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11.1人目:史上最凶のタンク「クラノス・アスピダ」

 底なし谷の底。

 そう言ってみるとすぐに言葉の矛盾に気がつけるが……俺たちは実際に底なし谷の底に立っていた。


 地面は黒。

 空は天高く。

 光が周囲に満ち溢れ、視覚がおかしくなってしまいそうだった。


 そんな黒と白しかない世界で、異常だったのは俺とクラノスの方。鮮やかな赤がクラノスの周囲を彩っていた。


「どうして――」

「……あん?」


 地に伏したクラノスに俺は問いを投げかける。


「どうして俺を庇ったんだ?」


 あの時、クラノスは安全地帯にいた。

 だというのに俺が転落したのを見て、何の迷いもなく俺に手を差し伸べた。それだけじゃなく俺を庇ってくれた。


 結果としてクラノスは重傷を負った。

 Sランクのタンクだとしても……この距離を落下して無事で済むはずがない。それを承知で、クラノスは俺を庇った。

 その理由が、俺は分からない。


 ついさっきまで、俺を殺すと宣っていたのに、どうして俺を守ったのだろう。


「ったく、そりゃオレが原因で死ぬなんて目覚めがワリィだろ……。決着もつけてねぇしよォ」

「死んだら元も子も――」

「あァ! うっせぇ! こっちが好きでやったんだ、んでもってテメェはただ巻き込まれただけだろうが! クズが死んで清々するとでも思っとけよ」


 土砂に身体の半分を埋めて、クラノスはしゃがれた声で叫んだ。

 それだけで精一杯強がっていることが見て取れる。


「そうだな。そっちが勝手にやって、勝手に巻き込んで来たことだ」

「ああ、そうさ。どこへなりとも行きやがれ。テメェの顔見て死ぬなんざ、まっぴらごめんだ!」

「だから、俺も勝手にやらせてもらう」

「は?」


 俺は懐から宝石を4つ。俺が扱えるすべての宝石を取り出した。

 クラノスの外傷は酷い。鎧自体に傷は見えないが……中がボロボロだろう。骨折、内臓も潰れているかも知れない。土砂で圧潰(あっかい)しているかも。


 こういう時、最も手っ取り早いのは回復魔法を使用することだ。

 当然、俺も回復魔法を扱える。しかし、もちろん俺の回復魔法は人より少し優れている程度。

 俺の魔力をフルで使ったとしても……延命するくらいが関の山だ。


 でも、やれることはやる。


「代償魔法」


 宝石4つを砕いて、俺は回復魔法を行使する。当然、宝石が砕かれたことによって4つの魔法が同時に起動するのだが……。


「ディスペル」


 自分の魔法を自分でディスペルする。

 ディスペルは本来かなり高等かつ難易度の高い魔法だが、自前の魔法を解除する分にはあまり難しくはない。


 意味がないと思われているから誰もやらないけど。

 とはいえ、当然ながら無意味な行動ではない。魔法を解除するということは、魔力によって引き起こされる現象を解除するということである。


 本来現象を引き起こすために消費されるはずだった魔力は消えない。本来ならマナに還るわけだけど、寸前までは自身の魔力なので操るのも容易だ。


 つまり宝石にため込んだ魔力を一種の魔力タンクとして扱った。その魔力で回復魔法をブーストした。


「……焼け石に水だろ。こんなもん」

「否定はできないな」

「オートリジェネもこうなっちまったら意味はねぇしなァ。辛うじて喋れてるのはリジェネのお陰だがよ」


 延命にしかなっていない。

 でも、ひとまずそれでいい。


「しかし……死に場所が龍の川とはなァ。悪かった、メイム」

「急にどうしたんだ?」


 クラノスは自嘲気味に笑ったあとに、俺に謝罪をした。

 それが唐突で、俺は戸惑った。


「こうなっちゃァ、意地も張る必要がねぇと思ってよ。ここはオレにとって因縁の場所だ」


 クラノスの話しを聞きながら、俺は道具を広げていく。今は戦闘中ではないので焦る必要はない。

 延命処置を施したので時間もある。


「オレはオレのダチを死なせちまった。ここで死んでるクソトカゲに殺された――だがまァ、実際はオレが殺したようなもんだった。冒険者になる前から、一緒にいたダチをだぜ?」

「……」

「オレはよ。ダチや他の人間もオレみたいに強いもんだと思ってたのさ。バカだろ? んなわきゃねぇのにな」


 そのままクラノスは続けた。


「結果、オレはオレにしかできない無茶を通してダチを死なせちまった。信じられないバカだ」


 拳を握り絞めて、クラノスは天に突き上げる。


「雑魚しかいねぇのにな。冒険者なんてよ。オレはそんな雑魚共が冒険者をやってるのが気に食わねぇ。ムカつくんだよ。オレやロウェン、()()()()()みてぇな強者が守ってやるってのに、夢を見て散っていく。オレについてこれねぇ雑魚。オレに負ける雑魚。オレにビビる雑魚! 黙って守られとけよ! イキがって出てくんじゃねぇ!」


