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20.形見

「えーっと……」


 屋敷の大広間。

 そこにちょこんと座って、サクラさんは困ったように笑った。


 ソウジたちのクランからサクラさんを連れ出した俺たち。

 これで俺たちも言い逃れができなくなってしまった。明らかな敵対行為で、薫風の刃も見過ごしてはくれないだろう。


 それはつまり、クランですらない俺たちが4大クランの一角と戦争をするということを意味していた。


「サクラさんはどうしてあんなクランに?」

「……私はメイムさんと同じくアカデミアを通わずに冒険者を目指していました」

「へぇ? そりゃまたなんでだ」

「……」


 クラノスの質問にサクラさんは黙りこくってしまった。

 どうやら話したくない事情があるらしい。追撃を加えそうだったクラノスを小突いて制止させて、話を戻す。


「話せないことなら無理には聞きませんよ。俺も同じですし」

「ありがとうございます。推薦権を獲得するため、私はとある貴族の方から援助を受けました。ある条件と引き換えに、です」

「条件だァ?」

「はい。私の得物……母の形見を担保にすると」


 なるほど。

 貴族としても多少のリスクがある行為。やり手の貴族となればリスクマネジメントにも余念がないのは頷ける。

 だけど、サクラさんが冒険者になったならその形見も彼女の手元に帰って来ているはずだ。


「私はメイムさんの助けもあって無事に試験に合格することができました。ですが、その貴族は薫風(くんぷう)(じん)と関わりが深く――次は、そこに所属することを強制されたのです」


 クランには基本的に出資者がいるものだ。

 4大クランともなれば、投資先としても優秀である。なるほど……クランとしては雑に扱えるEランクの冒険者が欲しい。貴族としてはクランが成長してさらなる利益を生んで欲しい。


 貴族が様々な方法でEランクの冒険者を集めて、ソウジたちが可能な限り搾取する。


 そんな図式が、浮かびあがってきた。


「母の形見はソウジさんの手に……」

「あァ! あれか!」


 クラノスが手を鳴らした。

 そうか。ソウジが譲り受けたと語っていた、あの大きなカタナ。

 あれが……サクラさんの得物なのか。


「カタナってことは、あんたもしかして?」

「はい、この国から言うと極東の国出身なんです。とはいっても、物心が芽生える前からこの国にいますが……」

「へぇ?」

「ソウジがあの国好きなんだよなァ。キモノ? っつー、服も着てんだろあの野郎」


 あの派手で変わった服はキモノというのか。


「ええ、それでソウジさんのクランに所属したのはいいものの……」

「クソギルドだったと」

「……はい」


 視線を落としてサクラさんが頷いた。


「どうして逃げなかった?」

「……それは」

「逃げたくても、逃げられないだろ。ああいう状況だと」

「そういうもんかねぇ」


 欠伸を噛み殺して、クラノスは広間から出て行った。

 相変わらずマイペースだな……。

 でもまぁ、とにかく。


「サクラさんが証人として、ギルドにこのことを報告してくれれば、あのクランも解体されることになると思います。明日には、ギルドに行きましょう」


 本当なら、今すぐにでも行きたいのだが……。

 サクラさんの消耗具合が気になってしまう。あまり無理をさせるのも、得策ではないだろうから。


 だから今日はゆっくり休んで貰おう。


「ええ、分かりました」


 やっぱりサクラさんは元気がなかった。

 心配だけど、これ以上俺が踏み込んでいいものかも分からない。今の時点で、俺は彼女に踏み込みすぎているのかもしれないからだ。


 でも、あのクランの問題さえ解決すれば。

 きっと、サクラさんも元気になると俺は信じていた。



 夜。

 暗闇の中。

 メイムたちが住まう屋敷に忍び寄るのは2つの影。


 1つは巨大なカタナを背負った優男。

 もう1つはローブを羽織った男。


 名はソウジ。

 名はフレデリク。


 4大クランの一角を担う実力者たちだ。


「クラノス・アスピダ、奴さえいなければDランクの魔法使い如きにここまで手間をかける必要もないのだがな」


 フレデリクが屋敷の様子を窺って、そうぼやいた。

 メイムなどという雑魚には興味がない。それも当然で、Sにすら届くと言われているソウジや、彼と同じ実力を持つフレデリクが興味を抱く方がおかしいのだ。


 目下の障害はクラノス・アスピダ。

 Sランク最凶にして、三王に匹敵すると評されるその実力は伊達ではない。たかだかEランク1人のためにSランクの冒険者を敵に回すなんて理に合わない。


 それでも、ソウジとフレデリクがリスクを背負ってここまでやって来たのは……一重に保身のためだった。


「まったく、クラノスは何を考えているか分からなかったけれど。Eランクのゴミを助けるために、我々を敵に回すのか?」


 ソウジが苛立ちまじりに話す。

 そこにフレデリクが続けた。

 

