34.3人目:一撃必殺しかできないアサシン「クシフォス」
「身代わりになって死ぬのか? 自ら死んでくれるとは、殊勝なものよ」
「……」
辛うじて、ドレイクの声は聞こえた。
これに関して反論をしたいところだが、悪態のひとつ吐けそうにないのでやめておこう。それに、ここで言の葉を紡ぐくらいならばさっさと次のステップに進んだ方がいい。
じゃないと、本当に死んでしまいそうだった。
「……」
俺は満足に動かない口の代わりに指で印を組む。
予め用意していた術式を作動させるためだ。
その術式というのは……。
呪術の対抗策として最も有名かつ定番。
呪詛返し。
俺の身体に、文字通り死ぬほど溜められた呪のすべてを俺は本来あるべき持ち主。つまり、呪いを植え付けた張本人。術者と、その近しいものに。
俺の身体を蝕む悪いものが指向性を与えられ、一気に二人の方へと飛んでいった。
「お返しだ――!」
「なっ!」
呪詛返しは呪術を扱うものが真っ先に気をつけなければならない要素だ。本来であれば、対策は万全のはず。
とはいえ、多くの呪術使いは弁のようなもので呪詛返しを防いでいる。呪術を水の流れだとすれば、呪詛返しは勢いがついた逆流だ。
予め、逆流しないための機構を用意して相手を呪うわけである。だが、ここで肝心なのは逆流の勢いが強過ぎれば当然それは破壊されるということ。
そして、俺が身体に宿している呪いはワイルドハントにかけられた呪いをすべて束ねたもの。つまり、想定を大きく上回る呪力。
大きな川を細やかな水流に分けて管理していたものが、まとまって帰ってきたのだ。
とても、備え付けの呪詛返しでどうにかできるものではない。
となれば、相手は即興で呪詛帰しに対応するための術式を構築する必要がある。これも、本来の許容量を少し上回る程度ならば可能だ。
だが、今回は桁が違う。
とどのつまり――あの二人には俺が受けた呪いがそっくりそのまま、転移したということだった。
言うまでもなく、それは二人の身体を蝕み――やがて死に至らしめるだろう。
「ぐっ!」
うめき声をあげて倒れ込む二人。
俺の身体は軽くなり、症状も落ち着いてきた。俺の目論見が成功した証だろう。このまま放置すれば二人は死ぬ。
が、ここであの呪いを解呪できるものなど存在しない。
こうなることは分かっていた。
俺は初めて、俺の責任で人を殺す。
そこに、それ以上の意味はない。
「メイム……ドレイクたちは死ぬの?」
「ああ、このままだとな」
「……」
クシフォスはもの悲しそうな顔を見せる。
それもそうだろう。クシフォスにとっては、どんな扱いを受けようとも親代わりに近しい人だったんだ。
いくら彼女たちの為とは言え、その命を奪うことは許されることではない。
その点に関しては言い訳のしようもない。
ただ、俺が選んだ解決策がこれだった。単純に力で負かして、やけっぱちになったドレイクが集団に呪いを発動させる危険性を考慮した。
クシフォスに一生恨まれるかもな。
そんな考えが頭を過った瞬間。
「――なんだ、先客がいたんだ。しかも、あのメイムとは。君はいつも渦中にいるねぇ?」
聞き慣れない女性の声が背後から聞こえた。
振り返れば真っ白なローブと巨大な杖が印象的な女性がそこに立っている。
長い長い緑の髪を揺らして数歩歩けば、俺たちの前に出て黒の色眼鏡をクイッとあげてみせた。
「そちらで無様に転がっているのはワイルドハントの頭領――ドレイクさんとお見受けする。次いでにその隣で仲良く寝転んでるのはお抱えの魔法使いだね? うんうん! 呪詛返しか! 浅はかだねぇ……?」
杖を地面に突き刺して、その先端を一撫で。
刹那。
凄まじい量の魔力がこの室内を満たした。
この魔力量……親父にも匹敵する。だけど、不思議と嫌な感じはしない。むしろその逆。なぜか安心できた。
「解呪」
そう呟けば、二人の身体を蝕んでいた呪いが一瞬で消え去った。
たったひと言で、あの恐ろしい呪いを無効化してみせたのだ。尋常じゃない使い手だ。少なくとも、大陸最強と名高い親父よりも解呪においては一枚上手なほどに……。
「拘束魔法――三重詠唱無限宮」
彼女の声が、三つにぶれる。あれは詠唱術のひとつ。強力な拘束魔法が三つ、ドレイクと魔法使いの身体に絡みついて無力化した。
「……お前、聖王だな」
「ピンポーン。Sランク最強と名高い三人の王が一人にして紅一点。ギネカ・ラ・エシス。よろしくね、メ・イ・ム君?」
くるりと振り返って、ニコリと微笑んだギネカ。そうか、騎士王ロウェル。魔法王オメガニアに並ぶ最後の王。聖王らしい。
聞いていた話によれば最高峰のヒーラーらしいが……まさかこれほどとは。
「おい、大丈夫か! 凄まじい魔力が……あァなるほどな」
「クラノスさん早すぎ少し待って――えぇ!? ギネカ・ラ・エシスさん!?」
「お、続々と集まって来たね。じゃ、私はワイルドハントの構成員たちをまとめて連れ帰らせて貰うね。君たちも、後ほど冒険者ギルドに顔を出すように――じゃあ、バイビー」
手をひらひらとさせて彼女は杖を引き抜いて振りかざす。
そうすれば、部屋を満たす魔力はさらに爆発的に増えていき……恐らくこのアジト全体を覆ったのだろう。
クシフォス以外のワイルドハントたちの姿が揺らぐ。
そのまま、消失。
信じられないが、全員を対象に転移魔法を――しかもギルドまで。一体どんな魔力量をしてるんだ。
無限の魔力を持つミアにも迫る勢いだぞ……。
「相変わらず援護魔法の扱いはオメガニアよりも巧みだな」
「援護魔法ですか?」
「あァ。ギネカの奴は攻撃魔法は不得手だが他人をサポートする魔法は誰よりも巧い。そりゃ、聖王だの聖女だの呼ばれるわなァ」
クラノスとサクラの会話を小耳に挟みつつ、俺は座り込むクシフォスに手を差し出した。
「……殺すこと以外できなかった私たちでも、殺すこと以外はできる?」
「ああ、きっとな。今から変われるさ」
「……うん」
クシフォスは頷いて俺の手を握る。
彼女を立ち上がらせて、俺たちも帰路についた。
◆
ワイルドハントの騒動から早数日。
すっかり俺の具合もよくなって、もうなんともない。あの後冒険者ギルドでたっぷりと聴取された。でも、フィリアさんは子供たちの受け入れに意欲的だったのは救いだろう。
まぁ、彼女があんな有望な子たちを見逃すわけはない。
それともうひとつ。
「メイム。朝ご飯」
「ああ、分かった。ありがとうクシフォス」
クシフォスが新しい仲間に加わった。
俺たちと一緒にいた方が、殺し以外のことを覚えることができそうだから――という理由らしい。なんともクシフォスらしい理由だ。
俺はクシフォスと共に自室を出て、通路を歩く。
「メイム」
「どうしたんだ?」
「他の子たちとも話したことがある」
ぽつりぽつりとクシフォスが言葉を零し始めた。
「私たちには、もう生き方を決めてくれる人はいない。だから、自分で考える必要がある。メイムは、どう生きればいいと思う?」
「それはもちろん――」
自分の好きなように生きればいい。俺はそう返してみんなが待つリビングへと向かった。
第3章:一撃必殺しかできないアサシン<了>