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22.ディスペル

 薫風(くんぷう)(じん)はやけに静かだった。

 閑散とした玄関を潜れば、人気のないロビーが俺たちを出迎えた。


「なんだァ? 誰もいねぇじゃねぇか」

「……いや、人の気配がある」


 クラノスを制止して俺は広々としたロビーの中央に視線を向けた。

 そこにいたのは、巨大なカタナを傍らに置いた人影。

 薄暗い室内に殺気が満ちる。


「やぁ、クラノス。それにメイム君」


 ゆっくりと立ち上がったソウジは爽やかな表情でそう告げた。

 カタナの柄に手を置いて、ゆらりとソウジは倒れ込むように前傾姿勢となる。


「早速だけどさ、死んでよ」

「伏せろメイム!」

「……!」


 思考を介さず、俺はクラノスの言葉に従った。

 刹那、響くのは甲高い金属音。

 正面を見れば、眼前まで迫ったソウジとクラノスが鍔迫り合いを演じていた。


「流石だね、クラノス。でもさ! 鈍重な君じゃ、ボクの姿を捉えるのは難しいんじゃないかな?」


 ソウジが消失する。

 たん、と遅れて音が俺の耳をつく。

 クラノスが盾を構えて、身に赤雷をまとった。俺もローブに手を突っ込み、宝石の準備を行う。


 しかし、ソウジは俺たちの周りを飛び回るだけで一向に攻撃する素振りを見せない。

 その速度があまりにも速すぎて目で遅れて追うのがやっとの程だった。


炎舞(えんぶ)――花月」


 ソウジがそう呟けば、彼が辿った移動ルートに炎の線が走った。それが、何らかの魔術的な意味を持つ紋様だと気がついたのは一手遅れてのこと。


 炎が一気に燃え上がり、花びらが舞う。

 その幻想的な景色に目を奪われていたのもつかの間、その花びらすべてが爆ぜた。


「うざってぇ!」


 クラノスが俺の前に立ちはだかって庇ってくれた。

 自分の動きを魔法の起動条件に組み込んでいるタイプか……。これは足を潰さないと厄介だな。


「言っておくけど、ボクはAランクだけど実力ではクラノスにも負けていないつもりだよ」


 四方八方を飛び回って、ソウジが自信たっぷりな様子でそう告げた。


「言ってろ! こっちはオレだけで十分だ。先に進め!」

「ああ!」


 クラノスの言葉に従えば、俺の首根っこが掴まれた。


「え――」


 そう思ったのも一瞬。

 気がつけば視界がぐちゃぐちゃになって、風が俺の身体を愛撫した。彼女に投げられたんだ。


 なんとかこんがらがった視界を整理して、俺は着地。

 そのまま建物の奥を目指すが……。


「まさか、ボク1人だとでも?」


 ソウジの言葉通り、前方に立ち塞がるのはマルゴを筆頭に計3人の冒険者。

 恐らく、全員がAランクだ。ここで相手をするのは時間が……。


「オレ相手に余所見か? 雑魚共がよォ!」


 クラノスの怒号が響き、合わせて鎧と盾を勢いよくかち合わせた。

 そうすれば、鋭い音が室内を行き。全員の耳をつんざいていく。ソウジを含めたAランクの冒険者たちの注目は一気にクラノスに向けられた。


 流石タンク。

 自分にヘイトを向ける術を心得ている。その一瞬の隙を突いて俺はルビーとサファイアを両手に持ち、同時破壊。


 クラノス戦でも使用した、水蒸気による目眩まし。

 それを利用して俺は奥へと進む。


 実質Sに近い実力を持つ冒険者とAランクの冒険者3人か……。いくらクラノスが強いとはいえど、俺も一緒に戦った方がよかったかもしれない。

 いや、クラノスが行けと言ったんだ。


 なら、俺は彼女を信じるのが正しい判断なはず。


 凄まじい轟音が響く背後に気を遣りつつも、俺は薫風の刃の実態を掴むことのできる確固たる証拠を求めた。

 俺が行くべき場所は1つ。

 このクランの地下。


 Eランクの冒険者たちが押し込められたあそこだ。

 あそこにいるEランクの冒険者たちを解放すれば、きっと証言してくれる。そうなれば、ソウジたちも言い逃れできないだろう。


 それに、サクラさんもそこにいるような気がした。


 階段を駆け下りて、俺は地下へと足を踏み入れる。


「そちらが今回の見学者、愚かなメイム殿で間違いないかな?」

「……」


 足を止めた。


 岩造りの壁と地面の中央に、ローブを纏った魔法使いが1人。


「名乗る必要はないだろう。君がここに来るのは予想できていたよ」


 俺はフレデリクを視界に収めながら臨戦態勢に入る。

 相手は魔法使い。

 そしてここはフレデリクのフィールドだ。


 油断なんてできるはずもなかった。

 自分に取って有利な場所で戦うのは魔法使いの基本。だからこそ、魔法使い同士の戦いでは戦う場所がもっとも肝心となる。


 その点でいえば、俺は不利だ。


「さて、君とクラノスはどういうわけか信頼関係を結んでいるらしい。故に、無敵のクラノスにも突破口が見えたといえる」

「ソウジは実力でクラノスに勝っていると言っていたみたいだけど?」


 フッとフレデリクが笑った。


「私はそう思わないだけだよ。ソウジはああみえて、自信過剰な面があってね。私は彼を支えるのが役目だ。君をここで下して、我々の勝利を確たるものにする」


 ローブをはためかせて、フレデリクが落ち着いた口調でそう告げた。

 この落ち着きよう、厄介だな。Aランクの魔法使いならば、地力では負けてしまう。そして、リッチ戦でも痛感したが俺の小細工は同じ魔法使いには効き目が薄い。


 まずはフレデリクの余裕を崩さなければ……。あるいは、あの余裕を増長させるか?


「先に言っておこう。魔法使い同士の1on1において、最強は私だ」


 随分と大きくでたな……。

 この大陸で最強の魔法使いといえば、当代のオメガニア・フォン・アルファルドと相場は決まっている。が、フレデリクは自分が最強だと言い切った。


 その自信はどこにあるんだ?

 何か裏があることは間違いない。十分に警戒しなければ。


「さぁ、好きに攻撃してくるといい。君は、どんな魔法を扱うのかね?」

「なら、お言葉に甘えて……」


 宝石を取り出し、指で弾く。

 勢いよく打ち出された宝石は真っ直ぐとフレデリク目掛け飛んでいった。それを見計らって、俺はいつものコンボを開始した。


「代償魔法!」


 宝石を代償として、俺は爆発魔法を行使する。そうすれば、サファイアが砕けて氷の魔法が起動する。

 が、俺の目論見に反して宝石は砕けなかった。

 それどころか、宝石はその美しい形を保ったまま、地面にぽとりと落ちる。


 あれほど繰り返してきた代償魔法だ。失敗はありえない。

 かと言って、リッチのように魔力吸収をされた形成も見られない。

 なら、なんだ?


