具だったな」
「……」
目眩がした。
こんなのが、こんなものが俺の家族……? 今まで、俺が血のつながりを感じて、確かなものがあると思っていたそれの正体が、これ?
それはあまりにも。あまりにも酷い話じゃないか。
「お前たち定命の存在とは、視座が違うのだ。控えろ。所詮、己は神の被造物であると自覚せよ。私は、この世で最も神に近い存在だ」
「自分の娘や息子の身体を乗っ取って今まで生き存えてきたっていうのか?」
「いいや? 私にはそもそも寿命などというものはない。ただ、より強くよりいいものへ乗り換えるのは当然だろう? お前たちが新品の武器を購入するのによく似ている」
「分かったよ。親父、アンタがとことんクズだってことが……!」
そこまで言って、俺は親父を睨んだ。しかし、当の本人はどこ吹く風。それどころか、意地の悪い笑顔を俺に向けて、笑う始末だ。
「だとすればどうする? 私を殺してみるか? ああ、だが……。お前では私の足元にも及ばぬだろうがな?」
「……」
「さて。これが無限の魔力か。ふむ、人の身には過ぎたる力だな? 少しばかり試すとしよう」
レイピアを投げ捨てた親父は、腕を組んで威風堂々とした立ち振る舞いを見せた。恐ろしいほどに堂に入っていた。
親父の周囲を取り囲むように、漆黒が沸いた。
魔法だ。
これは魔法なのだが――見たことがなかった。こんな魔法、ただの一度もみたことがなかった。初めて目にする異質な魔法。
何もかもが、俺の知る魔法とかけ離れている。
「濯げ――暗雨」
漆黒がさんざめいたかと思えば、それぞれが小雨のように切り離され飛散した。とにかく危険を感じ取った俺は遮蔽物に隠れるが――。
床や地面に当たった黒い雨は、床や地面の表面を張り替えるように黒へと染め上げていく。斑な黒模様がどんどんと周囲に広がっていった。
「ふむ。我が魔法をお前に見せるのは初めてか。ならば、冥土の土産になるだろう。目に焼き付けておけ」
「……」
分からない。
どういう魔法なんだ。
これは、一体何なんだ。
様々な思惑が俺の中で巡る。
ここは逃げることしかできないのか? というより、俺は何をどうすればいい。ミアを助ける? それとも、親父を説得する?
……分からない。
「メイムッ!」
そんな俺の思考を正すように、力強い声が聞こえた。
この声は!
「おい、なんかミアの奴……ちょっとみねぇ間に雰囲気変わっちまったか?」
金の髪を揺らして、クラノスがそこに立っていた。