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52.オールドワン

 専用の馬車に揺られ、俺たちは雷龍の元へ向かっていた。

 メンバーはというと……俺を含めたいつもの四人にギネカが加わったパーティーメンバー。それと……。


「あ、あの。ミアさんは何か飲みますか?」

「――必要ない」

「あ、そ、そうですよねっ!」


 妹のミアだった。

 機嫌が悪いこと丸出しな彼女は、ただでさえ鋭い眼光をギロりとサクラへと向けて威圧感を放っている。


「美味しいのにね?」

「え、ええ……」


 紅茶を嗜むギネカがサクラをフォロー。というか、なんで馬車の中で紅茶を窘めるんだ。流石は高級馬車、いや高級すぎやしないか?

 なんて思いつつ俺も紅茶を頂いていた。


 あの会議の後、俺たちは少し休憩を取って町を出た。

 本当なら俺もしっかり八時間くらい寝たかったけど、事態が事態なので仕方ない。(クシフォスは今も寝ている)


「しかし、リグの奴が脱走するとはな」

「どこに行ったんだろうね、彼」

「さぁなァ?」


 クラノスが言う通り、絶対安静のはずのリグが冒険者ギルドから脱走してしまったらしい。あの身体で何かできるとは思えないが……。


「他人の心配より、自分の心配をした方がいいと思うが」

「はっ、ビビりに言われたくはねぇよ」

「勝手に言っていろ。ならばお前は雷龍の眷属すらもまとめて消し飛ばすことができるというのか?」

「ああ、できる!」

「……」


 ミアの軽蔑の眼差しがクラノスに向けられた。

 まぁあの一点の迷いもない即答は流石と言わざるを得ない。俺も見習わないとな。

 とはいえ、馬車の空気が最悪になったのも事実。だが、俺はミアのお兄ちゃんなわけで下手に喋ると彼女の怒りをさらに煽ってしまう。

 だから俺は可能な限り余所を見つつ、紅茶を啜ることに命を賭けていた。


「あっ、そういえばミアさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」


 サクラが気を利かせてくれたが……多分、その質問はあまりよくない質問だ。


「なろうと思ったことはただの一度もない」

「え、Sランクなのにですか?」

「ちげーよサクラ。コイツはSランクでもねぇ」

「えっ?」

「直にSランクにはなるが。冒険者など、どうでもいい」

「そ、そうなんですね……」

「アルファルド家は特殊、だもんね?」

「アルファルド家って確か四大貴族の……?」


 サクラの顔が曇った。

 同じ四大貴族から良いようにされていたサクラからすれば、貴族というだけでマイナスポイントらしい。そういえば、俺も気になったことがある。

 ロウェンにミアが言い放った言葉。


 ――そも、我々オメガニアは冒険者ギルド、そしてこの国とも対等な関係である。


 この言葉が妙に引っかかった。

 いくら大貴族といえども、貴族は貴族。国そのものと対等なわけがない。翻って、それは冒険者ギルドにも言えることでオメガニアがSランクで三王だとしても、冒険者ギルドに所属している時点で対等な関係ではない。


 だというのに、ミアは対等な関係だと主張していた。


「そういえば、あの時ミア……様はオメガニアが冒険者ギルドや国と対等な関係にあるって仰ってましたね。それがアルファルド家の特殊性と関係があるんですか?」

「なんで様付けなんだメイム……?」


 クラノスの怪訝な視線は取り敢えず無視して(深掘りされたら墓穴かもしれないし)俺はミアとギネカの顔を交互に見た。


「ああ、それはね……。アルファルド家は元々冒険者ギルドの同盟であり、そしてこの国とも盟友だったのさ。うんと昔の話らしいけど」

「終わったことのように語るが、今なお続く不文律だ。オメガニアはただ優しさからお前たちに手を貸しているに過ぎん」


 なるほど……。

 そんな約束事があったとは。俺って、自分の家族や一族について何も知らないんだな……。本邸から離されていたこともあるけれど、俺自体あんまり興味がなかったんだろう。


 それに、調べたらいけないような気がしていたし。


「オメガニア自体、原初の魔法使い(オールドワン)を祖先に持つそれはもう高貴な一族だもんね?」

「――っ。どこでそれを」

「原初の魔法使い?」


 俺とサクラとクラノスがギネカの言葉に揃って首を傾げた。

 しかし、ミアが今日初めて表情を崩した。クールな彼女があからさまな反応を示すあたり、どうやら相当に予想外だったらしい。

 ギネカはそんなミアの反応を楽しむように、クスリと笑って続けた。


「原初の魔法使い。この世界に魔法をもたらしたとされる魔導祖の弟子七人。その一人が、オメガニアなのさ」

「……」

「そして何よりもオメガニアには――」


 そこまでギネカが言いかけたところで、馬車が急停止。

 凄まじい轟音が馬車の外から聞こえてきた。


 どうやら……お出ましらしい。


 俺たちは馬車から降りて、正面を見据えた。


 そこにあるのは真っ黒な雲と、それを覆うように蔓延る竜たち。そして、さらに遠方に見えるのは……。

 白骨化した龍。多分あれがオスビタリアだ。


「さて、もう一度聞こう。お前たちはオスビタリアの相手をしながら、あの眷属たちを討ち漏らすことなく倒し切れると?」

「あー。まぁできねぇこともねぇが」

「ほざけ。ここは私が受け持った」


 レイピアを抜いて、くるりと回すミア。


「よし、じゃあここからは徒歩だね。道すがら、龍の討伐方法について相談しようか!」

「……考えていなかったのか?」

「まあね☆」


 というウインクと共に、ギネカが軽やかに先導を始める。

 俺たちも彼女の背を追って馬車から離れていく。竜たちの攻撃を極力避けるために、森の中へ入り、雷龍本体を目指して一気に駆けていく。


 直に、雨が降りそうだった。

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