35.Sランク定例会議
「さて、では定刻になりましたので――Sランク定例会議を始めましょうか」
長い机の最奥に腰掛けたフィリアさんがニッコリと笑顔を零した。
明らかに俺は場違い。だって、Sランクが集まる会議にいるんだから。Cランクの俺がだぞ?
それもこれも、話は今朝まで遡る。
今日はSランクの定例会議があるんだとか。当然、Sランクのクラノスも参加する必要があるのだが……。まぁ、渋っているというわけだ。
そんなクラノスにフィリアさんが用意した解決策というのが……俺。
一人で参加するのは気が進まないというクラノスに、フィリアさんが俺の同伴を提案したのが始まりだった。
クラノスはそれならば、とやる気になり。俺は首根っこを掴まれて彼女の隣に座らされてしまった。
他の参加者の顔ぶれはまったく分からない。
ひとつ分かるのは、かなり人数が少ないということ。
「Sランク会議か――にしては、基準に満たない雑魚が混じっているらしい」
俺を見てそう言い放ったのは、妹のミア。
相変わらずの眼光が俺を真っ直ぐに貫いた。下手なことを言えば、ミアとの約束に反してしまうだろうから、俺は目をそらして黙っていることしかできない。
それが余計に気に食わなかったのか、ミアは舌打ちと供にフィリアさんに視線を移す。
「どういうことか説明できますか? フィリアさん」
「あのなァ、ガキ。テメェはSどころか冒険者でもねぇだろうが」
「……? 何か問題があるのか。オメガニアと冒険者ギルドが交わしたルールを知らないわけではないだろう」
そうミアは確かにSランクではないし、そもそも冒険者でもない。それでも彼女がそこに立っているのは簡単な理由。次世代のオメガニアだからだ。
当代のオメガニアとの交代が近づいた時、次世代のオメガニアは疑似的にSランクの地位を得る。そして当代のオメガニアがその座から退いた時――その地位を次世代のオメガニアが引き受ける。
ことこの短期間においてはオメガニアは二人存在していることになる。
ミアは今、オメガニアとほとんど同じ立場でここにいるんだ。
「はっ、どうでもいい。そもそもオメガニアの世襲制が気にくわねぇ。成人の儀が済んでねぇなら、テメェはまだ雑魚じゃねぇか」
「――ほう。Eランクに敗れた負け犬の遠吠えか? 図に乗るな」
ミアの身体から魔力が放出される。
それは瞬く間に室内を満たした。いつみても、とんでもない魔力量。これがミアだ。
だが、流石にそれは不味い!
魔法使いが魔力を放つというのは、剣士が鞘から刀身を抜いて向けるということ。どんな言葉で取り繕っても、臨戦態勢という表現以外見当たらない。
「まぁまぁ、ミアちゃんもクラノスもそう熱くなるなよ。メイム君が戸惑ってるぜ?」
その間を取り持つのはギネカ。彼女はちらりと俺を見てウインクをするが――なぜそう気にかけられるのかが分からない。
だけど、あの二人の争いを止めるなんてそれこそ、ギネカほどの実力者でなければ無理な話だろう。
三王の一角にして、聖王の名を冠する実力者でもなければ――だ。
「フィリアが許可を出したんでしょ? なら、従うしかない。それにさ、メイム君はやがてSに至る逸材だ!」
「……ディダル・カリアを負かして、クラノス・アスピダを下し、薫風の刃を解体。直近ではワイルドハントの取り壊しにも絡んでいる。実力はあるようだ。だが、私の目には問題児のように映っているが」
ミアが淡々と俺の軌跡を語り、そう締めくくった。
俺だって好きで問題に巻き込まれているわけじゃない。ただ、確かに俺がやって来たことを振り返ると、中々どうして普通じゃない。少なくとも、普通の新人冒険者ではないだろう。
ミアの指摘も最もなものだった。
「どちらにせよ、フィリア殿のご指名ならば我々が何を言っても無駄だろう。ここは大人しく会議を進めよう」
ミアをなだめるように、会議を取りまとめるようにロウェンさんが告げる。
今回の会議に参加しているメンバーは以上だ。
妹のミア。聖王のギネカ。騎士王のロウェン。そしてクラノスと俺。
Sランクは4人しかいない。11人中の4人。半分以上が欠席……そんなことあるか?
まぁ実際あるんだから、こうなっているわけだが。
「さて、本日もSランクの皆様は忙しいみたいですね?」
「サボりだろ。オレも飛ぼうか迷ったしなァ」
取りまとめるフィリアにクラノスが欠伸まじりにそう話す。
俺が同伴しなければ確実に彼女もサボっていただろうな……。そんなクラノスの態度にロウェンは呆れているようだ。前から思っていたがどうもあの二人は犬猿の仲らしかった。
「定例会議ですので、配付資料に目を通してくださいませ。近頃のトピックはもう知っているでしょうし、わざわざ私から説明をする必要はないでしょう?」
「トピック?」
「ええ、メイム様。例えば――薫風の刃が潰れたり? ワイルドハントの壊滅などですわ☆」
……なるほどじゃあ資料に目を通すのはやめておこう。自分の話を見るのは気恥ずかしい。
「本日の本題はこちら。ワイルドハントに所属していた子供たちの身元を預かって頂けませんか? 特に――騎士団を率いるロウェン様と大ギルドを率いるギネカ様にはぜひとも検討をお願いしたいのですが」
「騎士団冒険者部門ならば引き受けよう」
「私もロウェンに同じ。人手はいくらあってもいいものだ! うんうん、残りの二つの大ギルドにも私から話を通しておこうか」
「ええ、そうして頂けると助かります。
「オメガニアは言うまでもなく、拒否だ」
他の二人がそれを受け入れる中、ミアは淡々とその流れをぶった切った。
「本題は終わったな。ならば私は失礼しよう」
そのまま立ち上がり、ミアはテーブルに背を向ける。
引き留める声すら、もう彼女には届かないだろう。
その背を見送ろうと考えた瞬間――。
「せっかく僕が顔を出したってのにもう引き上げてしまうのか? 次世代のオメガニア」
室内に誰かが入り、ミアに声をかける。
金の髪を纏うイケメン。背には巨大な大剣が一本。間違いなく、実力者だ……。
「はっ、英雄様のご到着か」
「クラノスは相変わらずらしい……その隣のは新顔か? 覇気を感じないな、雑魚だろ」
俺を見下して、男はため息を吐いた。
どうにも、俺は初対面で舐められてしまうらしい。
金髪の優男は、ぎらりと輝く瞳を携えてただただ俺を見下した。