56.土俵
「リグ、どうしてここに?」
「父さんを探してな」
「シルヴァを?」
竜の死体を蹴り飛ばして、リグはぶっきらぼうにそう答えた。
確かにシルヴァは災害龍の復活を目論んでいたわけで、今ここで復活した雷龍がいることからも彼の目的は達成されたと考えられる。
だとすれば、この場にシルヴァがいると考えるのは自然だ。
リグが父を追ってここにやって来たのも納得できる理由ではあった。――とはいえ、リグは命に別状こそないものの重体だったはず。
「身体は大丈夫なのか?」
「ああ? まぁな。複製品を持ち合わせてたことが功を奏した」
包帯を巻いた胸をとん、とんと指さしてリグはそう言った。
なるほど龍の心臓の複製品をハメ込んで傷を癒やしたのか。随分荒いが、ジッとしていられなかったんだろう。
「お前がいるならクラノスとギネカもいるだろう。アイツを呼んでこい。アイツなら僕の傷も簡単に治療できるだろう」
「……ギネカは」
俺は言葉を濁した。
けれど、黙っていても仕方ないので正直に話す。俺たちを庇って命を落としてしまったことを。
「……あの攻撃、突然消えたと思ったがそういうことだったか。まぁ、冒険者の最後っていうのは大抵あっけないもんだ」
リグはあまり気にしていない様子でそう呟いた。
「悔しいが今の僕じゃ、こいつを一人で倒すのは不可能だ」
「……いいのか? 父親の目的だったんだろう?」
俺としてはリグが雷龍を倒そうとしてくれるのはいいことなのだが……でも、確認しておきたかった。リグの立場がどうしても俺と重なってしまうから。
親父に見放されて、不要とされた。その心の痛みは嫌というほど理解できた。
だから俺はリグに問うた。
本当に父の邪魔をしてもいいのかと。
「……別に、僕の目的じゃなかったさ」
「そうか。じゃあ、協力しよう。今、雷龍が魔力を吸い上げる器官を破壊しているところなんだ」
「なるほどな?」
背後を見遣って、俺や他の仲間たちが破壊した管に目をやるリグ。
「で、これを切り落とした後はどう倒すつもりなんだ?」
「……実は、まだ考えてない」
「……」
リグの視線が突き刺さる。
言いたいことは分かる、それくらい考えておけよ、ということだろう。だが、取り敢えずはあの技を封じなければならない。
「ともかく、やることは分かった。僕はメイムを守ってやるよ。さっさと全部壊してくれよ?」
「ああ、善処するよ」
と、いうことで協力体制を築いて狩っていくこと数分。リグのサポートもあってさっきよりもスムーズに管を破壊していけた。
クラノスたちと合流した俺たち。多分、怒るだろうなぁ、クラノス。ちょっと憂うつになりつつ、リグと彼女たちを引き合わせた。
「なんでリグが一緒にいんだよ」
「お前たちに協力してやるんだ。この僕がな? 感謝しろよ」
「はー! いらねぇよ!」
「まぁまぁ、クラノスさん。今は一人でも戦力が増えている方がいいじゃないですか」
「……チッ」
案の定、こういうことになった。
まぁサクラがなだめてくれたお陰で予想以上に穏やかな雰囲気になったけど……。
さて、ここからどうするべきか。
正直なところ、雷龍が余りにもデカすぎる。
対処法について頭を悩ませていたところで、地面が揺れた。
「ん?」
小刻みに振動する地面に視線を向ければ、段々と地面が裂けていることがわかった。
まさか――。
そのまさかというように、空を突くように聳え立っていた雷龍が動き始めた。あの管は雷龍に魔力を供給するパイプであると同時に、地面へとくくりつける鎖の役目を担っていたのかもしれない。
そんなことを考えた時にはもう遅く。
白骨化した翼が広がったかと思えば、龍が飛翔。
その、長い長い身体を翻して曇天へと舞い上がった。
「……」
俺たちはただそれを見上げて、思い出す。
龍とは、空を飛ぶ生き物だと。空の上でとぐろを巻き、真っ赤な瞳が俺たちを見下した。
雷鳴が轟く。
一度。暗がりにその身体が晒され。
二度。口元へため込まれた雷轟が漏れ出る。
三度。龍が空を見上げたかと思えば。
四度。吐き出されるのはブレス。
五度。それは空より落ちる雷鳴ではなく。龍の口より放たれた。
「この程度ッ!」
俺たちの前に立ちはだかったクラノス、鎧が変形し彼女の持つ盾へと集まっていけば巨大な壁を形作った。
「はぁっ!」
先程の巨大な魔力砲と比べれば、遙かに威力は落ちるブレスだがそれでもなお脅威的。いや、まともに喰らえば塵すら残らぬほどの威力を持つそれ。
クラノスの防御力があってやっと防ぐことができるのだろう。
ビリビリと守られているはずなのに、どうしてか肌が切り裂かれるようだった。
「野郎、どうやらようやくオレの顔を思い出したみてぇだなァ?」
盾を戻し、鎧を再度纏ったクラノスが吐き捨てるようにそう述べた。
「こっからが本番だ。気合い入れろよお前等ッ!」
明らかに俺たちに敵意を向けた雷龍を見上げる。確かに、ようやく俺たちは勝負の土俵に上がったらしかった。