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21.苦境

「クラノス・アスピダが保有する冒険者としての全権限を停止し、冒険者除名処分を言い渡す」


 木槌が打ち付けられた。

 重苦しい雰囲気の中、騎士や貴族たちに囲まれてクラノスはそんな判決を言い渡された。

 ロウェンさんに自宅を襲撃されてから1時間。


 騎士団に逆らうわけにもいかず、俺たちは大人しく中央裁判所までやって来た。(クラノスはしっかり抵抗しようとしたのを明記しておく)

 だだっ広い空間の中央にクラノス。そこから1歩、2歩身を退いて俺が。

 そして俺たちを取り囲むようにお歴々が鎮座する。背後にはロウェンさんが立ちはだかり、逃げ出すことは難しいだろう。


 そんな中俺たちは、言い返すことすら許されず。強制的に除名処分が下された。


「失礼ですが、それはあまりにも一方的ではないでしょうか」


 たまらず、口を挟む。


「黙れ! 薄汚い下民め! 冒険者になって日も浅い若造が何を言うか!」


 見物していた貴族から批難の声があがった。

 恐らく薫風(くんぷう)(じん)に出資している貴族たちなのだろう。彼等にしてみれば、薫風の刃の実態を世に知らしめられるのは不味いことだ。


 是が非でも止めたいはず。


「しかし、我々は薫風の刃を告発することが――」

「ほう。では、根拠があると。貴様等の穢れた言葉ではなく、物的証拠が、あると?」

「……」


 俺の言葉に的確な反論をしたのは、この国に5つある大貴族。ベルトラゾール卿だった。

 Sランクは国の宝だ。

 そんな重要な冒険者を除名するということは、国のこれからに関わるということ。


 大貴族が出席するのも頷ける。


 そして、俺たちに物的証拠はない。

 疑いが向けられている俺たちの証言では、何の効力がないことも分かっている。

 だが……。


「しかし、調査することは可能なのでは!」

「調査ならば、このベルトラゾール家が(よう)する私設兵団が行った」

「……ならば!」

「結果は白だ。当然だ。薫風の刃はこの私が資金を提供している清廉潔白なクラン。そこにいらぬ疑いを向けるなど……言語道断。本来でならば極刑に値する不敬であるぞ」


 ……ダメだ。

 完全に裏で手を回されていた。

 相手は4大ギルドで、そのうえ大貴族とも繋がっている。真正面から実力でぶつかることもなく、俺たちを排除する。


 なるほど、確かにクラノスが言った通り厄介な相手だ。

 ともすれば、腕力に訴えてくる力自慢よりも、よほどに……。


 どうする?

 クラノスは完全に俺のワガママに付き合わされる形になった。

 俺の軽はずみな行動が彼女の冒険者としての人生を歪めてしまうかもしれない。……なら、奥の手を使うか?


 本当にやりたくないが、アルファルド家の名を借りる。

 だとすれば、この状況を覆すことだって。


「反論はなし。もうよいだろう。判事、クラノス・アスピダに引導を渡せ」

「俺は――」


 ベルトラゾール卿がそう告げ、木槌を振り上げる判事を止めるために腹を括った俺。

 だが。


「少々お待ちを」


 ガタン。

 勢いよく扉が開けられた。

 差し込む太陽の光を一身に背負うのは、フィリアさん。

 いつもの経済的笑顔を見せたまま、彼女は軽やかな足取りでクラノスの前へと立つ。


「冒険者ギルドを介さず、勝手な判断をして貰っては困りますわ?」

「本部には手紙を送ったはずだが? そのうえ、冒険者ギルドに資金提供を行っている貴族の過半数の意見だ。貴様如きが口を挟める事態を軽く越えていることを理解せよ」


「おや? 本部に手紙が届くには1日。そして返事が返ってくるのも最短で1日。合計で2日はかかる計算です。本部から正式な返答がない場合。それまでの決定権はすべて、この支部長であるフィリアに委ねられています」


 フィリアさんはベルトラゾール卿の言葉にいとも容易く反論を立て並べる。


「そして、冒険者ギルドにおける重大な決定には責任者が関与する必要があることも、当然ご存じですよね?」

「なら、何だと言う? 言葉は選べよ、小娘」

「では、端的に。1日の猶予を頂けませんか?」


 フィリアさんの発言に、貴族たちがざわめき始める。


「はははは!」


 そのざわめきを沈めたのは、ベルトラゾール卿だった。

 鶴の一声。

 彼の笑い声が響けば、ぴたりと他の貴族たちは黙りこくる。それほどに、ベルトラゾール卿の権力は凄まじいものだった。


「何を申すと思えば、そんなもの……認めるわけがないだろう」

「では、クラノス・アスピダを処分するといいですわ」


 フィリアさんはニッコリと微笑む。


「ですが、そうなれば私は採算度外視で薫風の刃を調査致します。その結果、両名の言い分が正しかった場合。ベルトラゾール様並びに薫風の刃に出資なさっている皆々様は……どうなるか、お分かりですよね?」

