24.2人目:地味すぎるサムライ「サクラ」
ソウジが俺の眼前から消失した。
俺の動体視力では彼の動きを追うことは難しい。だから、俺はソウジを見なかった。
やるべきことは、タイミングを合わせること。相手は剣士。多少の魔法を扱うとしても、決め手は彼が操るカタナに頼ることになるだろう。
だからこそ、俺はその時を待つだけでいい。
大切なのは逃さないこと。
ソウジが俺にもっとも接近するであろう千載一遇のチャンスを掴むことだ。
「どうせ、ボクの姿なんて見えてないんだろう?」
周囲を飛び回るソウジの声がこだまする。
まったくもってその通り。
だが、それがどうした。
勝負は一瞬で着く。俺は雑音を排除し、ひたすらに待った。
「炎舞――暁月」
その言葉と共にソウジの軌道が赤く染まる。
まずは小手調といったところだろうか。三日月のような紋様が地面に浮かび上がったと思えば、燃え上がり火球となって俺に襲いかかる。
俺はそれに合わせて左腕に魔力を込めた。
「魔力装填・術式励起――炎の右腕」
俺の左腕に刻まれた術式が赤熱。そのまま、燃え上がった腕をもって火球を掴み相殺。
「ふぅん。ならこれはどうだ? 炎舞――水無月」
天に円形の術式が現れ、巨大な氷塊が生み出される。
瞬間、それは俺に向かって落ちた。
俺は燃える左腕を氷壁に押し当てて。
「魔力再装填・術式変異」
燃える左腕の炎を一点集中。火力で氷塊の中心を融解。火柱が貫通したなら、そのまま炎の形を変化。内部から氷を押し潰す。
「隙だらけだねぇ!」
「!」
その隙を突いたソウジが眼前に突如出現。巨大なカタナを振るい上げ、俺の首を狙う。
が、彼の刃が俺の首に当たることはなかった。当然、ソウジの行動は読めている。牽制技で隙を作り、その隙を突いて決着。
無難な戦い方だ。
だから、その策を利用させてもらった。
こちらの隙を突かせることで、攻撃は読みやすいものとなる。場所さえ分かれば、あとは合わせるだけ。
それも簡単だった。
なぜなら。
「魔力二重装填・術式励起――氷の盾」
俺の右腕で生成した氷の盾で防ぐだけなのだから。
「くっ、子生意気な!」
ソウジはカタナを振るって離れようとするが、俺の右腕とソウジのカタナをつなぐ氷は今なお肥大化を続けており、分離することが困難となっていた。
「対人戦で、もっとも大事なものを知ってるか?」
俺は右腕に魔力を全集中。
まごついているソウジに向けて語りかける。
「大地を砕くような膂力も、すべてを焼き尽くす火力も必要ない。必要なのは工夫と知恵だけあればいい。でも、今回だけは別だ」
今までは力押しで勝ってはこなかった。だけど、今は違う。
使いたくなかった奥の手。その使用を俺は決意する。それだけ、俺自身がソウジに苛立っていた。
「Dランクごときが、調子に乗るなよ! お前の魔法なんて、ボクに効くわけがないだろう!」
「なら、受けてみろ。魔力過剰装填・術式暴走――焔」
左腕に激しい痛みが走る。
俺の両腕に刻まれた術式は、実のところ不完全なものだ。多大な魔力を流すと暴走してしまう。
そうなるように俺自身が刻んだ。その理由がこれ。
暴走して膨れ上がった魔力に、術式の属性を付与。俺では絶対に放つことができない超火力の魔法として扱う。自分の腕を発射口として。
ソウジに左の掌を向け。黒化した腕を腹に叩き込む。
そして、熱線がソウジを包み込んだ。
衝撃で俺の身体が吹き飛び、勢い余って壁に激突してしまう。
炭のように焦げついた左腕に視線をやった。
これをすると最低でも1週間は腕が使い物にならなくなる。だからあまりやりたくはなかった。
とはいえ、こうでもしないと短期決戦は望めない。長期戦となればソウジに天秤が傾くのは目に見えていた。
あの一瞬。あそこで仕損じたなら俺は勝てなかっただろう。
とまぁ、賭けには勝ったが俺も十分満身創痍だな……。
「サクラさん、これ」
まだ辛うじて動く身体と右腕で、俺はサクラさんにソウジから奪ったカタナを投げ渡した。
「あ……お母さんのカタナ……! ありがとうございます!」
受け取ってサクラさんは嬉しそうに頭を下げた。
よかった。これで、一件落着だな。そう思ってホッとした瞬間、俺は意識を手放してしまった。
◆
「――俺はここと縁があるみたいだな」
目が覚めたら見覚えのある部屋だった。
俺の顔を覗き込むのは、経済的笑顔が張り付いたフィリアさん。ここは恐らく冒険者ギルドの医務室だろう。
