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14.母の足跡

「死霊魔法の髄を見せて差し上げよう」


 薄暗い部屋。

 部屋というには少々広すぎる大広間の最奥で、リッチがそう呟いた。

 ローブを被った人型が空中へ浮かぶ。


 同時に部屋の側面に配置された燭台に火が灯り始めた。

 

 ぼう、ぼう、ぼう。


 そんな音が聞こえた。


 周囲に気を()りながら、俺は宝石を構える。

 相手は死霊魔法使い。リッチ自体も浄化系の攻撃が効きやすい。狙うなら、うまく場を作って浄化に持ち込もう。


 高位の魔法使いとの戦いは初めてだ。


 相手がどう出るか……。まずは様子見をしよう。


 ルビーを指で弾いて投擲。

 そして、当然のように代償魔法を行使。宝石を打ち砕くことをコストに、爆発。リッチに圧をかけていく。


「下僕よ」


 リッチがそう命じれば、周囲にスケルトンたちが現れ爆破を受け止めた。

 なるほど……。だが、それだけでは俺の宝石魔法を防ぐことはできない。もちろん、ルビーが砕かれたことによって火球が発生。


 スケルトンたちをくり貫いて、その背後に構えたリッチを包み込んだ。


 決まった。

 とはいえ、これで決着が着くとも思えない。


「魔力抽出……!」


 だからいつものコンボを続ける。

 が、ここで俺の動きが止まった。魔力が抽出できない……。まさか。


「汝の手口は先程じっくりと観察させて貰いましたよ。同じ魔力をひたすらに使い回す。なるほど、よく考えましたね。ですが、その魔力自体を我は吸収しました。残念でしたね」


 ……なるほど、俺が龍の墓で試したことをやってのけたのか。してやられた。

 リッチは続ける。

 

「手の内を明かし過ぎましたね。大した使い分けですが……種が分かればなんてことのない、子供騙しです」


 戦う相手に俺が対策を講じるように、相手も俺の対策を講じていた。

 ……しまった。

 今まで舐められた状態で戦うのがデフォルトだったので、自分がメタられる側になる可能性を完全に排除してたぞ……。


 リッチの言う通りだ。


 相手は俺のことを舐めてはくれない。

 少し嬉しいやら、悲しいやら……。


 状況は少し悪いが、俺の勝利条件はハッキリとしていた。

 リッチの弱点である浄化を叩き込むこと。

 どんな方法でもいいので、それで勝てるはずだ。なら、その勝てる状況を俺の持ちうるすべての手札を使って作る。


 出し惜しみはなしだ。


 リッチとのバトルスタイルを固めた俺は姿勢を低く構えた。

 手札を見せれば、その手札に対してのアンサーをリッチは用意する。なら、極力手の内を見せないように……。

 いや、違うな。


 そうじゃない。

 きっと、そう考えたら相手の手中にハマってしまっている。


 考え方を変えろ。


 真正面からぶつかり合えば、多分勝ち目はない。

 今まで戦って分かった俺の強み。それは対策と相手の油断につけ込む弱者の勝ち方だ。

 卑怯とも取れるその戦法が、敵うはずもない格上を倒す武器となる。


 なら、ここでその戦法を捨てるのは愚かだ。


 このリッチの油断にもつけ込んでやろう。

 俺はその油断を見つけたのだから。

 あとは、そうなるように戦いを誘導する。


「さて、動かないのならこちらから攻めますよ」


 リッチがそう一言発せば、燭台が浮かびあがり俺に向かって突撃を始めた。

 屈んで回避。

 背後から迫る包丁は靴で蹴り上げる。

 

 ポルターガイスト!

 そりゃ死霊魔法使いなら使うよな。納得して俺は降り掛かる燭台を掴んで洗礼。


「清めよ!」


 シュウ、という音を立てて燭台からゴーストが追い出される。

 仕込み刃のブレードで包丁を受け止め、空いた片手で柄を握る。


「立ち去れ!」


 洗礼。


「両手が塞がりましたねぇ? これはどうします?」


 床を突き破ってアンデッドが姿を現した。

 手を離して掴むのは間に合わない。俺は仕込み刃がついた足でアンデッドの身体に斬り込みを入れる。


 アンデッドは不死者だ。

 外傷にはとことん強い。そんなことは知っている。

 だから俺は腐りかけた身体に刻印を刻んだ。


「ルーン」


 刻印による魔法の行使。

 直接刻み込むので、たった一文字だとしてもその威力は絶大だ。

 肉を溶かし、その中にある悪しき魂すらも一瞬で散らす。


 最初はこれをリッチのトドメにする予定だったんだけどな。


「背中が隙だらけですよ?」

「……」


 言われなくても!

