23.爽やかクソ野郎
「ありがとうございます……!」
「はい、気をつけて冒険者ギルドへ行ってくださいね」
地下に押し込められたEランクの冒険者たちを順番に解放していった。
今ので最後のはず。結局サクラさんは見つからなかったな……。どこに行ってしまったんだろうか。
と、今はそんなことを考えている場合じゃない。
クラノスに加勢しなければ。彼女のことだ、もうソウジたちを倒しているかもしれないけど。
俺は誰もいなくなった地下を後にして階段を駆け上る。
広々とした大広間に足を踏み入れれば、そこにクラノスはいた。
マルゴを含めた3人の冒険者たちがクラノスに襲いかかる。それに応戦せず、彼女はひたすらに耐えていた。
どういうことなんだ。
そう思って周囲に目を遣った結果。クラノスが反撃をしない理由がそこにあった。
ソウジがサクラさんを人質に取っている。
クラノスはサクラさんを守るために反撃ができずにいるんだ。
「はっ、あのバーサーカーと恐れられたクラノスがEランクの冒険者のために、こんなに無様な戦い振りを見せるなんてね」
「雑魚共にゃ、十分過ぎるハンデだと思ってるだけだよバーカー!」
幸い、俺の存在はまだ気取られていないらしい。
なら不意打ちでサクラさんを取り返す。
俺はソウジたちの隙を上手く突き、壁を這い天井を目指して登っていく。巧みな魔力操作さえあれば、側面などに張り付くことも難しくはない。
多少の高さならば、魔力操作の応用で登っていくことができる。当然、そういう魔法の扱いも人並み以上にできる俺は、あっという間に天井へとたどり着いた。
「言うじゃないか。なら、今度は防御すらできないようにしてあげよう」
「はぁ? 防御なんざ必要ねぇよ! そこのデカブツの攻撃なんざ、マッサージにもならなかったぜ」
クラノスはソウジたちを挑発し続けた。
彼女にヘイトが向いていることもあって、俺が上にいるなんて誰も気がついていない。
「なら、防御するなよ? 防御した途端。この女の首が落ちることになる」
「……私なんて、気にしないで……思いっきり戦ってください!」
ソウジに頭を掴まれたサクラさんが、叫んだ。
サクラさんの言葉にクラノスは従わず、それぞれの攻撃を仁王立ちで受け止めた。
まったく怯まない。それどころか、攻撃した方が一瞬呑まれてしまう気迫で、クラノスはひたすらに攻撃を受け止めている。
「はぁ……やっぱり毛ほど痛くねぇなァ! 気合い入れろやァ!」
よし。この位置で十分だろう。
丁度、ソウジの上に陣取って。俺はトパーズに呪符を貼り付ける。ついでにブーツに仕込んだ刃を露出させて、すべての準備を完了させた。
「よく言うねぇ。君はもう終わりだと思うけどさ。相棒の……誰だっけ? ヘイム? ま、そんな雑魚もフレデリクに敗北しているところだろうさ」
「へぇ。そうかい。どうでもいいがよ。ひとついいか?」
魔力を切って、俺が降りる。
「なんだ? 敗北宣言かな?」
「いいや。頭上要注意だと思ってなァ」
「は?」
足を勢いよく振り降ろして。俺はソウジを強襲した。同時にトパーズをクラノスの方へと放り投げる。
クラノス、俺のやろうとしていたことを気がついていたのか。それで、あんなに挑発してたと……。
いいコンビネーションだな!
俺の一撃はソウジのカタナに受け止められてしまう。
だが、それでいい。
完全にソウジの注意がサクラから俺へシフトした。ならば。
呪符をサクラさんに貼り付けて。
「え!?」
「置換魔法」
瞬時に魔法を起動。
呪符で座標を指定した二点間を置換。つまり入れ替える魔法だ。
サクラさんがいた位置にトパーズが。
トパーズが飛んでいった場所にサクラさんが。
それぞれ入れ替わる。
「なっ……!」
そして俺はトパーズを手に取ってソウジに投げつけた。
「こんな宝石如き! ボクが――」
「代償魔法」
瞬間。トパーズが爆発。
爆煙に呑まれ、ソウジの言葉は途切れた。
そのうえで、トパーズの破壊をトリガーに魔法が発動する。トパーズは爆発系魔法。
つまり、二重の爆発だ。
「ディスペル」
だが、それで終わらせない。
爆発が発生した瞬間にディスペルで自らの魔法を解呪。魔力へと解き、それを回収。
「簡易錬金。宝石生成」
そして代償魔法による爆発。
ソウジは足を使って攻撃を行うタイプ。その速度も厄介だ。
ならば、動けなくしてやればいい。
ひたすらに爆発を挟み続ける。そうすれば、ソウジの動きは止まり続けるだろう。
そして、ある程度の時間を稼ぐことができれば――。
「雑魚共がったく。セコい戦い方しやがってよ!」
雷鳴が轟き、クラノスの怒号が聞こえてきた。
どうやら、後ろは決着がついたらしい。
そこで爆破の連鎖を止めて、宝石を回収。ソウジの様子を窺った。
爆煙が煙る黒いカーテンの奥。人影がふらりと動けば、黒煙は2つに割かれる。
