32.突入、そして舞台裏の役者
「闇夜に潜む暗殺者が、光溢れる龍の川を住処にしてるなんざ、皮肉が効いてていいじゃねぇか」
情報を確かめるために龍の川へ足を運んだ俺たち。光が溢れ出す谷間を眺めて、クラノスが豪快に笑った。
「どうだクシフォス。見覚えはあるか?
「……うん。少し」
クラノスの問いかけに、クシフォスはこくりと頷いている。
どうやら記憶をあやふやにするような呪術か魔法が、クシフォスにかけられているらしい。本当に徹底した情報管理だ。
「メイムさん、身体は大丈夫ですか?」
「ああ、今のところは」
周辺を注意深く観察する俺をサクラは心配してくれた。白状すると、少し嘘をついてしまった。
身体の調子はすこぶる悪い。いつもが100%ならば、今は60%くらい。とはいっても、明日になればさらに弱ることだろう。
なら、今決着をつけるべきなのだ。
「それはよかったです。けど、無理は禁物ですからね!」
人差し指を立てて、ずいっと俺の方に身を寄せた。
その圧に押されて、俺は曖昧な返事をするしかない。
「第一、荒事とか私とクラノスさんに任せてくれればいいんです!」
「あァ、そうだな――サクラもいらねぇと思うがよ」
「いりますし! なんならクラノスさんより活躍しますし!」
「無理だろー」
お馴染みのやりとりが始まった。
微笑ましく思いながら、魔法を交えて探知を行うが……。
「……ダメだ。龍の魔力が邪魔して探知魔法がうまく作動しない」
「なるほどなァ。だからここを選んだってわけだ」
川から溢れる魔力が強すぎて、魔法を用いた探知では相性が悪すぎるようだ。
だとすれば、俺では効率よくアジトの場所を割り出すことは難しい。
いい方法はないものか。
そう頭を悩ませた瞬間。
「そういうことでしたら、私にお任せください!」
サクラが胸を張って先導を始めた。
俺は彼女の背中を追いかけつつ、どういうことかと質問を投げかける。
「どうしてこっちだって?」
「どれだけ隠そうとしても、人が通った痕跡自体を完璧に消すことは難しいものです。隠そうとすれば、今度はその痕跡が残りますし!」
観察をしてアジトを割り出そうという試みか。
なるほど、確かにこの方法ならば龍の魔法に邪魔をされることはないし、どれほど徹底した隠蔽を施しても隠しきることは難しいだろう。
「器用だなァっつーか、本当に信用できんのか?」
「魔力がない私は、魔法に頼ることができませんでしたから。こういう技術には自信があるんですよ」
「そーいうことか。ふぅん」
と、会話をすれば。
「多分、ここです!」
どうやらアジトを発見したらしい。
谷をのぞき込んだ彼女に続いて、俺たちも見下ろせば。
「谷の中腹に、どうみても人工的に作られた穴があるな」
恐らく、あれがアジトなのだろう。あんなところによく作ったものだ。
「よっしゃ! 早速お礼参りといこーじゃねぇか!」
ガシャンと、クラノスは拳を合わせた。今にも飛び降りそうな彼女を止めて、俺はサクラとクラノスにあるものを渡す。
「その前に、2人にはやって欲しいことがあるんだ」
◆
「まだワイルドハントから報告はないのか」
贅の限りが尽くされた室内。その中央に座す者こそ、5大貴族の一角を担う大物。ベルトラゾール卿だ。
「私が奴等にどれほどの金を渡したと思っているのだ。ワイルドハント始まって以来の天才を向かわせたと語っていただろう」
その声色に苛立ちを多分に含ませながら、ベルトラゾール卿は紙のように薄いワイングラスを傾けた。
「……なんとか言わぬか。返事のひとつも」
「ふふふふ。ふふふふふ」
「何がおかしい」
扉近くに立っていたベルトラゾール卿の側近が、肩を震わせた。
その異様な雰囲気に、臆することなく卿は静かに事を見守っている。