 そう自分に問いかけるが、今は戦闘中。

 不発の原因を探すよりもフレデリクを倒すことに集中しないと。


 俺は駆け出して地面に落ちた宝石を蹴って打ち出した。

 そして、地面を蹴って仕込みブーツを露出。そのまま、ムーンサルトじみた回し蹴りで宝石を真っ二つに断ち切った。


 そうすれば宝石の魔力が暴走。破壊をトリガーとして氷の魔法が――。

 ――発動しない。


 地面に着地した俺を狙い、氷塊が飛来。

 まともに喰らって俺は吹き飛んだ。


「ぐっ!」


 壁に打ち付けられる。身体が軋む嫌な音が聞こえた。

 一体どういうことだ。

 魔法が上手く発動しない。


 これがフレデリクの自信の根拠なのだろう。

 どういう原理で魔法を防がれているんだ? 見極めるための魔法行使を俺は行った。


 再度宝石を打ち出し、そこに代償魔法を。

 今度は宝石に注目はしない。

 フレデリクに目を遣る。


「……バカのひとつ覚えだな」


 不発の代償魔法。

 地面に落ちる宝石。


 さっきみた光景とまったく同じものが繰り返された。


「ディスペルか!」

「いい観察眼だ」


 3度目でようやく理解した。

 フレデリクが操っていたのはディスペル。魔法や呪いの類いを解く、魔法の天敵だ。

 しかしディスペルは扱うのが難しい魔法のはず。


 魔法を解くというのは、術者と同程度かそれ以上にその魔法について知り尽くす必要があるということ。

 それを即興で……しかも戦闘中に行うことは非常に困難だ。


 もちろん、専門に扱っている魔法を戦闘中にディスペルするのならば可能ではある。しかし、俺の扱う魔法は範囲が広い。それらすべてをたちまちにディスペルしてしまうのは、ハッキリ言って異常だ。


