29.クシフォス
「突発深夜の対策会議……というか、メイムさんが襲われたというのに、ぐっすり眠っていた私……不甲斐ない……です」
口火を切ったのはサクラだった。
俺とクラノスが準備をしている間にエリートが起こしに行ったらしい。よほど起きられなかったのが悔しいのか、サクラはかなり気落ちしている様子だった。
「ま、雑魚1人増えたところで変わらねぇし、オレがいたら十分だから気にすんなよ」
「その言い方が余計気になるんですけど! 言い過ぎですよ!」
と、クラノスが早速焚きつけてくれた。やっぱりこの2人は相性いいんじゃ……。
と、思いつつ俺は咳払いを挟んで本筋に入った。
「さてと、クラノスの話だと彼女はワイルドハントという組織の一員らしい。取り敢えず、俺はこの子を保護する」
「えーっ!? で、でも、この子メイムさんを殺そうとしたんでしょう!?」
サクラが立ち上がって大人しく座っている少女を指さした。
俺は頷く。まったくもってその通りだという言葉もつけて。
「クラノス、確認だけどワイルドハントについて知っていることを教えて欲しい」
「あァ……通称暗殺者ギルド。とっ捕まえてきたガキだとか、孤児を集めて殺しの技を教える。そして、依頼があった際にはそのガキを使って殺しを行い、失敗成功に関わらず自刃させる」
「……」
胸くそ悪い話だ。
つまり、この子は組織から送り出された時点で死ぬことが確定していたということになる。人を人と思っていない扱いだ。
「ワイルドハントを直接叩く」
「よしきたァ! 面白そうじゃねぇか!」
「確かに、この子をどうにかしたところで刺客が送られ続ける可能性もありますし……というか、なんでメイムさんが暗殺者たちに命を!?」
「それがさっぱりなんだよなぁ……」
一瞬脳裏を過ったのは、俺がアルファルド家であることがどこかに漏れて――という理由だったが、ミアはそんな回りくどいことはしない。
正々堂々、真正面から屋敷ごと燃やし尽くすなり、凍てつかせてくるだろう。
親父にしたってそうだ。
ともかく、アルファルド関連ではない。そうなれば、俺が恨みを買っていそうな相手……いや、今はそこを考えてもしかたないか。
「ナイフを返して。それ、大切なもの」
自分と、少女の安全のために彼女のナイフは俺が預かっていた。飾り気もない武骨なナイフだ。それを少女は指さした。
「あの人から、唯一貰ったものだから」
「あの人?」
「うん。私を育ててくれた人。私はあの人の言うことをすべて聞くの」
「それこそ、死ねって言われてもか?」
「うん、そうだよ」
揶揄するようにクラノスがそう語れば、少女は何の疑いもなく頷いた。
流石のクラノスもその異常性に黙るしかなかったのか、深いため息と共に頭を掻く。
「だから、返して。そうしないと、私は私の使命を全うできない」
「その使命ってのは?」
「任務に失敗した場合は命を絶つこと」
「だから、無理だってば!」
クラノスが立ち上がろうとする少女の頭を抑えつけて、叫ぶ。
「メイムさん、これはかなりの難題ですよ……」
「ああ、そうだな。あの子――というか、名前は?」
「名前……?」
「マジかよコイツ。ナイフくれた奴になんて呼ばれてたんだよ」
「391番」
「……」
2度目の絶句。
俺たちが戸惑っていると、クラノスが腕を組んであー、と唸り声をあげた。
「よし、オレはテメェをクシフォスって呼ぶ」
「クシフォス……?」
「ああ、名前がないのは不便だからな。メイムも、サクラも別に構わねぇだろう?」
俺とサクラは頷いた。少女の首根っこを掴んで、クラノスは俺たちに背を向ける。
「まぁ、取り敢えずだ。クシフォスは預かるんだろ? なら、ちょっと間オレが面倒見てやるよ。サクラだと不安だし、メイムだと命を狙われるかもだろ? ま、その点オレなら大丈夫って寸法だ」
「クラノスさんってガサツそうですけど……本当にお世話できます?」
