37.ギネカのお願い
「やぁ、済まないね。付き合って貰って」
ゆったりとした室内にいるのは、俺とギネカだけ。
俺は今、ギネカが率いるクランにいた。四大クランの一つ「神の御使い」だ。ヒーラーを専門に派遣するクランであり、その実力は高い。
そんなクランの長が使う私室に招かれているのだ。親父の部屋みたいな重い圧が周囲に満ちている。正直言って、ちょっと息苦しい。
「どこで俺の名前を?」
ゆったりとしたソファに座らされて、俺は大切なことを確認した。
この人が一体どこで俺の本名を知ったか。その返答によって俺がしなければないことも変わってくる。
コトリと俺の前にティーカップを並べてギネカは微笑んだ。
「分かるんだよねぇ。アイツの魂の匂いっていうの――あぁ、今のはナシだ。ま、女の勘って奴? 邪魔をするつもりはないから安心してよ。むしろ、アイツは大きな魚を逃したな、ざまぁ見ろって感じさ」
そして繰り出されるマシンガントーク。
ギネカは俺の親父と因縁が浅くないようだ。まぁ、あの親父のことだ。色々な人に迷惑をかけまくっているんだろう。
それはともかく、親父と知己の仲だったから俺の正体を知っていたというわけか。どういう関係性だったのか気になるところだけど……今はそれよりも優先して聞かないといけないことがある。
「それで、俺に話ってなんですか?」
「そうそう。魔導帝とリグについてさ」
だとは思った。
あの宣言についてなのだろう。まさか……。
嫌な予感を俺が抱いてしまったのがバレたのか、ギネカは人差し指をピンと立ててニッコリと微笑んだ。
「ピンポーン。その通り。君にお願いしたいのは魔導帝とリグを止めることだよ」
といってウインク。彼女の大仰な動きに合わせてしなやかな緑の髪が揺れた。
「止めるたって、そもそも俺はあの二人が何をしようと考えているのかもさっぱりなんですよ?」
「ああ、うん。そうだね。それは私にもさっぱり」
「えぇ……?」
「ま、なんとかなるでしょ!」
「……」
「そんな顔しないの、笑顔、笑顔! そうじゃないと人生エンジョイ勢にはなれないよ?」
ニコっと微笑むギネカだが、この状況はあまり笑えない。
かといって断ることもできなさそうだ。だって、俺は自分の本名という弱味を握られている。おまけにこの弱味というのは、露呈すれば命を失うことと同じ意味を持つ。
つまり、俺はギネカに生殺与奪権を握られてしまっているわけだ。
「それに魔導帝が動き出したということは、アルファルドの血を持つ君にとっては全く無関係という話でもない」
「それはどういう?」
「質問ばかりはナシだぜ? ま、それは調査すれば分かるさ。ほら、モチベーションに繋がるって奴?」
「……」
この人、凄まじく強引で自己中心的だ……!
こういうタイプはあらゆる方法で自分の言い分を通す。つまり、標的にされた時点で俺が逃れるのは難しい。
ここは大人しく彼女の要求を飲むしかないようだな……。
「まずはシルヴァ君が何を考えているか、それを探ってきてくれる? 私の方でも調査を進めておくからさ」
「それは別に構いませんが、どうして俺を使うんですか?」
「ん? それは四大クランを有するような私なら自前の戦力で事足りるだろうってことかな?」
「はい」
「まぁ、私は警戒されているだろうってのが一つ。あとは私は君が好きなんだよ。人間的にさ」
妖艶な笑みを浮かべて、ギネカは淡々とそう告げた。
なんだか気に入られてはいけない人に気に入られてしまったような気がするな……。俺は場を埋めるために適当に愛想笑いを浮かべた。
「じゃあ頑張って。楽しみにしてるよ」
その言葉で締めくくられ、俺たちの会合はお開きとなった。
魔導帝が何を考えているかはさっぱり分からない。だけど、自分のために……あとはアルファルドとの因縁を知るために調べないといけないようだ。
まずはみんなに事情を説明しないとな……。
そう考えて俺は帰路についた。