 俺は視線だけを背後より飛来するゴーストに向けた。

 見るというのは、魔術の基礎。それを有効活用しない手はない。


「疑似魔眼。聖視」


 邪視というものがある。

 見るだけで人に災いをもたらすというものだ。その災いというものの効果は様々だが、魔眼も魔法。ならば、俺はその魔法の適正を持つ。


 邪視の反対。見ただけで、浄化する視線。

 それが聖視だ。


「よくもまぁ、手を替え品を替え対応するものですね」

「対策は死ぬほどしてきたからな」


 燭台と包丁を投げ捨てて、ついでに言葉も吐き捨てた。

 事前に仕込みさえできれば、こんなもの朝飯前だ。まぁ、死霊たちが浄化系に滅法弱いので、俺みたいな半端者の操る魔法でもクリティカルダメージを与えることができるのもかなり大きいが……。


「しかし、手の内を明かせば明かすほど。我は汝の魔法を紐解きますよ」

「ああ、そうだな。それは困る」


 本当はもう困らない。


「では手の内を明かさずに、ここまで来てみればいい」


 リッチは相変わらず部屋の奥に居座っている。

 余裕綽々とした様子だが、彼に有利な状況なのは間違いない。勝つ為の仕込みはもう終わりつつある。


 俺が既に見た対策は1つ。

 魔力吸収によるコンボの不成立だ。なら、その対策を利用する。


「次はこちらから攻めるぞ」


 俺はそう宣言してローブの内に手を突っ込む。

 そして駆け出した。

 俺を阻むスケルトンの頭を、蹴り飛ばす。襲い来るゴーストとアンデッド。転移魔法で回避。

 そのまま俺は止まらない。

 止まってやらない。


「近づいて何をするというのですか?」

「決まってる」


 俺はルビーを投擲。

 そのまま代償魔法を扱う。爆発、そのあとに巨大な火球。そして、その魔力を抽出する。


「近づけば我が対応できないとでも? バカの1つ覚えだな」

「それは、どっちだろうな?」


 確かに俺もバカの1つ覚えだが……。

 それは、同じ対策を繰り返すリッチにも言えることだ。俺は魔力吸収が行われたことを確認し、さらに距離を詰める。


 スライディング。


 飛び上がり十分に近づけば。


「魔力解放」


 リッチの魔力吸収がどのような理論で行われているのかは分からないが、龍の川で行ったものと同じだとすれば……その経験を活かしてそこに俺の魔力をさらに流し込む。


 もちろん、ただの魔力譲渡だ。

 本来ならば相手に塩を送る行為になる。


「ふはは! 血迷いましたか? そんなことをして何の意味が――」


 普通なら、そう思う。

 龍の魔力を取り込んで、得たものがあった。魔力を吸収した場合、その魔力に何らかの性質があった場合、その影響を直に受けるということ。


 龍の魔力には特殊な力があった。

 それを体内に取り込むんだ。考えれば当然だが……それがリッチにも通用するんじゃないかと思った。


 俺が今解放し、リッチに渡した魔力は浄化の性質を伴った魔力だ。


 つまり……。


「グ……ガッ! な、何を……!」


 リッチにとっては、このうえない劇毒となる。

 地面に墜ち、固まるリッチに俺は歩み寄った。


「俺の勝ちだな」

「グ……」


 よし、一息ついて俺はフードをおろした。

 あとはトドメを刺すだけだ。


「その目――! レイラを思い出すな」

「え?」

「魔力量も魔力の性質も何もかも違うが……戦い方は確かに、彼女を思わせる」


 今、このリッチはとんでもないことを言った。

 レイラ。その名前は間違いなく。


「なんで、母さんの名前を知ってるんだ――」

「……そうか。そうだったのか」


 笑って、リッチは続ける。


「キリア・フォン・アルファルド。汝の帰りを待っていた」

「……?」


 俺の本名。

 間違いなく、このリッチは時間を稼ぐために話しているというわけではない。そうだとすれば、もう少しマシな話題を選ぶはずだ。


 母さんの名を知っていて、俺の名も知っている。

 そのうえ、俺がこの屋敷に感じた妙な既視感。

 そのすべてに納得のいく説明があるとすれば……。


 元々、この屋敷は母さんのものだった。


 そう考えるのが妥当だ。

 じゃあ、このリッチは?


