25.桜、芽吹く。
少し時は遡る。
メイムがソウジを倒し、意識を無くしてから1日後のことである。
「すいません。失礼します……」
「……あァ?」
クラノスが屋敷の扉を開ければ、そこにいたのはサクラだった。
頭には藁笠、背には巨大なカタナ。意外な来客に、ラフな格好のクラノスは気怠げに返事をする。意訳すると、ロクな用がねぇんだったらさっさと帰れの意である。
「クラノスさんはいらっしゃいますか? ここにいると思うのですが……」
「……」
目の前にいるよ。クラノスの冷たい視線にそんな意志が見え隠れしていた。
しかしまぁ、あのデカブツの中身がこれだと予想しろという方が酷だろう。まるで気付かないまま、サクラは首を傾げた。
「あれ? 聞こえてないのでしょうか……あのー! クラノスさんはどこで――」
「――聞こえてるっての! テメェは天然バカか!」
声を張り上げるサクラに対抗して、クラノスの怒号が響いた。
「え……! その口の悪さと圧倒的声量……え? クラノスさん!?」
「だろうよ。鈍い奴め。オレがクラノスじゃワリィのか?」
「い、いえ……まさか中身がこんなに美人だなんて……」
ボソリと、サクラは本音をぶちまける。
幸いにもクラノスの耳には入らなかった。命拾いしたといえる。
「で、何の用だよ」
「その、メイムさんの容体の方を……」
「あァ、まだギルドの医務室だ」
「え! 重体なんですか!?」
「フィリアが言うには命に別状はないらしいが……。魔力の大量消費でいつ目覚めるか分からねぇんだと」
面倒臭そうに頭を掻きながらクラノスはフィリアからの受け売りを話した。詳しい話は彼女自身にも分からないが、フィリアがそう言っているのだ。大方間違いではないはず。
「私のために……そんなことになってしまうなんて」
沈んだ顔で視線を落とすサクラを見て、クラノスはわざとらしくため息を吐いた。
「はぁ……あのなァ、テメェいつまで辛気くさい顔してんだよ」
「え……」
「せっかく助けたってのに、んなしょーもねぇ顔してたら助けた方も嬉しくねぇっての」
「でも、実際にメイムさんは私のために……」
「だからなァ。冒険者ってのは自由な仕事だ。誰かの為に自分の身を挺したなら、守られた奴に責任なんてあるわけねぇだろ。なんもかんも、冒険者自身の責任だ。死ぬのも生きるのもな」
「……」
そこまで言うとクラノスは肩を竦めて扉に手をかける。
「さぁ、帰った帰った。オレはもうひと眠りするんでな」
と言って強制的に扉を叩き閉めようとした瞬間。
「おや先客が……。失礼? 私も話しに混ざっても?」
そこに現れたのはフィリア。この町にある冒険者ギルドの最高責任者であり、自ら受付嬢も務めるアクティブな女性だ。
そんな彼女が、わざわざ郊外にあるこの屋敷を訪ねたということは……何かしら重要な用件があるということだった。
「ん? フィリアか、わざわざここに来て、どうしたんだ? メイムが起きたか」
「いえ……メイム様はまだ目を覚ましませんが……。1つ、急を要する、かつクラノス様にしか頼れないことがございまして」
「……分かった。中に入りな」
そうして、クラノスはフィリアの用件を聞くこととなった。
◆
「話を要約すると、夜な夜な出現する殺人鬼を倒せって依頼か。なんでオレしか頼れねぇ依頼なんだよ」
「クラノスさん、しっかり話を聞いてましたか? Aランクの冒険者が被害に遭ったことを重く見た冒険者ギルドは早急な事件の解決にSランクの投入を決意したってフィリアさん言ってましたよ」
「なんでテメェまでいんだよ! 再三言ったろーが、帰れって!」
机を叩いてクラノスがキレた。
普通のEランクならばクラノスが声を荒げただけで失神くらいはしてもいいのだが……サクラといえば涼しい顔で首を横に振るのみ。
「私も一緒に仕事をこなします」
「はぁ!? いらねぇよ雑魚! 帰って薬草採取でもしてろ」
「言い過ぎでしょ! それに、クラノスさんも言ってたじゃないですか。いつまでもクヨクヨするなって」
「それはそういう意味じゃねぇっての……」
怒りよりも呆れが勝ったクラノスは複雑な表情を見せた。
2人のやり取りを眺めて、フィリアはクスクスと笑う。
「私も、前に進んで……自分の中でひとつの区切りを着けたいんです。お願いします」
サクラは真っ直ぐとクラノスを見て頭を深々と下げた。
あー、と唸り声をあげて頭を掻いたクラノスは大きくため息を吐く。
「わーったよ! だけどな、無茶はなしだ。オレの命令には従え。それがルールだ、いいな!」
「はい! ありがとうございます! やっぱり、クラノスさんって口は悪いですけど、優しい人なんですね!」
「ちげぇよ……」
珍しく、クラノスが根負けした瞬間だった。鬱陶しそうに肩を落とした彼女は、げんなりした様子でフィリアに話の続きを促す。
「では、そのように。殺人鬼の出現場所などのデータはこちらに。では、早急な事件解決をお願いしますね」
フィリアは簡潔にそう告げると、立ち上がってひとつお辞儀をして帰っていった。
彼女の背中を見送って、クラノスは腕を組み唸った。
「さて、どうしたもんかねぇ」
「私にいい案があります!」
自信ありげな表情を見せるサクラだが……クラノスはその自信に一抹の不安を覚えるのだった。