42.父との確執
翌朝。
俺は一人で市に繰り出していた。一人で来た理由は買い物は集中して行いたいからだ。みんなと来てもいいけど、俺は色々と悩む方だし、それでみんなを待たせるのも申し訳がない。
ただ、俺が買い物に出ると知られたら誰かは着いてきてくれそうだったので、黙って抜け出して来た。
朝一でも、流石は大通り。
色々な人で賑わっており、活気付いていた。
俺は消耗品から重要なものまで買い込んでいく。
ミアでもダメージを与えることのできない反則的な防御力を持つリグだが、何もダメージを与えることだけが勝利条件ではない。
準備期間があるなら、やりようはいくらでもある。
その中から、数種類の方法を見繕っておこう。
俺として一番最有力の手段は既に決まっているが……それで勝負がつかなかった場合の保険のようなものが欲しかった。
幸いにも手間取ることはなく買い出しを済ませられたところで、前方に人だかりを発見した。こういうのは、大抵が面倒事やら何やらなので避けて通ろうとしたが。
「おぉ……お前は確か」
人だかりの中から、嫌に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声は男。しかも、最近聞いた覚えがある声。頭の中に浮かぶのは一人の顔。整った顔立ちに、自信がこれでもかと詰め込まれたあの顔だ。
「クラノスの金魚の糞が、こんなところで何をしているんだ?」
「リグ……さんか。そういう貴方はここで何を?」
見て分からないか?
なんていう言葉と共に、リグは周囲の人々にサインを配っていた。なるほど、Sランクともなれば国の英雄。その中でも実力ならば最強クラスと呼ばれているリグが人気なのは当たり前のことだった。
今もまさに、ファンサービスをしていたというところだろうか。
「よーし、頑張れよ。いつかは、僕のように強くなれるかもしれないからな」
なんて、子供の頭を撫でながらリグは語る。
ちょっと意外だった。あの傍若無人っぷりからは想像もできないほどの穏やかな一面。善人かどうかは分からないけれど、悪い奴じゃなさそうだ。なんて思わせてくれた。
「じゃあ、僕はそこの雑魚――もとい、お兄さんと話しがあるからこれで失礼。行くぞ」
子供たちや聴衆にそう告げて、リグは俺に声をかけた。
俺はひと言もいくとはいってないんだけど……どうにも、相手はSランクだし彼や彼女たちにはこういう抗議は無駄だと俺は理解しているわけで。
ため息を吐いて観念した俺は、リグの背を追いかけた。
にしたって、一体俺に何の用があるっていうんだ。
連れて行かれたのは、町でも有名なレストラン。どうやら、リグが贔屓にしているようでまだ開店時間ではないのにも関わらず店を開けてくれた。
「なんだ、きょろきょろと。こういう店に来るのが初めてなのか?」
豪華内装の室内を案内されて、さらに豪華な個室に通される俺とリグ。俺が子供の頃は親父に連れられてたまにこういう店にも来たことがあったなぁ。親父は何も食べなかったみたいだけど。
ふかふかのソファに身を預けて、リグは慣れた様子で注文を行う。
「ああ、済まないな。こんな朝早くに来てしまって。やはり、内密な話は君の店でするに限るからな」
「いえいえ。リグ様であればいつでも大歓迎ですよ。この店を続けられるのも貴方のお陰なんですから」
「……よせ。当然のことをしたまでだ。朝食を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
どうやら、店主の人とも相当に親しいらしい。
丁寧なお辞儀をして出て行った店主さんを見送って、俺は少しだけ世間話を彼に振った。単純な興味もあるんだけど。
「リグさんはこの店と関係が深いんですか?」
「……そうだな。あの店主の娘の命を助けて、他の依頼の片手間に仕入れを手伝ってるくらいだが」
「なるほど……」
Sランク冒険者ともなれば、その依頼は多岐に渡る。そして、様々な場所に足を運んでいく。そんな中で、必要であれば食材を仕入れてこの店に渡しているのか。
それはまぁ、感謝されるだろうな。
なんて一人納得していると、店主さんが朝食を持ってきてくれた。
焼きたてのパンの良い匂いが、鼻腔をくすぐる。それだけでも食欲が掻き立てられた。