 ただのディスペルではない。

 なら、まだ何が隠されているはずだ……。


「ディスペルを極めた私ならば、どんな魔法使いの大魔法ですら無意味! 降参するのならば、今の内だぞ?」


 確かにそう自信を持つのも不思議ではない。

 これほどの技量があれば、何大抵の魔法使いに遅れを取ることはないだろう。

 だけど。


「ふっ……ははは」

「何がおかしい?」


 俺と似たような小細工で、ミアや親父に並び立てていたのなら。俺はあの家を追放されちゃいない。

 魔法使い最強の称号は伊達ではないのだから。


「まだまだ、オメガニアには程遠いと思ってな」

「……言ってくれる!」


 よし、うまく挑発できた。

 そうやって、冷静さを欠いていけ。

 俺は身を退いて階段を駆け上る。このままフレデリクと相対しても分が悪いだけ。


 ならば、一度状況を整える必要がある。

 まだフレデリクの手札を完全に確認したわけじゃない。だが、勝機は見えた。なら、それを試すのみ。


「そうやって、することが逃亡か。Dランクらしい無様な姿だな」


 なんとでも言っておけ。

 確かに無様だが、そうでもしないと勝ちの目を拾えないんだ。

 俺が目指すしたのは水場。


 クランの見学をしたことが、こんなところで活きてくるとは思わなかった。

 表向きの施設のほとんどを案内されたので、自然とどこをどう動けば目的地にたどり着くか理解できる。


 走って、走って、走って。


 俺は目的地にたどり着いた。

 まず第1段階の仕込み完了。次はフレデリクの到着を待つ間に、手早く準備を進めないと。


 十数秒後、遅れてフレデリクが追いついた。


「闇雲に逃げたところで、こうして個室に逃げ込むのが関の山だと思ったよ」


 余裕綽々とした態度で扉を蹴破ったフレデリク。俺の意図には気がついていないらしい。


 ここは薫風の刃が使っている水場だ。中央に巨大な貯水タンクがある。

 俺の作戦にうってつけの場所だった。


「さて、次はどうするのかな?」

「……くっ」


 努めて、俺は追い詰められた雑魚を演じる。

 本当に相手の油断を突くことばかりが上手くなるな俺。

 さて、ソウジが行っていたことを早速参考にさせて貰うとしよう。


 俺は地面を蹴ってフレデリクに接近。

 そのまま、露出した刃を相手に向けて振り抜いた。


「今度は接近戦か? 甘い甘い」


 杖で俺の刃を押さえ込み、フレデリクは笑った。

 だが、俺の狙いは別。

 ソウジが見せた行動による魔法行使。それを再現した。


 蹴り上げるという動作をトリガーとして、魔法を発生させる。


 俺の狙い通り、フレデリクの側面に氷塊が生成され飛翔。

 ディスペルが行われた形跡はない。


「……! 小賢しい!」


 が、即座に炎の魔法で打ち消されてしまった。

 俺は杖を蹴り、離脱。

 着地。


「今のは驚いたよ。しかし、私に魔法をぶつける唯一の機会をなくしてしまったな」

「……」


 確かに、あれがこの戦いで最後のチャンスには違いなかった。

 だけど今ので確かめたいことはすべて検証できた。


 奴のディスペルは仮説としてはこう。

 相手の魔法そのものを無効化するのではなく、魔法を発動する際に発生する魔力の流れに干渉して、それを乱すことで無効化する。

 そのため、相手の魔力の流れを認識しておく必要があり、魔法が成立したあとにはディスペルできない。


 またフレデリク自身の意識外から放たれるものをオートでディスペルするわけではないということ。


 そこまで分かればいい。


「さて、逃げ場がないがここからどうするつもりだね?」