思えば、クラノスの時もここに来た。状況を理解した自分が真っ先に呟いた言葉がこれというのも、随分とおかしな話だと思う。
「ええ、回を増すごとに傷の具合が悪くなっているみたいですし……次は下半身がないとか、あります?」
「それは嫌ですね……」
身体を起こして、左腕の感覚を確かめる。妙に重たい。というか、固められている感じがするけど……。
クルクルと包帯が巻かれており、そのうえ石膏か何かで固められていた。
「どうやったらそんな風になるんです……腕」
「あはは、まぁ暴走した魔法を腕から発射すれば、ですかね」
「うわぁ……ドン引きですわ」
笑顔のまま、そんなことを言われる俺。まぁ、自分でも滅多にやるもんじゃないと思っているけど。
左腕以外に異変はなさそうだ。立ち上がって身体の調子を確かめるが普段と何ら変わらない。
「そうだ! クラノスの件は!?」
そこまで落ち着いて、ようやく記憶が蘇った。
フィリアさんはニコニコと微笑んで頷く。
「はい。メイム様が解放した冒険者の皆様の証言もあって、見事逆転。クラノス様は無罪放免。薫風の刃は解体となりました」
「よかった……」
「はい。こちらもしっかりと儲けさせて頂きました」
「……?」
「いえ、お気になさらず」
嬉しそうに語るフィリアさんだが、まぁ深くは立ち入らない方がよさそうだ。そもそも、そういうマネーゲームだとか、権力バトルとかは完全に門外漢なので、話を聞いても理解できない。
コホン、とフィリアさんが咳払いをして話題を変えた。
「クラノス様はロビーで待っていますよ」
「なら、急がないと……」
あまり待たせすぎるとイライラして何か問題でも起こしそうだし……。
そう思って俺は医務室を飛び出してロビーを目指す。
「だーかーらー! 何回言わせんだテメェはァ!」
ほら……!
俺の耳をクラノスの怒声がつんざいた。一体何で揉めているんだ……。
頼むから大事ではありませんように。
そう願いつつ、俺は状況の把握に勤しんだ。
「クラノスさんに聞いてません! パーティーリーダーはメイムさんなんですから!」
「相棒だっての! オレも同じくらいの裁量持ってんだよ」
やいのやいのと言い合っているのはサクラさんか……?
困惑しながらも、俺はクラノスの鎧を小突いた。石膏で固定された左腕は鎧と当たって、コンコンと小気味よい音を響かせる。
「あ、メイムさん!」
「どうしたんだクラノス。サクラさんと言い合って」
「お、やっと起きたか。聞いてくれよ。この地味サムがオレたちのパーティーに加わりたいんだとさ」
やれやれ、という風に肩を竦めるクラノスにサクラさんが噛み付く。
「なんですか地味サムって!」
「魔力もない。派手な技もない。クソ地味なサムライ。略して地味サムだろ、これだから雑魚は……」
「言い過ぎでしょ! というか、私の実力は既に見せたはずですが!」
「しらねぇー」
2人の言い合いを眺めて、俺はサクラさんが明るくなったことを嬉しく思っていた。
まさかクラノスと言い合うまで元気になるとは思わなかったけど……。
とはいえ、俺の答えは決まっている。
「もちろん、俺は大歓迎ですよ。サクラさん」
「えぇー!? オレじゃ物足りねぇってのか!」
「そういうわけじゃないけど……でも、俺たちは元々仲間を募集していたんだ。クラノスとも仲よくやれてるみたいだし、断る理由がないだろ?」
「うっ……」
クラノスにしては珍しく、ばつが悪そうに黙った。
彼女自身も、案外サクラさんとは上手くやれそうだということは理解しているのだろう。そうでもなければ、軽口を叩く前に捻り潰してるだろうし。
他の誰かが、クラノスとここまで気安く喋ることができるとも思えない。そういう意味でも、ベストな仲間だ。
「ありがとうございます! これから、よろしくお願いしますね! メイムさんの役に立てるよう、頑張りますので」
「こちらこそ、それと……役に立つ必要はないですよ。助け合うのが、仲間でしょう?」
「あ……はいっ! そうですね!」
サクラさんは明るい笑顔を見せて、微笑む。
こうして俺たちに新しい仲間ができた。やっぱり、仲間が増えるっていうのは嬉しいものだな。
一層、冒険者稼業に力が入ることだろう。
第2章:地味すぎるサムライ<了>
第2章終了です。少し長くなってしまいましたが、楽しんで頂けたなら嬉しい限りです。
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