「何がってぇ! あの! ベルトラゾール卿ともあろう御方が! 随分と耄碌したと! 思いましてぇね?」
両手を大仰に広げて、側近は続ける。
「ワイルドハントォ? あんなんじゃあ役不足もいいところ――あ、失礼。誤用でした。役者不足で!」
卿は黙って警備のものを呼ぼうと構えるが――。
「はい、ストップ!」
側近の目が妖しく輝いた。
刹那。
卿の身体は停止してしまった。
「私も事を荒立てる気はないんです。もちろん、しっちゃかめっちゃかに泡だったメレンゲは美味しいものですよ? あ、話がそれちゃいましたねぇ」
「……何が目的だ」
「目的ぃ? まぁ、それはお互いのために黙っておきましょう。ですが、ワイルドハントの雑兵共を扱うよりも、効率的に! 端的に! そして確実に! なぁぁによりも劇的に! クラノス・アスピダを始めとした邪魔者を消して見せましょうとも!」
室内を目一杯使って、側近は劇的な仕草を惜しげもなく披露した。
「そのためにも。卿にはぜひ協力して頂きたいのですが……」
「貴様、何者だ?」
「アノニマス。卿の誠実な協力者ですとも」
たん、たたん。
小気味よく床を踏みならして、アノニマスと名乗った何かは丁寧にお辞儀をしてみせた。
◆
ワイルドハントのアジトと思わしき洞窟は、不気味なくらい静かだった。
先導するクラノスに続いて、気を張りながら探索を続ける。
「帰ってきた……そんな感じがする」
俺の隣を歩くクシフォスがそう言った。
「もう帰ることは、ないと思った。その時は何も思わなかったけど、今は、嬉しい」
「ま、そりゃそうだろうよ」
「……でも。あの人も、私の帰りを喜んでくれるかな」
長い長い一本道の中、クシフォスがそんな言葉を零した。
彼女にとって父親代わりの人らしいけど、それに関して俺はなんと答えればいいか分からなかった。
多分、俺が家に戻ったとて親父は喜ばないだろう。むしろ、その手でトドメを刺されてしまう可能性が高い。
もちろん、それが普通じゃないことくらい分かっている。
一般的に言えば、子供が帰ってきたら喜ぶのが親。それを言えばいいんだろうけど、俺にはそれが嘘になってしまうような気がしてならなかった。
「会ってみないと分からないな」
だから、こんな無難な言葉で返事をするしかない。
「そっか」
それで、俺たちの会話は終わってしまった。
いよいよ一本道にも終わりが見えて、重苦しい扉が行く手を阻む。
どうやら物理的な施錠も、魔法的な防衛も施されているようだ。これを開けるとなれば骨が――。
「邪魔だッ!」
折れることはなかった。
「クラノスさん……本当、ガサツですね」
「あァ? 日が暮れるまで待てってか?」
クラノスが見事に粉砕してくれた。
もくもくと舞い上がる土煙と、木っ端微塵となった扉を踏み越える。取り敢えず中に入ることができてよかった……ということにしておこう。
俺たちを出迎えるように、クシフォスと似たような年の子供たちがぞろぞろと姿を見せ始める。
「ホントにガキばっかじゃねぇか……」
「そうみたいですね」
それぞれ武器を構えたクラノスとサクラ。
俺はクシフォスの手を握り、精一杯駆け出した。
最初から、こうなることは分かっていたので作戦通りに動く。
今回の目的はワイルドハントという組織自体を潰すことだが、それ以外にもやらないといけないことはあるんだ。
ただ潰すだけなら、クラノス1人でも可能だろう。
でも、クシフォスのためにもそんな終わりは認められない。だからこそ、俺は一計を用意した。
「こっちは任せとけメイム! クシフォスの奴を頼んだぜ」
「ああ!」
俺を追いかけようとする子供たちを、クラノスの挑発がつなぎ止める。
わらわらと姿を見せる子供たちをうまく躱しながら、俺たちは深部を目指した。