「……!」


 また貴族たちがどよめく。

 フィリアさんは驚くべきことに、ここにいるすべての貴族たちを脅しているのだ。

 顔色ひとつ変えずに、なんて大胆なことを……。


「そんな話、無視しましょう! ベルトラゾール卿!」

「いや、しかしだね! フィリアが本気ならば!」

「バカを言え! 本気で我々を敵に回すわけがない! スポンサーを無くせば冒険者ギルドは!」

「だとしても危険性は――」


 貴族たちの言い争う声がここまで聞こえて来るぞ。

 こうなれば、脆いものだな。


「黙りなさい。有象無象共が」


 そんな貴族たちを凜とした声が黙らせた。

 貴族たちの視線が一斉にそちらへと向く。ベルトラゾール卿ではない、若く凜々しい声。

 そこを見れば、立っていたのは。


「アルファルド家はフィリアの判断を尊重します。たかだか脅し1つで慌てふためいて……情けない。ベルトラゾール卿、子飼いの貴族たちがそのような立ち振る舞いでは卿の底も知れますね?」


 ミアだ。

 大貴族の一角を担うアルファルド家の代表として、彼女が参加していたのか。お兄ちゃん、全然気がつかなかった。

 ずっと見ていると睨まれそうなので、俺はミアから目を逸らした。


 何はともあれ、状況が傾き始めている。


「貴族であれば、貴族の矜持を見せなさい。では、アルファルド家の意向は示しました。あとはご自由に」


 立ち上がって、ミアは退出していった。

 彼女にそんなつもりはないのかもしれないが、結果的に俺たちはミアに救われたのだろう。


 こうなれば、金魚の糞のようにベルトラゾール卿を追っていた貴族たちにもより軋轢が生じる。そして、議論がグダればグダるほどに力を持つのは安全(ぱい)だ。

 つまり、この場合。


「よかろう。フィリアの要求を受け入れる。ただし、猶予は明日の正午。それまでにクラノス・アスピダ、メイムの両名の主張が正しいと証明されない場合は、両名の重大な処分はもちろんのこと、貴様にも責任は取って貰うぞ?」

「はい。元よりそのつもりですわ?」


 自分の要求を通しつつ、フィリアさんの要求を飲むことだ。

 依然、俺たちが圧倒的不利なことに変わりはない。けれど、フィリアさんが身を挺して稼いでくれた1日。

 無駄にはできない。



「ありがとうございます。フィリアさんがいなければどうなっていたことか……」


 重苦しい中央裁判所から退出した俺とクラノス。フィリアさんに深々と頭を下げてお礼を伝えた。


「フィリアにしては珍しく身体を張ったが、どういう風の吹き回しだ? 利益にしか目がない癖によ」


 俺に続いてクラノスが悪態をついた。

 助けて貰ったのにこの言い草だ。もう少しオブラートに包むだとか、そういうのを学んで欲しいが……。彼女が聞いたことは俺も気になっている。


 俺たちを助けるためだけに、あんなリスクのある行動を取るなんて……。


「ええ。お気になさらず。より利が生み出されそうな方に投資したまで。クラノス様とメイム様には自らの無実を証明することに注力してくださいまし? もう一刻の猶予もございませんわ」


「ああ、言われなくてもそうするさ。だろ? メイム」


 鎧を打ち鳴らしてクラノスが俺を見る。


「あぁ、当然だ。こうなったら、本当の意味で正面突破だな……」

「よし来た!」


「では、私もやるべきことがあるので失礼します。励んでください」


 ぺこりと一礼してフィリアさんは立ち去っていった。

 最後までやっぱり笑顔だった、本当に凄い。よし、俺たちもやるべきことをやらないと。


 でも、その前に。


「クラノス、ごめん。俺のワガママのせいでこんなことに巻き込んでしまった」


 俺はクラノスに謝罪した。

 想定が甘かった。大きなクランを敵に回すことの意味を舐めていたのかもしれない。


「何言ってだよ、顔をあげろメイム。あんたはオレの相棒だ。それに、救われた命だ。あんたのために使うつもりだぜ?」


 真っ直ぐな返事。それだけで、かなり救われる。


「……ありがとうクラノス。絶対にソウジたちにはお灸を据えてやらないとな」

「おうよ! その意気だ!」

「……いたっ!」


 バシン! と背中を勢いよく叩かれた俺。

 気合いは入った。快活なクラノスに感謝しつつ、俺たちは薫風の刃へと向かう。

 今度こそ、見学でも侵入でもない。

 彼らがお望みの戦争をしてやろう。

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