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17.覚悟

「なんだ浮かない顔をしてよぉ。そんなにあのサクラっつー女が気になんなら、助けりゃいいじゃねぇか」


 夕食時。

 食卓に並べられた料理をつついて、クラノスが口を尖らせた。

 

 リッチたちは料理もできるようで、俺たちはいつもお世話になっている。死霊に味覚は必要ないはずなのに味はとても美味しかった。

 どことなく、懐かしい気持ちにもなる。


 俺はクラノスに気の利いた返事をすることはできない。

 だからといって、彼女の言葉を肯定も否定もできなかった。


「何を気にしてんだよ?」

「そりゃ相手はクランだ。しかも普通のクランじゃない。4大クランの一角だぞ? 戦争になるし、大義もなく首を突っ込めば冒険者ギルドすら敵に回すかもしれない」

「なんだ、んなことか」


 俺の懸念を聞いたクラノスは豪快に笑った。

 そして、勢いよくステーキにフォークを突き刺す。そのまま、ワイルドに口に放り込んだ。


 何度かの咀嚼。そして、飲み下したあと。


「冒険者は自由だ。確かに通さなきゃならねぇスジっつーもんはある。だがよ、そりゃテメェのスジだ。誰かにあてがわれるスジじゃねぇんだぜ?」

「……」


 一気にグラスに入ったエールを煽り、クラノスは続けた。


「ま、オレはメイムの盾だ。メイムがやるっつーなら、やる。やらねぇっつーなら、まぁやらねぇ。だからよ、難しいことは考えずに動きゃいいんだよ。なんたって、最強の盾が側にいんだからよ!」

「……ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」


 正直な気持ちだった。

 あの家には、俺の味方は1人しかいなかった。妹のミア。


 でも、その妹すら心の中では俺を疎んでいるらしかった。

 それも当然なわけで……。


 だから、真っ直ぐと好意を伝えてくれて、そこに嘘偽りがないと分かるクラノスには助けられる。


 でも、どうしても踏ん切りがつかない。


 自分の疑いが、的外れだったら?

 サクラさんも、必要としていなかったら?


 そんなマイナスなイメージをどうしても拭えなかった。


「ちょっと、考えてみる」

「あァ」


 空になった食器を片付けて俺は自室に戻った。


 クラノスはああ言ってくれている。

 さて、どうしたものか……。


 ベッドに腰を降ろして思案する。自分がやるべきことを。


「悩んでいるようですねぇ?」

「リッチか」

「ええ。こんな時、レイラなら即助けに行くと言ってましたよ」

「母さんなら……」


 優しい母さんなら、そうするかもしれない。

 そういえば、リッチと母さんがどういう関係性なのか、詳しく聞けていなかった。


「リッチと母さんはどうして知り合ったんだ?」

「あぁ、話していませんでしたね。その様子だとレイラも話していないようですし……。我は遙か過去にリッチへと至った死霊魔法使いだった」


 そうして、リッチが思い出を語り始めた。


「リッチとなった理由は明快だ。人の寿命では魔法の研鑽には限界があると知った故に。そのうえ、人の世は複雑過ぎたのだ。強くなればなるほど、立場が生まれる。我はただ、己の魔法のみを愛でていたかった」


 リッチの言う通り、単純明快な理由だった。

 実のところ、そういう理由で禁術を用いて魔の者になる魔法使いは多い。しかし、成功するのは稀だ。


 人の枠を越える。それがどれほど大変かは、考えるまでもないことで、しかもなまじ成功したとしても狩られる危険性が常につきまとう。


 それらのリスクを掻い潜り、今の今までリッチとしてここにいるのだから生前はさぞ凄い魔法使いだったのだろう。


「ある時、当時根城にしていた地下墓所にレイラが来た。ギルドの依頼だ、なんだとな。レイラともう一人の男だ」


 リッチは続ける。


「圧倒的だった。レイラは才気に溢れ、数百年以上研鑽した我が大魔導の数々を容易く打ち破って見せた。その時、初めて我は己の魔を磨くことよりも、やりたいと思えることを見いだしたのだ」

「それは?」

「レイラという原石を、磨き上げることだ。それからレイラには散々こき使われましたねぇ」


「母さんはどんな人だったんですか?」

「端的に表わすなら、善意の暴風雨ですかね」

「善意の暴風雨……?」


 いいのか悪いのか分からないな、それだと。


「極めて自分勝手。押しつけがましいのに、最終的にそれが正しいことにつながる。正しいことを成すのではなく。成したことが正しい」

「……えぇ?」


 無茶苦茶な人だな。

 俺が知っている穏やかで優しい母さんとは、随分違っている。


「まさか、オメガニアと結ばれるとは……思いませんでしたね」


 親父か……。


「我からすれば、あの一族はまだオメガニアの名に固執しているのかとも、思いましたが」

「あぁ……しきたりだからなぁ」


 アルファルド家にはルールがある。その家の長男が、16歳になった時。成人の儀を行ってオメガニアの名を戴くというものだ。

 そうすることで、アルファルド家の家長と認められる。なので、アルファルド家の家長は誰もが、いずれオメガニア・フォン・アルファルドという名になる仕組みだ。


 伝統というのは、よくわからない。


 俺は18だが、成人の儀はもちろんなかった。今年で16になるミアになるのだろう。

 兄として見届けたかったが……いや、今は忘れよう。

 

「ともかく、キリアもレイラの血を引いているのです。きっと、すべてを丸く収めることができると思いますよ」

「……ありがとうございます」


 多分、リッチなりに俺を鼓舞してくれているんだろう。

 ありがたく受け取っておくとしよう。

 床に消えていくリッチを見送って、俺は腹をくくった。


「やっぱり、見過ごすことはできないな」


 まずはこの疑念をどうにかしよう。

 ソウジたちのクラン。薫風の刃を探って、白黒ハッキリつける。

 そうして、本当にサクラさんが困っているようなら、助けるんだ。


 そう決心すると、心の雲は晴れ上がる。

 やっぱり、自分の心に従うのが一番だ。

 明日、クラノスに話す。


 そう決めて俺は眠りについた。

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