 クラノスの声に熱がこもった。

 そうか……クラノスは不器用過ぎたんだ。本心では守りたいと思いつつ、守る方法が分からない。それが、クラノス・アスピダという騎士なんだろう。


「なんて思ってたが――こんなところで死ぬんだ。オレもその雑魚側だったらしい。ったく、最初から最後まで救えねぇなァ。オレは」


 諦めたようにそう話すクラノス。


「……テメェ、オレがマジに話をしてる中さっきから何をカチャカチャ鳴らしてやがる!」

「準備と仕込みだ」

「は? 何の準備だ?」

「アンタを助ける準備以外にないだろ」

「……誰が助けてくれと言った! 勝手に決めてんじゃねぇ!」

「俺だってクラノスに助けを求めてないだろう」

「あァ!? じゃあ見殺しにして欲しかったのかよ! カンケーねぇ! オレの気分が悪いんだよ」

「それと一緒だ。借りも返せないまま見殺しにするなんて、ありえないだろ」


 そこまで言って、俺はローブを脱ぎ捨てて右腕と左腕を露出させる。人に見せるのは初めてだな……。


「……テメェ、なんだその腕は」

「術式を直で刻んでる。今回は魔力の路にする」

「は? 一体何をするつもりなんだ……?」

「弱者の意地を見せつける。アンタが雑魚と決めつけて、取るに足らないものと思い込んでいた弱者のな」


 俺は身体に術式を刻んでいる。

 利便性を考えてのことだ。見た目は多少ショッキングではあるが……。実際便利だ。

 術式に魔力が流れることで、式が作動。指定した魔法を引き起こす。

 つまり、術式とは魔力の路だ。


 本来は自身の魔力を外に向けて放ち、魔法を扱うが……。今回は逆だ。

 つまり、外の魔力を吸収して濾過。自分の魔力として扱う。そして奥の手として用意していた空の宝石に、その魔力を注ぎ入れる。


 本来ならそんな芸当、やろうと思ってもできないが……。場所が場所だ。

 龍の死骸から溢れ出る魔力で満ちているここならば――恐らく可能だろう。俺も初めての試みなので成功するかは分からない。


 龍の魔力を取り入れて、身体に悪影響がないとも限らない。

 だけど、クラノスを助けるのならやるしかない。そう、覚悟を決める。


「よし……やるか!」


 周囲の魔力が自分の右腕に取り込まれるイメージを頭に浮かべる。そして、自分の身体に刻んだ術式の路を開くイメージ。


 瞬間。右腕が燃えた。いや、そんなイメージが脳内を駆け巡った。

 熱い……。これが、龍の魔力なのだろうか。

 腕から流れるそれはどんどんと自分の身体を流れていく。


 その様は激流。

 まさしく、龍が体内で暴れているようだった。

 龍には逆らわない。ただ、左腕とその先に接続した宝石。そこに流れていくように路を繋げる。


 身体が灼かれる。

 気を抜けば、意識を手放しそうになる。

 激痛という概念そのものが俺の右腕を走り、身体中をのたうち回って左腕に流れていく。叫ぶことすら、憚られた。


 この痛みを力に変えるように、俺は声を絞り出す。


「宝石……魔法っ!」


 俺の身体を流れる龍の魔力。それをすべて、すべて宝石に注ぎ入れる。

 本来はこんな使い方を想定していなかったけど、なるようになれだ!

 宝石になみなみと魔力が入ったことを確認した俺は魔力の路を閉じる。


 シュゥ――。


 身体が焦げつくような、刻んだ術式が灼きつくような、そんな音が聞こえた。

 ともかく、限界まで宝石に魔力を溜めることには成功したらしい。

 俺は宝石を握り締めて、既に離れそうな意識をなんとかつなぎ止める。


「ふぅ……」


 浅い呼吸を落ち着けて。

 俺は宝石を空中に放り投げた。そして、足に仕込んでいた刃を露出。投げた宝石を力の限り蹴り上げる。


 そうすれば、宝石が破壊され破壊をトリガーに宝石に蓄積された魔力が暴走。

 破裂。

 何倍にも膨れ上がって周囲に魔力が広がる。


 さっきクラノスを延命したやり方を踏襲。


「回復……魔法っ!」


 周囲に溶けた俺の魔力を使い回復魔法を行使。

 この時、自分の魔力と周囲のマナが混ざり合うイメージを持つ。


 宝石魔法、代償魔法、錬金術、世の中には様々な魔法体系が存在する。だが、本質は似たり寄ったりだ。

 即ち、炎を出す。氷を操る。人を癒やす。


 その決まった結果を導き出す方程式が違うだけ。1+1=2を求める式が1-2でも成立するし、1÷2でも成立するのと同じことなんだ。


 だから、クラノスの大怪我を治癒するという同一の結果を求めるのに様々な手を尽くすことができる。

 最も単純で難しいのが魔力量のゴリ押し。


 持ち前の魔力で様々な現象を引き起こすのだが……それができたら宝石魔法だとか代償魔法だとか、呪術だとか必要ないわけで。俺みたいな凡人にはそんなことは逆立ちしたってできやしない。


 だけど、周囲のマナを自身の魔力として扱えたら……?