目の前に配膳されたトレーにはいくつかのパンとスクランブルエッグにベーコンが盛り付けられている。
「ごゆっくりどうぞ」
「ああ、感謝する」
「ありがとうございます」
俺とリグはそれぞれ店主さんに礼を告げた。
ニコリと笑って、そのまま控えていった店主さん。高級そうな店だったから身構えたけど、中から出て来たのは案外庶民的な朝食メニューだった。
「なんだ、意外と庶民的なメニューとか思っていたのか?」
「え……」
「分かっていないな、真にいい店というのはシンプルなメニューを食うことで分かる。食ってみろ」
リグに勧められるままに俺はパンを一口。
「どうだ?」
「美味しいです」
美味しかった。
我が家で食べる最高級の料理よりも、ともすれば美味しいと感じるほどに。その俺の感想に満足したのか、したり顔のリグはパンを一囓り。
「さて、まぁ、ここは僕が出してやるから心配はするな。助かったよ、丁度暇をしていた頃だったからな」
「暇……?」
「ああ。暇をな。お前みたいな雑魚が、どうやってクラノスに気に入られたのか、気になっていたんだ」
「つまり、それはクラノスと何があったか話せということでしょうか?」
「そうに決まっているだろ?」
「なるほど……」
断る必要はないし、断れない。
だから俺は一応包み隠さずにクラノスと俺の間にあったことを話した。
◆
「あのクラノス・アスピダに膝を着かせたのか! それは中々に面白いな!」
「え、ええ……」
「他にもお前の話は聞いているぞ? 4大クランの薫風のなんとかを潰した話ってのは?」
「それは――」
◆
「ほう、ミア・フォン・アルファルドとあのフィリアの助力があったのか。フィリアはともかく、ミア・フォン・アルファルドは気まぐれか? それとも何かお前とあったのか?」
「えーっと、それについては僕も分からなくて」
「そうか、そうか。あと闇に紛れていたワイルドハントを解体したって話は?」
◆
「ギネカ・ラ・エシスがタイミングよく姿を見せて、そのクズ共は助かったってわけか。まったく、ゴミだからと簡単に殺しては正義が揺らぐからな。結果的に、双方にいい結末だったかもしれん」
「ええ。僕だと、どうしても死ぬまでしかできませんでしたが……ギネカさんのお陰でなんとか殺さずに済みました」
「なるほどな。確かにクラノス・アスピダやギネカ・ラ・エシス、ロウェン・ヴァン・ロンヒルズ、ミア・フォン・アルファルドたちが目を掛けるのも理解はできるな」
俺の今までの話を粗方聞いて、リグは落ち着いた様子で頷いた。
ミアが俺を目に掛けているのは多分実力云々の話ではないのだが……リグにしてみれば一緒のことなんだろう。
俺の話が一頻り終わったところで、俺も少しだけリグに踏み込んでみることにした。ある程度話したことで分かったが、リグは別に今までの敵と違って話が通じないわけではなさそうだった。
むしろ、その横暴な態度こそ気にはなるが冒険者としては至極まともだった。
「リグさんも、確かこの国の歴史上初めての親子でSランク認定を受けた冒険者ですよね?」
「かもな。親父は僕のことをどう思っているかは分からないが」
「……? どういうことですか?」
「ああ、気にするな。お前には関係のない話だ」
少しだけ、シルヴァのことを話すリグの顔は今までの自身に満ち溢れた表情からはかけ離れたもののような印象を受けた。
それが、どうしてかは分からないけど……。あまり、いい表情でないことは確実だった。父親との確執があるのだろうか?
「さて、話し込んでしまったな。そろそろ、僕も親父に呼ばれる時間だ。中々、面白い話だった。もし、お前がSランクに来ることがあったなら、名前の一つでも覚えてやるよ。じゃあな」
ガタリと立ち上がって、リグは勝ち気な表情に戻ってニヤリと笑みを浮かべた。
「あ、はい。その時はお願いします」
俺も立ち上がって頭を下げる。
「それと、昼食も食べていくなら食べていくといい。滅多に来れないだろう、こういう店」
「ははは……ありがとうございます」
手を軽く振って、リグは退室。
俺はその言葉に甘えて、お昼ご飯も頂くことにした。家に帰って、朝から昼まで黙って外出していたことをみんなに問い詰められたのはまた別の話である。