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36.魔導帝

「テメェ、誰の連れが雑魚だって?」

「事実を述べたまでだ。実力主義のお前らしくない。で、何の話だ?」


 唸るクラノスに、金髪の男はさらりと髪を掻き上げてそう言ってみせる。実に余裕綽々とした態度からも、その実力の高さは窺えた。

 彼は背負った大剣をチャカチャカと鳴らして、席につく。


「私は帰っても良いか? お前たちの小競り合いなど、虫の腹ほどの興味のない」


 険悪なムードをさらに加速させるのは、俺の元妹のひと言。というか、質問のはずなのに答えを待たずにミアは出て行ってしまった。流石はミア……自由過ぎる。


「はぁ、連れない奴だなぁ」

「とはいえ、リグ。此方の話し合いは既に終わってしまった――元より個人パーティーのリグには関わりのない話だったからな」

「次はもっと早く来てくれなくちゃあなぁ、リグ君?」


 ロウェンとギネカもミアに続いて席から立ち上がる。そのまま部屋から姿を消そうとするが、それを許さないのはリグだった。


「……? 私は確かに部屋を出たはずだが」


 一拍送れて反対の扉からミアが出現した。本人もあまり納得していない様子だ。

 恐らく誰かの魔法行使だとは考えられる。そして、状況を鑑みればそれが誰かも推察可能だ。

 だが、最も驚くべきなのは――ミアが実際に足を踏み入れるまで気がつかなかったということ。それが彼女の癪に障ったのか、ミアはゆっくりとレイピアを引き抜いた。


「リグ。図に乗るなよ」

「この僕が、顔を出してやったのにもう解散か? お前たちこそ図に乗るなよ」


 一気にピリついた雰囲気が流れ始めた。

 ミアの奴、あれでいて短気だから怒って魔法行使とかしでかさないかな……。っと、いけない。どうしても兄の視点で彼女を見てしまう。

 彼女だってもうじき成人の儀を迎える立派な大人だ。きっと大丈夫、大丈夫――。


「そうか。黙れ」


 そう自分を落ち着かせた瞬間。


 ミアがレイピアの切っ先をリグに向け、凄まじい魔力反応を示して見せた。

 大爆発。しかも、リグの頭部だけを的確に狙った繊細な一撃。

 全然大丈夫じゃなかった。


 俺は余りの衝撃に固まってしまう。

 だってミアの実力は兄である俺が一番よく知っている。彼女の爆撃を真正面から受けてしまったら……クラノスほどの防御力でもなければ即死だぞ!?


 しかし、他のSランクの面々はその行動に驚いていないようだった。


 それほどリグが嫌われているのか。あるいは――。


「そうか、次世代のオメガニアは知らないのか。どうして、このリグ・ベルベッドが紛れもなくSランク最強と呼ばれているのか」

「……!」


 俺とミアは恐らく、同じタイミングで息を飲んだ。

 だって、そうだろう?