「大丈夫に決まってんだろ! よし行くぞークシフォス」
「……」
クラノスに手を引かれて、クシフォスは大人しく連れて行かれた。
素直なんだか、我がないのか、よく分からないけどまぁ大丈夫そうだろう。さて、俺も明日に備えて眠らないとな。
「取り敢えず明日はワイルドハントについて聞き込みだな……」
「はい! 今日寝ていた分、しっかり働きますよ!」
と、会話を交わして俺たちも床についた。
◆
「ワイルドハント……ええ、冒険者ギルドもその名を知っていますが、実態はとんと分からないんですよねぇ?」
翌日、冒険者ギルドのフィリアさんを訪ねた俺たち。事情通な彼女ならば何か知っているだろうと期待してのことだ。
残念ながらフィリアさんでさえも、ワイルドハントについては深く知らないらしい。
「突然どうしたんですか? まさか、暗殺したい人が?」
いつもの経済的笑顔を伴ってフィリアさんはとんでもない発言をする。俺はあはは、と笑って首を横に振った。
「まさか。ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまって……」
「そうでしょうねぇ。メイム様ならわざわざワイルドハントに関わりを持たなくとも、クラノス様やサクラ様という頼もしい仲間がいらっしゃりますし、真っ正面から捻り潰しますよね?」
「なんでそんな暴力的なんですか……」
「ふふ、ジョークですよ。ジョーク。ええ、こちらでも少しは情報を集めておきますね。もちろんお代は頂きますが」
手でお金のジェスチャーをしてみせて、フィリアさんはニッコリと微笑んだ。やっぱりこの人は商売魂逞しいな……。
ええ、分かってますよ。と返事をして、俺は冒険者ギルドを後にした。
「こっちは全然ダメでした~……。メイムさんの方は?」
「フィリアさんも知らない様子だったな。そりゃ暗殺を生業としてるんだし、情報を入手するのは難しいよな……」
俺とサクラは酒場の軒先で肩を落とした。
クラノスとクシフォス、サクラ、俺の三手に別れてワイルドハントの情報を集めることにしたのだが、結果は全然ダメ。
後はクラノスに期待するのみだが……。
「あ、クラノスさんが来たみたいですよ……って、えぇ?」
「ん?」
困惑したサクラに釣られて俺もクラノスに視線を向ける。
クラノスは相変わらずの鎧姿だが、クシフォスの方が随分と様変わりしていた。クラノスに買って貰ったのだろうか、年相応の服装になっている。
どこかのお嬢様のような、淑やかな雰囲気だ。ミアの幼少期に似てるかも。(今は違うけど)
「どうしたんですか! この服、高そう! じゃなくて……クラノスさんの趣味ですか!?」
「バカ、オレがこんなヒラヒラしたの好きなわけねぇだろ」
「じゃあクシフォスの趣味です……?」
「服、よくわからない」
どうやらそうでもないらしい。
相変わらず何を考えているか、今ひとつ掴みにくいクシフォスだが嫌そうではなかった。
借りてきた猫のように、慣れていないドレスに戸惑ってはいるようだけど。
「店の奴に任せたらこーだよ。これが一番いいっつーし、なら、買うよな?」
「クラノスさんってお金持ちですもんね……」
「まぁな! で、情報は?」
俺とサクラは揃って首を横に振った。
オレもだ! というクラノスの返答で、ワイルドハントという組織の実態を掴むことは俺たちの想像以上の難題であることを思い知る。
「はァめんどくせー! ワイルドハントの奴が向こうから現れたりしねぇかなァ!」
「そんな都合いい話、あるわけないでしょう……?」
と、クラノスとサクラが話していたところ。
ふわりと、空間を裂いて何かが現れた。
昨晩のクシフォスと似たような服を身にまとった男。
黙って、俺はローブの内をまさぐって宝石を構えた。
「391番……お前には失望したよ」
「……どうやら、そんな都合のいい話があったらしい」
真っ黒な杖を構えた男。
俺はため息を吐いて、姿勢を低く保つ。