「レイラは自分が死ぬことを知っていたのですよ。彼女は予言も扱えましたからね。しかし、彼女が死んだあとにこの家に、彼女の息子か娘がやって来るという予言も残していました」

「俺かミアか――」


「レイラの家であり、我等のものだった家。それを、レイラが死んだからと勝手に手続きを進めて奪おうとする人間共。我は、そんな人間から屋敷を守ってその時を待っていたのだ」

「……」


 で、やっと来た息子はその家を破壊しまくったというわけか。

 ま、まぁしかたない。俺はそんな事情知らなかった。リッチも同じだったみたいだし。


「レイラとの古き盟約に従い。我等死霊。汝の下に下ろう。必然的に――この屋敷もキリアのものと――」

「おらァ! うぜぇえええ!」


 リッチの言葉を遮って、壁が大破。

 怒号が響いた。

 しまった……。あの暴れん坊がいるんだった。


「お、当たりか? ってメイム! ここにいたのか。そこにいる雑魚そうな奴は……リッチか。ま、メイムの相手にならなかったみたいだな」


 がはははは、なんて豪快な笑みと共に現れたクラノス。

 話がややこしくなる前に、リッチに口止めをしておこう。


「今の俺はキリアではなく、メイム。それと、家族の話はクラノスの前では控えてください」

「……承知した」


 リッチにしか聞こえないような小声で、俺はそう告げる。

 そして、クラノスにはこれまであったことを話した。そして、多少の嘘を交えてリッチと和解したことも。



「あー、そうするとつまり。魔法の話で意気投合したメイムとリッチは仲良くなったと?」

「ええ、そうなりますねぇ。この屋敷もメイムに使って貰おうかと」

「だからそれは――」

「いいんじゃねぇの?」

「え?」


 クラノスが即答。

 いや、ここは依頼をこなすために来た場所で、俺が住み着くなんて許されるはずがない。


「メイム、確か宿暮らしなんだろ? ちょうどいいじゃねぇか。それに、俺も一緒に住めるし」

「いや、依頼のために来たんだぞ?」

「あぁ、それを心配してたのか。依頼は幽霊屋敷の幽霊退治。もちろん、幽霊は退治したことにしてよ。オレがこの屋敷を買い取るぜ。安いだろ、こんな屋敷」


 そういえば……クラノスはSランクでそこらの貴族よりも稼いでいるんだった。

 ただし、とクラノスはつけ加える。


「おら、リッチ。テメェは迷惑料としてこの屋敷を修理しろ」

「……」


 破壊したのは俺たちなのに……。

 完全に考え方が悪役のそれなんだよな。と、自分のことを棚に上げてクラノスを批判してみる。


「まぁいいでしょう。死霊たちと共にメイムとクラノスが破壊した屋敷の修繕に勤しみましょう」

「なんだ、結局メイムも破壊したのかよ! そうでなくちゃな!」


 バレた……。


「少しだけな」

「どうだか? メイムって、やる時はとことんやるからなぁ。また、容赦なくやったんだろ」

「……」


 それもバレてる。

 これ以上は何を言っても意味がなさそうだったので俺は口を慎むことにした。

 結局、屋敷の修理をリッチたちに任せて、俺たちは依頼主に報告を行った。


 経年劣化と幽霊屋敷という訳あり。多分依頼主も不良在庫という認識だったのだろう、クラノスが買い取ると言った時は泣いて喜んでいた。

 彼女に出して貰ったお金は頑張って返すようにしよう。いつになるか分からないけど……。


 その後、フィリアさんに報告。俺はDランクの冒険者となった。

 Dランクに進み、家を手に入れた俺。

 どんどんと、立派な冒険者に向かっているような実感があった。


 次の目標はCランク。

 Cにもなればやっと一人前の冒険者として認められる。

 頑張るとしよう。


 幕間:Dランク昇格試験<了>

ちなみに、クラノスはリッチが暇つぶしに作った地下迷宮に閉じ込められていました。が、彼女が迷路に付き合うわけもなく、ひたすら壁をぶっ潰して直進を繰り返していたとのことです。リッチは泣いていいかも?


そして、幕間も終了です。

楽しんで頂けましたか?

次回からは第2章! よろしくお願いします。

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