 あのミアの一撃を、このリグという男は特に防御の姿勢も見せずに真正面から受けて――無傷。


 この防御力、明らかにクラノスにも勝る。


「そう堅くなるなよ、ミア・フォン・アルファルド」


 いつの間にか、リグは消えていた。

 消失したわけじゃない。

 圧倒的素早さでミアの背後に移動していたのだ。この素早さ、俺が知る最も速い冒険者、ソウジの比じゃなかった。


 当然、ミアも臨戦態勢ではなかったし、俺も気を緩めていた面はある。


 だけど、彼女に気取られずその背後を取るなんて……あまりにも強過ぎるんじゃないか? 本当にリグはSランク最強なのだろう。


「……なるほど、そういうことか」


 レイピアを戻して、ミアはゆっくりとそう呟いた。

 そして、それ以上は興味がないというように先程と全く同じ扉から出て行く。


「学習しないなぁ、ムリだと思うが――」

「阿呆。この程度の魔法、簡単に壊せる」


 リグを一蹴して、ミアは宣言通り帰って来ることはなかった。最初から魔法だと分かっていれば、対策はいくらでも立てられるということだろう。

 俺たちはそんなミアの背中を見送って、置いてかれたリグに視線を戻した。


「ったく。オメガニアはどの世代も協調性に欠けるな」


 肩を竦めてリグがひと言そう言った。

 それに関しては俺もまったく同意だ。まぁ、これはオメガニアの問題ではなく、Sランク全体的な問題だとも思うのだが……。


「で、私たちを呼び止める理由はあるのかね? リグ」


 ロウェンが腕を組み、落ち着いた態度で尋ねた。ミアとの一悶着でうやむやになっていたが、明らかにリグはSランクの冒険者たちに入り用があるような素振りを見せている。


「あぁ、そうだった。なんと僕たちは――」

「国宝――龍の心臓、その複製に成功したのです」


 Sランクが肩を並べる机の上層。

 そこに、空間の乱れが発生した。そこから姿を現すのは壮年の男性。煌びやかな法衣を纏った術者。

 あれが誰かは俺も知っている。


 魔導帝。


 Sランクに至った魔法使いにして親父、つまりオメガニアと同格とさえ目される最上の魔法使い。


「親父、良いところを奪わないでくれよ」

「済まないな。多少、手間取っていたようですから」


 魔導帝――シルヴァ・ベルベッド。


 そうか、リグはシルヴァの息子だったのか。通りで聞き覚えがあるはずだ。

 ちなみに親子が揃ってSランクに認められるのはオメガニアの特例を除けば、歴史上ベルベッドのみだったと思う。それほどまでに、才気に溢れた一族というわけだろう。


「で、代々的に告知してくれるのはいいんだけどさ。結局、それが私たちに何の関係があるっていうんだい?」

「ギネカ・ラ・エシスさん、我はこう言いたいのですよ。最早三王などという立場も、Sランクなどという分類も必要ないと」

「へぇ、それは大きく出たね? つまり?」


 ギネカが口笛を吹いて、続きを促した。

 シルヴァはゆったりとした法衣を広げ、両手を天へと掲げた。そして、声を荒げる。

 

「我々こそが最強であると! 愚かな民に示すというわけです」


 広い室内にシルヴァの宣言が反響した。


「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、シルヴァ様。Sランクが不要か、どうかそれを決めるのは民衆でもなく、冒険者自身でもなく、我々――冒険者ギルドですわ?」

「ええ、ですから、我々は確固たる証拠をご覧に入れましょう。そうすれば、認めざるを得ないはずですからね」

「……」


 フィリアさんの経済的微笑に陰りが見えた。どうやら、流石のフィリアさんもシルヴァの大胆不敵な宣言に思うところがあるようだ。

 場を混乱に陥れたベルベッド親子は、自分たちが言いたいことを言えたことに満足したのか、仰々しい一礼と共に転移魔法に飲まれていった。


「ん……終わったか?」


 俺の隣に座っていたクラノスがうんと伸びをする。まさかコイツ……寝てたのか?

 そんな疑念を視線にして向けていれば、クラノスは悪びれる様子もなく。


「つまねぇんだよ。オレ、リグもシルヴァも嫌いだしよ。オメガニアのガキもな」

「だからって寝ることはないだろ……」

「後でフィリアに要点まとめて聞けばいいーんだよ」

「他力本願だな……」


 と、いつもの調子のクラノスに呆れつつ、俺は他の面々の様子を窺った。

 聞きようによっては、宣戦布告とも捉えられるシルヴァの発言。ロウェンやギネカはどう受け取っているのだろうか。


「ギネカ殿はどう見る?」

「んー、龍の心臓かぁ……」


 天を仰いで、ギネカは呟く。

 そういえば、聞き慣れない単語がさっきから出ているな。――龍の炉心。国宝と言っていたが、どうしてそんなものを一冒険者が持つことができるのだろうか。


「なぁ、クラノス。龍の心臓ってなんだ?」

「メイムってアレだよな、変なところ世間知らずだよな」

「まぁ、そうだな」

「いいか、龍の心臓っつーのは……」

「災害龍が災害龍たる所以。特大の魔力生成器官さ。それを特大魔力タンクとして運用しているのが、リグ・ベルベッドっていうわけだね。その強さ、価値から後付けで国宝認定されたんだよ」


 クラノスと俺の間にギネカが割って入り、説明を終えた。言葉を遮られたクラノスは不機嫌そうだが、ギネカはそんなことを気にしてはいない。

 なるほど……。元々リグのものだったから、個人の所有物でも国宝として扱われているのか。しかし、災害龍の内臓か……そりゃ凄まじいだろうな。


「どうだい? 勉強になったかな、メイムくーん」

「馴れ馴れしくするな、オレのツレに」

「ふふふ、ま、どっちでもいいさ。後でさ話があるんだけど、内密な、さ。キ・リ・ア君」

「……!」


 声を潜めて、俺の耳元でねっとりと、ギネカは本名を告げた。

 身体が硬直する。

 まさかバレているとは思わなかった。一体、どこで勘づいたというのだろう。


 これは多分、話をしないとバラしちゃうぞ★

 なんて、多少の脅しの意も込められているんだろう。はぁ、俺は本当に面倒なことを引き寄せる性質らしい。

 当然断ることができない俺は渋々首を縦に振ってギネカの話とやらに付き合うことにした。

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