45.即興の連携
龍の川の上流。
俺たち五人は前回とは違って、真正面から乗り込んでいた。
「えっ……クラノス・アスピダにギネカ・ラ・エシス!? ど、どうしてここに来ているんですか……?」
雇われ魔法使いの一人がクラノスとギネカの顔を見るなり、焦った様子で駆け寄ってきた。他の魔法使いたちもそれに気がついたのか、めいめいに機械などの退避を初めており忙しない様子だった。
「ああ、うん。担当直入に言うけれど――ここ、ぶっ壊しに来たよ~」
ニコリと屈託のない笑みを浮かべて、ギネカはとんでもないことを口走った。杖でトン、トンと地面を叩けば逃げようとする魔法使いたち(およそ三十人ほど)に突然鎖が巻き付き地面に接着されていった。
たった一つの動作で、これほどの魔法を行使するなんて……。やっぱりSランクは格が違うなぁ。なんて思いながらも、俺は周囲に気を配った。
魔導帝。そう呼ばれるシルヴァ・ベルベッドが俺たちの襲撃を知らない。なんてことは考えにくい。
どうせ感知魔法や遠見の魔法なんかをどこかしこに仕込んでいるはずで、そうであればすぐにでも対処に出向て来るはずだった。
「そら、来たぞ」
「ん~?」
腕を組み、ガチャリと鎧を鳴らすクラノス。その言葉と共に、捕縛した魔法使いたちを一纏めに余所へやったギネカは視線を“そこ”へ向けた。
俺でも分かるほどの圧。
漂う魔力の質が、うんと変わったような気がした。
一歩、二歩と軽やかな足取りで俺たちに迫るのは言うまでもなく……。
「リグ・ベルベッドのお出ましだ」
ヒュー、という口笛と共にクラノスが男の登場を告げた。現れたのはリグ・ベルベッド一人のみ。シルヴァの姿はない。
それはつまり、シルヴァはこの面子を見て自分の助力が必要ないと感じたか……。あるいは、何か他の用があったかだ。流石に後者と思いたい。
「ったく。ミアに続いて今度はクラノスとギネカか。アポを取れ、アポを。同じSランクのよしみだ、施設見学くらいはさせてやってもいいんだがな? で、残りのゴミ共はなんだ?」
ギロリと、青い瞳が俺たちを見据えた。
恐ろしいほどに整った顔立ち。そして、ミアに見せていた殺気よりも、もっと黒いそれ。
どうやら、リグも気が立っているらしい。
「メイムはまだしも、その女とガキはなんだ? ただの雑魚をここに連れてきて何になるっていうんだ?」
「な、雑魚って言われるだろ? サクラ」
「雑魚じゃありませんし! 失礼ですよ!」
リグの言葉に続いてクラノスとサクラが恒例のやり取りを見せていた。俺は苦笑しつつ、ポケットに手をやる。
さて、五対一。
いくらリグがミアの魔法すら通用しない文字通り無敵の防御力を持っているからといって、この人数を相手にするのは流石にキツいだろう。
シルヴァの用が終わる前に、どうにかしてリグを片付けたいところだ。
「じゃ、リグ君には悪いけれど――早速縛っちゃおうかなぁ~。美女に縛られるんだ、本望だろ? 三重詠唱無限宮」
口火を切ったのはギネカ。緑の髪を掻き上げて、そう告げればドレイクたちを拘束したあの拘束魔法がリグを包み込む。
動きが止まるリグだが、ニヤリと不敵な笑みを見せたかと思えば――。
「バカめ」
一歩踏み出した瞬間。その拘束が粉々に砕け散っていってしまった。
砕けた魔法が魔力へと解けていき、その光を身に纏いながらリグが加速。
「うっそー自信なくすなぁー!」
「言ってる場合か、退いてろ!」
オーバーアクションでため息を吐く(緊張感のない)ギネカの前にクラノスが出れば、リグの大剣による刺突を真正面から受けきった。
盾と大剣の間に火花が散り、苛烈な鍔迫り合いが演じられている。
よし、今……と俺は宝石を取りだしてリグを狙う。
「おっと、動くなよ」
俺の方へ目をやったリグが、そう言った。瞬間、背筋を悪寒が撫ぜていく。
リグの立っている地面から、俺の立っている地面へ巨大な魔力の流れのようなものがある。そう気がついた時には遅く。
「龍のいななき」
甲高い音が地から聞こえたかと思えば、瞬間亀裂が走る。
「不味いっ――クシフォス!」
「はい」
俺の腹にクシフォスの蹴りが刺さり、一緒に飛ばされる。
ついさっきまで俺が立っていた場所に、下から上へ突き抜けるような雷鳴が轟き雷の柱が迸った。
クシフォスの援護がなければ、今頃俺はあの餌食だったな――。ゾっとしつつ、俺はクラノスとクシフォスに感謝した。
「仕留め損ねたか」
「オレを前にして余所見――してんじゃねぇよ!」
赤雷を盾に纏わせ、強引に鍔迫り合いを終わらせたクラノスはそのまま、大きく盾を振り上げた。
「隙だらけだぞ?」
「どっちがだ?」
その隙を突くように、リグが大剣を翻す。そこに合わせてカタナを差し込むのはサクラ。側面から、凄まじいベストタイミングでリグの一手を封じた。
バチバチと音を立てて、赤雷がリグの頭部に炸裂。
「ギネカ!」
「もっちろん。世界を慈しみ。世を覆い、そしていつしか元の形へと戻るだろう――この私が神へ願い奉る。“動くな”」
「……!」
一気にリグの動きが鈍くなった。
あれは奇蹟か……。聖女と称されるギネカなら使えて当たり前だが、間近で見るとやっぱり異質だな。
奇蹟――神の持つ権能を一時的に借り受ける神職たちが使う魔法のようなもの。とはいえ、魔法とは完全に別体系のもので俺も奇蹟についてはよく知らない。
ただ、リグの動きすら一時的ではあれど完全に止めるほど絶対的なもののようだ。
「地の果てまで――吹っ飛びやがれ!」
盾を大きく、構えたかと思えば。
先程とは比べものにもならないほどの赤雷がクラノスに集積。凄まじい閃光と共に、強烈な一撃がリグを吹き飛ばした。
「即席にしてはまぁ息があった方だなァ?」
盾を構えたまま、クラノスが吐き捨てるように言った。
即興の連携とは思えないほどの完璧な連撃だった。ともすれば、俺が不要だと思ってしまうほどに。
「大丈夫? メイム」
「ああ、ありがとう」
クシフォスから差し出された手を取った刹那。
「転移」
そんな声が聞こえたかと思えば、クシフォスと俺を光りが包み込んだ。
気がつけば、全く見覚えのない景色が広がる。
「……ここは?」
「どうやら、分断されたみたいだな?」
どうやら龍の川であることには変わりないらしいけど……。
なんて周囲の様子を伺えば。
「親父は僕のことを信頼してないのかねぇ?」
と、姿を見せたのはリグ。
なるほど――。最悪だ。