48.決着?
手順はクラノスを治療した時と同じ。
リグの身体を包み込んでいるのは、龍の魔力。もちろん、龍の心臓から溢れているものだ。だとすれば、俺が濾過した魔力と似たものになるはず。
まぁ、つまり……。
また、俺の腕を路として魔力を流し龍の心臓から供給される魔力を吸い上げる。
その第一段階を始動。
「はぁ……!」
「おいおい、何をしてるんだ?」
リグの身体に手をつけなければならなかった。
自身の身体に刻んだ魔術式をリグの魔力が逆流していく。熱が指先から腕へ、腕から肩へ――どんどんと駆け上っていった。
「ぐっ……!」
やっぱり痛い。でも、耐えるしかない!
俺はそのまま、魔力を反対の腕へと移していく。リグは俺の意図が読めないのか、困惑した様子で俺のことを眺めていた。
これは好都合。
魔力を移動させた俺は右腕をリグの腕から離して、横腹へ密着。
「は……?」
「魔力中和――クシフォス!」
「はい」
横腹へ俺の魔力を込めたリグのそれを流し込む。当然、元はリグのものなのだ馴染み還元される。
だが、龍の川でも行ったように――この魔力は俺の魔力でもある。
つまり、常に凄まじい防御を張っていたリグではあるが、この横腹の一点に関しては違う。俺の魔力でもあり、リグの魔力でもある魔力は俺だって操れた。
つまり、無敵の魔力バリアに一つの脆弱性を生みだしたのだ。
そこに刺さるのは一撃必殺のアサシン。
「万物破壊の理」
黒い一閃が走った。
確実にリグの横腹を穿ったクシフォスは地面へ手をつき、土煙を巻き上げて着地した。
「龍の心臓。破壊完了」
「が、ぐ……は」
俺の胸ぐらを掴んでいた手が力なく開き、俺は着地。
胸の辺りを押えて、膝を着きそうなリグだがそれでも膝を地へと着けないのは彼のプライドだろうか。
「クソ……! クソ! この僕が、無敵の僕が……!」
「トドメ、刺す?」
「いや、その必要はないよ」
「分かった」
今のリグに戦う力は残っていないはずだ。
俺は彼を拘束するために、魔力タンク用の宝石を手に取る。さて、向こうと合流しないと――。
なんて考えていたら、凄まじい速度で何かが吹き飛ばされてきた。
「――!?」
宝石を構えて、飛来したものを見遣る。そこにいるのはボロボロのシルヴァだった。
遅れて豪快に着地するのはクラノス。もう少し遅れて軽やかに駆けてきたのはサクラ。なるほど、どうやらシルヴァはあの二人にかなり苦戦しているようだった。
「お、メイムじゃねぇか。そこで倒れかけてるのはリグか――はっ! やっぱ勝てなかったか!」
「流石ですね。こちらも、もうすぐ決着がつきますよ」
「リグ……まさか、この二人に敗れたというのか!?」
「父さん……いや、違うんだ。これは、ちょっと調子が悪いだけで……」
「……」
シルヴァはローブの埃を払い、リグを見下した。
そのただならぬ様子に、俺たちは一瞬呑まれてしまっていた。
「そうですか。ふむ、あれの言っていた通りになってしまいましたね。リグ。もう貴方は必要ありません」
「……?」
そう言って、シルヴァは杖を虚空から取り出しふり構えて、リグの胸へ突き刺した。
「……!」
「何やってんだお前っ!」
クラノスの怒号とも、困惑の声とも取れる叫びが響いた。誰よりも、クラノスが境に動き、シルヴァへ接近。盾を振り構えるが――。
「龍の心臓。再起動」
凄まじい魔力の壁がシルヴァの前に立ちこめた。クラノスの盾は物の見事に魔力の壁で阻まれてしまう。
……クシフォスが完全に破壊した龍の心臓が再び動くとは。なるほど流石は国宝か。
「テメェ、自分の息子を殺す気か!」
「ええ。私の息子は最強でなければいけません。Sランクですらないゴミに敗れてしまうとは――最早、視界にすら入れたくありませんね?」
「……」
どうにも、あの父親の姿が俺の父親の姿と重なって嫌だった。
吐き捨てるようにそう言ったシルヴァは、くるりと踵を返して転移。どこかへと消えてしまった。
「ちっ! 待ちやがれ!」
「いや、クラノス。まずはリグの治療をする。深追いはやめておこう」
「……メイムがそう言うなら分かったが」
地面に倒れ込み血だまりを作ったリグ。
クシフォスの一撃と、シルヴァに穿たれた傷が酷い。取り敢えず、手持ちの宝石やら呪符やら、使えるものは全て使って応急手当をしよう。
「ギネカさんがいれば……」
彼女はこの国最高峰のヒーラーだ。
この深手も完璧にとは言わないが、俺よりもうんとマシに回復できるだろう。だけど、彼女を探す時間が惜しい。
取り敢えず、ギネカは一人でも大丈夫だろうから……。まずはリグの回復を優先しないと。
「クラノス、ギネカと合流できるか? 俺とサクラとクシフォスでリグをギルドへ運ぶ」
「あいよ。気をつけろよな」
「ああ。俺は応急手当に専念したいから、サクラ……リグを担いでくれるか?」
「もちろんです!」
ということで、俺たちはクラノスとギネカより一足先にギルドへと引き返した。
◆
「……結局、貴方の言う通りになってしまいましたね?」
「だろう? それで、物は持ってきた?」
龍の心臓の最深部。
災害龍の死骸、その本体があると言われる場所でシルヴァはフードを目深に被った人物に声をかけた。
フードの人物の声はブレていた。男だったような気もするし、女だった気もする。酷く若い気もすれば、老いているようにも聞こえた。シルヴァほどの実力者でも、除去できない認識阻害の魔法だ。
「はい。しっかりと、龍の心臓はここに」
「うん、よかったよ」
「しかし、貴方は一体何者なので? 突如として凄まじい資金提供があったことにも驚きましたが……?」
「まぁね? 大貴族に成ったからさ? ま、それはともかく。これで災害龍の復活が可能になったわけだ」
フードの人物は軽妙な口調で、くるりとシルヴァの持つ龍の心臓へ視線を合わせた。
「ええ。では最後の手順を教えて頂いても?」
「ああ、そうだった。言ってなかったっけ? うん。最後の手順、それはね……?」
一歩、二歩とシルヴァへと近づいたフードの人物。
さくりと。
シルヴァの胸を、短剣が貫いた。
「上質な魔法使いの躯と、龍の心臓を贄にすることさ☆」
「……」
「元々、君たち親子は素材に過ぎなかったってわけ」
シルヴァを拘束魔法で拘束し、龍の川の谷底へと突き落とす。
「バイビー☆ ま、これで君の悲願も叶うだろ? ほら、なんだっけ……。オメガニアに勝つだっけ? うん、できるんじゃない?」
ま、どうでもいいけど。
と締めくくったフードの人物。
長い、長い龍の川全てから光が漏れ、夜空を穿つ。
その眩さと厄災復活の大咆哮を背に。フードの人物はクスリと微笑んだ。
「さて、さいっこうに楽しい暇つぶしの始まりだ」
フードをめくり、下卑た笑みを浮かべてそれは森の中へと消えていった。
草木に混じる緑の髪が、やけに昏かった。