「そうだな……ひとつ聞きたいことがある」

「なんだ? 冥土の土産だ。特別に答えてやるとも」

「フレデリクやソウジはそのままでもSにすら通用する実力を持っているはずだ。だというのに、どうしてEランクの冒険者たちをコキ使う必要がある?」


 俺は聞いた。

 この質問の答えによって、俺のこれからの行動も多少は変わる。


「決まっているだろう? Eランクの冒険者は何の役にも立たないゴミだ。むしろ、有効な使い道を見いだした我々に、奴等が礼を言って欲しい気分だよ。そうだ、私からも君に質問があった」

「……なんだ?」

「どうして、君はああまでしてサクラというゴミに構うのだね? 役に立たない――」

「――分かった。もういい。決着だ」


 一切の容赦も必要がない相手だということが分かった。それで十分だ。


 俺はその場で虚空を蹴り上げる。

 その動きをトリガーとして氷塊が生成されるだろう。

 当然、フレデリクはそれを阻害するはずだ。


 だから、処理を増やしてやる。

 両手で印を結ぶ。フレデリクにも見えるように。

 これも、魔法が発動するものだが、まぁ防がれるだろう。


「代償魔法!」


 口で代償魔法の発動をコール。

 計3つの魔法、同時行使だ。


「数を増やせば、ディスペルされないとでも? 随分と舐められたものだな!」


 フレデリクがたちまちに、3つの魔法をディスペルしたのだろう。それらすべてが不発に終わる。

 ――そんなことは知っていたので、俺は彼がディスペルすると同時に次の行動に移っていた。

 貯水タンクを思いっきりひっくり返してやる。


「は……?」


 大量の水がフレデリクに向かっていく。


「舐めるな! この水量ならば、私の氷の魔法ですべて固めて……何!?」

「ディスペル」


 だが、フレデリクの魔法は不発だ。

 俺がディスペルをしてやった。

 理論が分かれば、俺だってできる。なんせ俺は、すべての魔法を扱えるのだから。フレデリクの操る魔力の流れを乱し、彼は圧倒的水量に飲まれることになった。


 だけど、それじゃあ相手は倒れてくれない。


 なので俺は広がった水に右手をつける。

 俺の身体には魔術式が刻まれている。クラノスを救った時は龍の魔力を体内に伝達させるために使使ったが……。本来の使用方法は別だ。


魔力装填(ロード)・術式励起(れいき)――氷の右腕」


 右腕が蒼く輝けば、水が一気に凍てついていく。

 フレデリクは水に飲み込まれ、俺の魔法行使を視認することも、意識することも難しいだろう。

 だからこそ、ディスペルできない。


 室内に広がった大量の水は、一転して巨大な氷塊へ。

 見事に首から下が氷に取り込まれたフレデリクがうな垂れていた。


「……あり得ない! 私は、私は魔法王や魔導帝すら越える大魔法を編み出したはずなのだ! それが、お前のような雑魚に!」

「確かに凄い一芸だった。でも、それだけだ。オメガニアには及ばない」


 実際、魔力量なんかが常識的な俺には通用した。

 だけど、ミアや親父はそうじゃない。そもそもの魔力量が桁違い。フレデリクのディスペルは水の流れをちょろまかすのと似ている。それは、激流の前では意味がない。

 ともかく、俺の勝利だ。


「まぁ、俺に負けるんだ。どだい無理な話だったんだろう。そこで反省でもしてろ」


 フレデリクを気絶させて俺は地下へと戻る。

 ここで酷い扱いを受けているEランクの冒険者たちを助けるため。そして、サクラさんを見つけるために。

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