53.絶望の一撃
空を覆い尽くすほどの竜たちを見上げて、ミアは静かに魔力を高めていた。
馬車には引き返すように命じる。
一般人など、足手まといであり邪魔だったからだ。
「こうして見ると、蟲だな」
竜とはもっと高貴な生物だと思っていた。けれど、こうして群れている姿を見ると蟲と大差ないな、というのが正直な感想だった。
とはいえ、蟲とは比べものにもならないほどの強さを誇る。油断は禁物だ。
獅子とは、いつだって本気で獲物を狩るのだから。
群れは地面に立つミアを無視して空を征こうとしていた。
当然だ。こんな人一人が自分たちの障害になるなど考えてもいない。歯牙にもかけず、竜の群れは過ぎ去ろうとするのだが。
「……ふむ」
地上から曇天へ。
雨がぽつり、ぽつりと降り始めたその空へ向け、レイピアの切っ先が向けられた。
そう思ったのもつかの間。凄まじい火球が打ち上がり竜の群れを穿つ。
まずは一発。
自分が脅威であると知らしめるための砲撃。
二百以上の眼が、一斉にミアに注がれる。
「さて、お手並み拝見といこうか」
足に魔力を込めて、放出。曇天の空へ舞い上がったミアは自ら竜の海に身体を埋めていく。
足元に巨大な氷柱を生成。足場として立ち、くるりとレイピアを回す。竜たちの口元には、それぞれ雷が湛えており迸っている。
バチバチ、という音が幾重にも重なってミアの耳を打った。浅い黒色の鱗は曇天によく紛れ、紅い瞳が竜たちの凶暴性をこれでもかと主張していた。
遙か遠方に見える龍もまた、在りし日にはこのような風貌をしていたのだろうか。
なんて、視線を逸らす余裕すらミアにはあったのだ。
自分たちを前に人間如きが余所見をしたことが許せなかったのか、竜たちは一斉に咆哮。耳をつんざく竜の嘶きの後に――雷轟。
竜たちが吐き散らした雷が一気に集まって、巨大な光の柱となりミアへ堕つ。まともな冒険者ならば、一匹の竜のいななきですら致命傷。
対して、此方は百匹以上の合体技。
人智を逸脱した威力にすら思えた。
しかし、ミアは真正面からレイピアで雷を受け。
そのまま純粋な魔力放出をもってこれを迎撃。鍔迫り合いの如く対抗してみせることで、レイピアを横へ振り落とし――この雷と己の魔力を竜の群れへと受け流した。
「ギィ!?」
当然、雷竜と呼ばれる眷属たち。雷には相応の耐性を持っているが――皮肉にも合体技であるが故に、耐性を出力が上回った。
おまけにミア自身の魔力の奔流も混じってしまえば……。バタバタと、そう少なくない竜たちが絶命し地面へと堕ちていく。
「さて、終いか?」
ミアは残った竜たちを一瞥。
当然、ここで竜たちが引き下がるわけもない。めいめいに吼え、ここで初めてミアを外敵と認識したようだった。
いくつかの竜たちがさらに空へ飛び上がったかと思えば、翼を畳んで急落下。風を切り、ミアへと迫る。
「距離を詰めれば勝ると考えたか。浅はかな」
紙一重で回避し、過ぎゆく竜の身体をレイピアで両断。魔力を使うまでもない。
魔法使いといえども、その身体能力は既に常人を逸脱している。その気になれば魔力による補助で地すら容易く穿つ。
ミアの背後よりさらに迫る竜。ノールックで彼女は飛び上がり、回避。竜の上に飛び乗り左右から挟撃を行う竜たちを見遣り――左へレイピア、右へ掌を向ければ。
爆ぜた。
雷鳴にすら勝る爆発音が響いたかと思えば、挟撃を仕掛けた竜たちは跡形もなく消し飛んでおり。ついでと言わんばかりに足元へ魔力を込めるミア。
熱線が、竜の身体を貫き命を奪う。
「竜には少し期待していたのだが――こんなものか」
氷の足場へと帰って来て、ため息を漏らすミア。
その表情には失望の色が強く出ていた。
このまま、蹂躙を続けようとするミアだが――。遠方から、異常すぎる魔力の高まりを感じ取った。いや、感じ取らされた。
感じずにはいられなかったのだ。
この方角は――雷龍の方。
間違いなく、オスビタリアが何かをしようとしているのだ。
彼方の龍の死骸へと視線を向ける。
この距離からでも存在感を発揮する巨大な死骸。
視力を魔力で強化し、望遠。
白骨化した龍の巨大な口が開き、そこに魔力が凝集しているようだった。魔力の流れを鑑みれば、地面から吸い上げた魔力たちを口元へ集めて属性を変換しているらしい。
龍の川にあるあの魔力を扱っているのか、それとも地脈そのものに関与しているのか……定かではないが。
何にせよ、異常な魔力があの龍の口元に溜まっているのは間違いなかった。
「……」
不味い。
本能的にミアはそう感じ取っていた。
あれは不味い。
あれだけは不味い。
自然と焦りが脳内を支配する。
レイピアの切っ先を雷龍へ差し向けて、全ての魔力を集結。その一点へ構えるが……。
当然、そんな隙を竜たちが見逃してくれるわけもなかった。
眷属たちの邪魔が入り、雑魚たちの相手に手間取っていると耳を割くような、甲高い警笛のような音が聞こえ始めた。
約、一秒後。
ミアの視界を白が覆った。
違う。
龍の口から発せられた雷撃があまりにも巨大すぎて白としか認識できなかったのだ。
地面を抉るように、下から上へ。この距離をものともせず。無限とすら思える射程を振りかざして己の下から迫る圧倒的魔力砲。
ここで自分が回避しようものなら、背後の城下町にすら尋常ならざる被害を及ぼすだろう。
しかし、自分にはどうすることもできなかった。
恐らく生き残ることは容易だ。だが、これを防ぐことは……。それこそ父親でもなければ不可能。
そう判断したミアは退避。町は壊滅しないはず。ならば、ここは自分の命を優先するべきと判断。
少なくない罪悪感を感じながら、ミアは踵を返した。