59.神域の術式
気がついたら、周囲は暗かった。
仄かな明かりが俺の近くでゆらゆらと動いている。誰かが探索しているのだろうか?
俺はゆっくりと立ち上がって、明かりを目指して歩いた。
「ようやく目覚めたか」
「ごめんリグ。俺が迂闊だった……」
「知っている。そんなことはな」
光球を操っていたのはリグだった。俺の記憶が正しければ、俺たちは雷龍に飲まれてしまった。丸呑みだったのが不幸中の幸いだろう。
完全に油断した俺の落ち度であり、リグにはもっと叱られるとも思ったのだが……存外、そうではなかった。それよりも、何か気になることがあるらしい。
「不幸中の幸いというべきか……なんというべきか」
「……? どういうことだ?」
「これを見ろ」
そう言って、リグは光球を操る。そこに照らし出されたのは巨大な術式。
「これは……」
「死んだ雷龍の骸に、誰かが細工をしていた。最初は僕の父親かとも思ったが――親父の術式じゃないし、こんな小細工の話は聞いていない」
「じゃあ、別の誰かが?」
「そうだろうな。僕は術式にはさっぱりだが……どうだ、何か分かるか?」
「……少し見てみる」
俺は近づいた術式を読み込む。
壁……?(龍の体内なので、壁という表現が適切なのかは分からない)に刻まれた巨大な術式。複雑かつ、神域のレベルまで高められた魔法の構成。
こんなものを生みだした天才……いや、天才という言葉すら生ぬるい。怪物がこの国にいるとは思えなかった。
一通り、多くの魔法を見聞きしてその式を学んだ俺ですら、その一端しか理解できない。時間をかければ、あるいは?
「どうだ?」
「もう少し……相当にヤバい術式ってことは確かだ」
「……ほう」
俺の知る限り、こんなレベルの術式を構築できるのは――オメガニア・フォン・アルファルド。俺の親父ただ一人だ。
でも、いくらなんでも親父がこんなことをするとは思えなかった。あの人は確かに俺に厳しい人だけど、それでも外道ではないし、無駄なことは絶対にしない。この雷龍の復活がオメガニア家の為になるのならば“やる”。
ただ、今のところ欠片もそうだとは思えない。
ならば、親父がやる道理はどこにもない。だとすれば、この国には、親父に匹敵する術者がいるというのか?
一人、それに比類する魔法使いに心当たりはあった。
でも……それはあんまり考えたくない可能性だったし、今はそこに思考を割くのは非効率的だった。この術式を解読すれば、雷龍の攻略法だって分かるかもしれない。
俺は必死で術式に目を通した。
この怪物の思考を、分解していく。分からないところは推測と憶測で補う。それでもなお届かない所は勘を入れる。
真っ白で真四角なパズルのピースをハメ込んでいるような暗中模索としかいいようのない作業が続く。
「……!」
それでも、少し。掴めた。
龍を動かす方法――不明。
この術式の目的――至れず。
それでも。見えた。
「この術式は龍の心臓と上質な魔法使いの肉体を必要としていたらしい」
この龍を動かす材料が。
そして、俺の推理はそこで止まらない。これをリグに伝えるべきか悩むが……。でも、黙っていてもいずれ知られてしまうことだ。
彼に伝える方がいいだろう。
「多分、その上質な魔法使いの肉体っていうのは――シルヴァだ」
「……父さんが?」
初めて、リグの表情に陰りが入った。