54.致命の一撃
「あれが……今回の標的?」
少し眠そうなクシフォスが空を突く骨の龍を眺めた。
俺たちは雷龍を目指して森の中を駆けている。まだまだ遠いが、この速度で行けばすぐにでも辿り着けるだろう。
「ああ、そうだ」
「……あれは、私の技でも、無理」
「そうなのか?」
「大きすぎる……」
確かに俺たちの十倍どころではない大きさだ。一息に斬るのは難しいだろう。しかし、残念だ。
クシフォスが突破口になってくれると思ったんだが……。アテが外れてしまった。とはいえ、今回に関しては一度雷龍に勝利したギネカとクラノスの二人がいる。
彼女たちならば、何らかの打つ手を用意しているかもしれない。
「クラノスとギネカさんはどうだ?」
「オレは中からぶち抜いただけだからな、外でやり合うのはあんまり慣れてねぇよ」
「私は回復に専念していたからね……。基本的にあのメンバーだとロウェンが町に被害がでないように抑えつつ、私が回復を担当して、オメガニアとレイラが真正面から戦っていた感じだったけど……。あとはシルヴァがサポートかな」
「だが、まぁ――こうして見るとあの時ほどの力はねぇようにも感じるぜ」
「ああ、それは私も思った。多分、相当に格が落ちてるぜ。やっぱ、龍の心臓程度じゃあ魔力を賄えないか」
「……?」
今の会話に少しの違和感を抱いたが、そんなことを考えている場合じゃないな。
「とはいっても、私からすれば十分に恐ろしい相手なんですがっ!」
「ま、雑魚はそうだろうな。留守番しててもよかったのによ」
「雑魚じゃありませんし! 留守番もしません!」
サクラとクラノスの恒例のやり取りが行われた。彼女は真面目に受け答えしているんだろうけど、こんな場面でもいつもと変わらないやり取りが繰り広げられるのは……なんというか安心できる。
「さて、もう少しで森を抜けるよ。気をつけてくれよ!」
というギネカの声かけと共に気を引き締める。
俺たちが走ってきた方向から、雷鳴やら爆発音やらが聞こえ始めた。どうやらミアの戦闘が始まったらしい。
俺より普通に強い彼女ならば大丈夫だと思うけれど、それでも少し心配になってしまうのはやっぱり俺が兄だからだろう。(本人の前でそんな態度を出そうものなら睨まれてしまいそうだが……)
と、いけない。集中しないと。
森を抜けて視界が一気に開けた。
大粒の雨がしとどに降り注いで、雷が轟く。聳え立つ白骨龍は、俺が数十人縦に並んだ高さよりも大きそうだった。
凄まじい威圧感。
足が竦み、立ち止まってしまいそうになる。Sランクの猛者たちともまた違った、独特の威圧感が空から俺たちに与えられていた。
「……嫌な空気」
「確かに、ディダル・カリア試験官の威圧感をもっと深くしたような感じですね……」
「比較対象がディダルなんだな?」
「あの人も怖かったんです!」
「ちょっと待って。君たち、静かに」
そんな会話を繰り広げているクラノスたちに、ギネカがいつになく声のトーンを落としてそう言った。
そのただならぬ様子に飲まれて、全員が素直に沈黙。
そうするとざぁざぁという雨の音に紛れて、甲高い音が耳に紛れ込む。それが、空高くそびえる龍の髑髏から漏れ出たものだと気づいた時には、既に遅かった。
「……メイム君。魔力の流れを見ることはできるかな? 私だけじゃ見間違いかもしれない」
「……」
ギネカほどの術者が、まず魔力の流れを見間違うわけがない。ともすれば、彼女でさえも、見間違いと思いたいのだ。
俺は魔力の流れを見るように、視界を切り替えた。優秀な魔法使いならば自然と流れを見通すことができるが……俺は残念ながら平凡なので気合いを入れないと無理だ。
さてどうなっていることや――。
「え」
俺は思わず固まってしまった。
龍の川に満ち溢れていたあの魔力が、すべて吸い上げられて……頭部に集積していっている。
「君にもやっぱり、そう見えているか……」
「どういうこった?」
「とんでもない高出力の魔力砲を雷龍が構えてる」
「……マジですか」
「オメガニアァアアア!」
そんな龍の雄叫びが耳をつんざいた。
確かに今、オメガニアって雷龍は叫んだぞ……!?
なんて、疑問を抱いた瞬間。
真っ黒な空が――輝いた。
「それは流石に不味い! 神よ、私たちを守りたもう!」
俺たちを見下して放たれたそれ。
真ん前が白に塗り替えられたかと思えば、凄まじい速度でこちらへと迫る。
回避は……間に合わない!
なら防御は――できるわけがない!
そのまま、俺たちは為す術なく閃光に飲まれてしまった。
死を覚悟したわけだが――いつになってもその死は訪れず。痛みもなかった。恐る恐る瞼を開けてみれば。
「……ちっ」
クラノス、サクラ、クシフォスの姿は見える。
周囲の被害を鑑みるに、魔力砲は振り上げられたらしいが……それ以上の被害を出さなかったようだ。
一体どうやって……?
俺たちは助かったんだ? 考えられる可能性は――。
「クラノス、助かったありがとう」
「いやオレじゃねぇ……」
「じゃあ、誰が?」
「ギネカだ。クソッ。オレたちのことを庇いやがって」
「え……?」
確かに、ギネカの姿はどこにもなかった。
最後に聞いた声もギネカのもので、恐らく奇蹟の行使をしていたはず。
……。
「二人とも気を抜いちゃいけません。今はただ、目の前の敵に集中を!」
「……!」
サクラの声で俺は我を取り戻して、龍を見上げた。
そうだ。
まだ、元凶をどうにかしたわけじゃない。むしろ、これからなんだ。ギネカが俺たちを庇ってくれたというのなら、救われた命を最大限活用しないと!
それに――ギネカだって死んでいないはず。
俺はそう信じて、三人に声をかける。
「取り敢えず麓を目指そう! そうすれば、さっきの魔力砲は出せないはずだ!」
未だ心は揺らいでしまうが、なんとか平静を保ちつつ雷龍の麓を目指した。