中から姿を見せるのは考えるまでもなくソウジ。
「はぁ、ったく。この程度の攻撃でボクを倒せると思われていることが鬱陶しいね」
連鎖爆撃を真正面から受けていたというのに、彼はダメージを負ってはいなかった。Aランクの耐久力を舐めていたらしい。
だが、俺の役目はしっかりと果たすことができた。
「あのさぁ。君がどうしてそのゴミにこだわるのかは知らないけれど。そんな優しさ不必要だってどうして分からないかなぁ?」
ソウジが鬱陶しそうに語った。
「その女の正体を教えてあげるよ。それを知れば、君だって彼女のために働くことがどれほど無駄なことか、理解するだろうからね」
「……」
カタナの切っ先を俺たちに向けたまま、ソウジは下卑た笑みで顔を歪める。
「そいつはベルトラゾール卿の元奴隷さ! 背に焼き印がある。元としても奴隷は奴隷。そんなゴミを擁護する必要がどこにある。ボクたちのために使い潰してやった方がどれほど有意義か!」
「……」
ソウジから視線を外して、サクラさんの顔を見る。
力なく視線を落とす彼女。あの時の、救われる価値がないというのはそういうことだったのか。
「冒険者試験に合格すれば奴隷から解放するというベルトラゾール卿との賭けには勝ったが……所詮は魔力0のカス。結局奴隷生活は変わらなかったっていうわけだね? どう? そんなの放っておけばいいさ。まぁ、どっちにしても……ボクはお前たちを見逃すつもりはないけれどね」
カタナを鞘へと戻し、ソウジが目を細めた。
あれだけ爽やかだと思えたその表情も、今は悪魔か何かにしか見えない。
「誰がテメェに負けるって? あァ?」
背後からクラノスの声が聞こえてきた。
だけど、今回は彼女には待ってもらおう。俺はローブの布地を掴み叫ぶ。
「クラノス! ここは、俺にやらせてくれないか?」
「……はいはい。マイマスターのカッコいいところ、見せて貰うかァ」
そんな台詞と共に、クラノスが大きな音を立てて地面に座り込んだ。
「メイムさん……。どうしてそんなに私に構うんですか!」
そして、俺の耳をつんざくのはサクラさんの声。
「私は奴隷で、魔力も0で派手な技なんてひとつもありません。冒険者としてもEランク……。今まで誰の役にも立つことなんてありませんでした。そんな私に、どうしてメイムさんほどの凄い人が……」
「ほうら、彼女もそう言っている。お前のやっていることは偽善で、自己満足に過ぎないってことをよぅく理解した方がいい」
「ああ、そうだな」
俺はローブを脱ぎ捨てる。
両腕に魔力を込めた。右腕には氷が、左腕には炎が纏わり付いて服を消し飛ばす。
「奴隷かどうかなんて、関係ない。俺も、元から綺麗な身体じゃないしな」
「……こいつ、自分の身体に魔術式を刻んでやがる!?」
邪道も邪道。
魔法使いとしては見習いもいいところ。身体に刻み込んだ術式で常時自分を補助している。そんなのは半人前の魔法使いですら使わない外法だ。
でも、俺はそれに頼らなければいけない。
そうしてまで、俺はあの家で自分の価値を示したかった。
どうにも、サクラさんは俺なんだと思えてしかたがない。
今だって悩んでいる。
だから、同じ悩みを抱えている彼女に、俺がかけて欲しかった言葉をかけてあげたい。ひたすらに、そう思えた。
「で、でも……」
「それに。俺は誰かの役に立たないと、その人の側にいたらいけないなんて思えないし……思いたくない」
「……!」
「もし、今ここであのむかつく優男の言い分を通してしまうと……俺だって困る。偽善でも、自己満足でも、なんとでも言ってくれ。それでも、ここで正しいことを成せない奴よりはよっぽどマシなんだからな」
俺は淡々と自分の考えを述べた。
少し、いやかなり臭い台詞だが……まぁ許してくれるだろう。
俺は魔術式が露出した両腕を相手に向かって構えた。そして、こう締めくくる。
「それにさ、こうやって誰かを助けたなら……どうしようもなくカッコイイだろ?」
「……あ」
俺は笑ってソウジに視線を戻した。
さてと、やるか。
「は? 何、勝つつもりなの? Dランク如きが? このボクに? Sランクになる剣士に? 調子に乗らないでくれるかなぁ?」
「ああ、勝つ。アンタは俺が今まで戦ってきた誰よりも弱そうだ」
「……弱い犬ほど、なんとやらだ」
久しぶりにここまで苛立っている。
自分でも分かるほどに、俺はソウジに怒りを覚えていた。だからだろう、一切の小細工なしで、俺はソウジを叩きのめしたいと。俺自身がそう考えていた。
だけど、不思議と。
負ける気はしない。
「じゃあ……さようならだ」
そうやって、ソウジが大きく身体を前に傾ける。
瞬間。ソウジが消失。
遅れて聞こえてきた、たん、という床を蹴る音が俺たちの戦いの幕を切って落とした。