51.勝負所
城へやって来るなんて子供の時いらいなんだけど――。どうにも、今の雰囲気は前に俺が足を運んだ時とはかけ離れていた。
兵士たちが慌ただしく城内を駆け回り、設備の点検や武器の調達に走っている。
そんな忙しない城の雰囲気に揺らされつつ。俺たちが案内されたのは巨大な作戦立案室。普段は騎士団の人たちが使う場所だ。俺だって、ここに入るのは初めて。
両開きの大きな扉が開けば、豪勢な赤の絨毯と武骨なテーブルが出迎えてくれた。
顔ぶれは変わらない。
ロウェン、ミア。他のSランクの姿はなかった。
「クラノスに、ギネカ、メイム君か……。まったく、こういう時でもSランク共の集まりの悪さは変わらないとはな」
腕を組み、ロウェンが静かにぼやいた。
フィリアさんがSランクの人たちに連絡を出したみたいだけど、まぁ、多分今日や明日に帰って来るとは思えないしアテにもしていられない。
「なんだ、ビビってんのか? 心配ならテメェは引っ込んでてもいいぞ? ロウェン」
軽口を飛ばして席へ着くクラノス。俺も彼女に習って、二人に会釈をしつつ隣に腰かけた。クラノスの軽口を無視して、資料に目を通しているロウェン。どうやら、クラノスの相手をしていられないくらい差し迫った事態らしい。
「ピリついてるね、ロウェン? 疲れでも溜まってるのかな? 癒やしてあげよーか?」
「……精神的疲労が取り除けるならぜひ頼みたいが」
「ごめん、無理っ!」
といいつつギネカが着席。
フィリアさんも中央に座り込んで、恐らく今回集まることができるメンバーは揃ったことになる。(サクラとクシフォスは自宅でお留守番中だ)
全員の着席を確認してロウェンがスッと立ち上がる。
全員に書類を配り、手元の紙を正す。
「さて、今回はもう知っての通り……かの災害龍が復活した」
「雷龍オスビタリア。忌名だったけど、復活したならそう呼ぶ他ないね?」
ギネカが静かに雷龍の名を口にした。
誰もが知っていたが、誰もが忌避していたその名。自然と、誰も呼ばなくなった名前。雷龍オスビタリア。
雷を司る龍であり、ただ存在するだけで周囲の命を奪っていく生ける災害。
「復活したばかりだからか、奴の災害領域は未だ広がっていない。しかし、いつその領域に我が国が及ぶかは不明だ」
災害領域。
存在するだけで周囲の環境を滅茶苦茶にしてしまう災害龍。その影響が及んでしまう地域を災害領域と呼ぶ。生前の雷龍は龍の川の場所から国の一部を災害領域へとしてしまい、それだけで数多の被害を出してしまった。
今回も災害領域に城下町が入ってしまえば……その被害は計り知れない。
「そして、斥候の報告によれば災害龍はどういうわけか、我が国へと向かって来ているらしい」
「殺された恨みって奴か? ったく、クソが」
「定かではないが、奴が通るだけで城下町は最悪の被害を被る。そうなれば、国の存続すら危ぶまれてしまう」
「で、その最悪の場合までのタイムリミットは?」
「およそ、二日。だがこれは奴の速度が一定であることを前提としている。早急な討伐が必要となる」
「この戦力で、ということですよね?」
ここで初めて俺が口を挟んだ。
当然、このメンバーで迎え撃つと思うのだが……一つだけ確認したいことがあった。今なお沈黙を続けるミア。彼女はオメガニアの代わりとしてここに立っている。
ならば、ミアの思惑ではなく親父の思惑が多分に含まれているのは当然なのだが。あの人が素直にオメガニアを差し向かわせるとは思えなかった。
「ああ、そのつもりだが」
「オメガニアは雷龍への接近は行わない。中陣にて、眷属の竜共の相手をする」
「それはどういう心づもりかな? 流石に今回は私たちも協力した方がいいと思うけれど」
「ギネカの言う通りだ。ミア・フォン・アルファルド。私も兵士たちの指揮や王城の守備を行う必要があって、前線に出向くことはできない。可能であれば君の協力……いや、オメガニアの助力を求めたいが」
「却下だ。そも、我々オメガニアは冒険者ギルド、そしてこの国とも対等な関係であることを努、忘れるな」
「……」
ロウェンの眉間がスッと深くなった。
しかし彼も同行できないとなれば、今災害龍と直接対峙できるSランクはクラノスとギネカの二人というわけか。
「はっ。マジでビビってたのはオメガニアだったみたいだな?」
「……」
「中陣とロウェンの所には私のクランから腕利きのヒーラーを用意するけれど、必要かな?」
「私には必要ありません。むしろ、足手まといがいればその分実力を発揮できませんので」
「此方には頂けるかな? ありがたいよ」
「はい、りょーかい。ま、本陣は私がいるから安心してよ」
最早消去法でクラノスや俺が本陣のメンバーになっているが、そこに文句はない。いや、俺だと力不足感は否めないのだが……。
「では、災害龍の討伐メンバーはクラノス様、ギネカ様、メイム様、サクラ様、クシフォス様の五名でよろしいでしょうか?」
「……むぅ」
ロウェンが唸った。俺たちに遠慮をして言葉を慎んでいることが伝わる。多分、彼はこう言いたいのだ。
無理だろう。
と、誰が見てもというか俺ですら勝てるとは思えなかった。
いくらギネカがこの国最強のヒーラーで、クラノスがタイマン最強と言われるタンクだとしても。それにサクラやクシフォスが一角の冒険者だとしても。
全盛期の雷龍はクラノス、ギネカ、親父にロウェン、そして母さんだって討伐に参加した正真正銘の怪物。
勝てるわけがない。
「ああ、大丈夫だ。だろ? メイム」
そんなネガティブなことを考える俺の肩を叩くのはクラノス。
彼女の力強い言葉は、本当に俺たちなら雷龍に勝てると心の底から信じ切っているようだった。自然と、力が貰えた。
勝てる、なんて胸を張ることはできない。
でも。
「ああ、やるだけやってみるか!」
そう言うことはできた。
俺たちのパーティー始まって以来の大仕事。正真正銘、国を守るための戦いが今始まった。