「そういう理に従わないのが、Sだろう? まったく、面倒事ばかりだ。さてと、射程距離に入った」


 地面に魔方陣を描いて、フレデリクはぽつりと呟いた。


「召喚を頼むよ」

「ああ、遠見魔法の呪術はブラフ。我がディスペルの真髄は()。Dランク如きの魔法使いでは、気づけないだろうさ」


 魔方陣の中心に、逃げ出したサクラの姿が見えた。


「……起きろ。ゴミ」


 フレデリクが杖で地面を1突き。

 瞬間、氷塊がサクラに落ちた。


「うっ……! ここは? あ、ソウジさんにフレデリクさん……」

「手間をかけさせる。お前如きが俺たちの貴重な時間を奪うとは」

「フレデリク、まぁいいじゃないか。こうしてサクラも帰って来てくれたんだ」

「え……私は……」


 言いよどむサクラを前にして、ソウジの穏やかな目が一気に鋭くなる。


「まさか、サクラは帰りたくないと?」

「……」

「サクラ、Eランクの君に住む場所を与え、食事を与え、仕事を与えたのは誰だ?」


 サクラを見下して、ソウジが語り始めた。


「ボクだろう。クズで使い道もないカスを養ってやってるのは誰だ? それもボクだろう」


 サクラの顔を掴んで、ソウジは声のトーンを落とす。


「いいかサクラ。メイムはディダルを倒して、クラノスを下した……なんて言われてるDランクの冒険者だ。君みたいなゴミが、側にいても迷惑なだけ。だって、君が何の役に立つんだ? 邪魔者だ、ゴミだ。それに、君の隠している正体を知ったら、彼等はどう思うかな?」

「そ、それは――」


 サクラから手を離して、ソウジがニッコリと微笑んだ。


「だからねサクラ。ボクたちには君が必要だ。でもまぁ、しかたない。サクラがどうしてもと言うなら。うん、あの2人のところへ行くといい」

「おいソウジ」


 フレデリクが止めに入るが……。


「だけど。その瞬間。クラノス・アスピダにメイムは薫風の刃の敵だ。どんな手を使っても、潰す」


 黒い殺気を滲ませて、ソウジは夜空を見上げた。

 そこに普段は見せない彼の薄暗い部分が見え隠れしているようだった。サクラは、思わず固まってしまう。


「いくらあの2人が強いといっても、クラン相手に無事で済むと思う? ま、好きにしなよ」

「……か、帰ります」


 サクラは力なく立ち上がって、とぼとぼとクランを目指して歩き始めた。

 その背中を見て、フレデリクがソウジに耳打ちをする。


「本当に2人を見逃すのか?」

「まさか。真正面からぶつかるのは不味い。だが、ああいう力任せのバカを崩すのは簡単さ。明日には、クラノス・アスピダは消えている。そして、クラノスの後ろ盾をなくしたメイムは……ボクたちで消す。完璧だろう?」

「ああ、そうだな」


 ソウジとフレデリクの権謀術数(けんぼうじゅっすう)がめぐらされようとしていた。

 3人は夜の闇に紛れて消えていく。

 そんな3人を屋敷の屋根から見据えていたのは……リッチだ。


「さて、キリアはこの難局をどう切り抜けるか。見定めるとしようか」


 次の手を読んだリッチは、そう言葉を残して寝床へど帰っていった。

 己が介入すれば、容易く覆すことのできる趨勢(すうせい)。だが、己の新しい主の度量を見定めるいい機会であるとも考えた。


 そのうえ、自分は既に死者。

 ならば、出しゃばるのも筋が違うという考えである。


 こうして、深夜の一幕は閉じた。



「おい! サクラって奴がいねぇぞ!」


 クラノスの騒がしい声で俺はベッドから飛び上がった。

 忙しなく屋敷中を探し回っても、サクラさんの姿は見えない。

 1度落ち着いてサクラさんの行方について考えよう。


 そう思った瞬間。


「メイム。門が破られた。スケルトンたちも敗北。玄関まであと3――」


 リッチからの報告。

 その途中で、玄関に爆撃音が響いた。

 黒煙が大広間に流れ込み、一気に視界が覆われていく。


「あァ!? 薫風の刃か?」


 クラノスが叫ぶ。それに応じるように、黒煙から槍が姿を見せた。

 そして、一閃。

 割かれた黒煙の先には、大仰な装備を身にまとった騎士を筆頭に、ずらりと数十人の騎士たちが並ぶ。

 

「騎士王ロウェン・ヴァン・ロンヒルズ。少々手荒な登場となったが、お目こぼし頂きたい。クラノス・アスピダ。君の冒険者としての資格を剥奪しに参った」


 ロウェンさんの槍の穂先が、真っ直ぐとクラノスに向けられた。

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