 そのうえ、龍の魔力で満ち溢れているような場所でなら?


 大魔法を魔力のゴリ押しで発動することも叶う。


 そうするために、俺は一度龍の魔力を取り込んで宝石に流し込んだ。


 一度俺の身体を通ったマナは俺の魔力でもある。

 だが、同時に龍の魔力であることも否定できない。

 つまり、宝石から放たれた魔力は俺の魔力であり龍の魔力だ。龍の魔力と限りなく近いが、俺の魔力でもある。


 周囲に還った俺の魔力を扱うということは――同時に周囲のマナそのものを使役するということだ。


 その仮説に基づいて、俺は魔力のゴリ押しによる大魔法を行使する。


「癒やせっ!」


 そう命令して、魔力に一定の指向性を与えることで周囲のマナの流れを作る。


 凄まじい魔力の激流を、肌に感じた。

 濁流に呑まれるような。ここに存在する魔力という魔力がクラノスに注がれているような。


 その波に飲まれて、俺の意識も消えていく。


 最後に見えたのは、眩しい光よりもなお強い極光だった。



「うっ――」

「あ、お目覚めになられましたか」


「……ここは?」

「冒険者ギルドの医務室です」


 ゆっくりと身体を起こせば、フィリアさんがいつもの笑顔で俺を見ていた。

 冒険者ギルド……確か俺は谷底に落ちて……そこでクラノスを助けるために……。

 モヤがかかったような記憶を探って、現状把握に勤しんだ。


「2日前、クラノス様がメイム様を負ぶっていらした時は驚きましたよ」

「2日前……」


 どうやら俺は随分と長い間寝ていたらしい。

 無理もないか。無茶をしすぎたな。

 でも、クラノスを助けることには成功したみたいだった。なら、よかった。


「身体に異常はないので問題はないかと思いますが……どうですか?」

「ええ、大丈夫そうです」


 ベッドから立ち上がって身体の調子を確かめる。

 しっかりと動く。魔力の感じも普通だ。龍の魔力を取り込んだことで、何か変化が起きた気もしない。

 ひとまず安心だ。


「それはよかったです。あ、クラノス様から伝言を預かっております」

「伝言?」

「この借りは返す。必ずな。首を洗って待ってろよ。とのことですわ。今度は何をしたんです?」

「あはは……」


 相変わらずのクラノスに俺は乾いた笑いしかでなかった。

 また俺はアイツに絡まれるんだろうか。命を救い合ったのに? いや、だからこそか……。


 できる限りクラノスとは出会わないように気をつけよう。

 そう心に決めて俺とフィリアさんは医務室を後にした。受付で報酬を受け取って、俺は2日ぶりの食事を頂くことに。

 

 メニューは水とサンドイッチ。もう少しお腹に優しいものの方がよかっただろうか?


 なんて思いつつ咀嚼すれば。

 ガシャガシャと、金属の擦れる忙しない音が聞こえてきた。

 まさか……いや、そんなわけ。


 と、最悪の想像を頭に浮かべつつも俺は知らぬふりを突き通す。

 万が一にも想像が的中した場合、気分が最悪だからだ。

 お願いですから、人違いでありますように……。


「メイム! 起きやがったかァ!」

「……はぁ」


 最悪だ。

 背後から聞こえるその声に、俺はげんなりとして肩を落とす。

 まさか、2日前の続きを今ここでするとか言わないよな? いや絶対にそうだ。

 俺はサンドイッチを急いで飲み込んでローブの内側に手を突っ込む。


 最短で空間魔法を行使、異空間の入り口を盾にして逃げる。これで行こう。あとは目眩ましの魔法で時間を稼ぐ。


 これからの動きを緻密に頭に浮かべて。俺はふぅ、と息を吐いた。


「面貸せ!」


 やっぱりだ。

 なんだ、喧嘩か?

 そんな声が周囲の冒険者たちからも聞こえ始めた。


 よし、逃げよう。


 そう心に決めて俺は立ち上がる。

 そのまま、振り返って目眩ましの魔法を――。


「え?」


 と、振り返った瞬間。

 そこにクラノスはいなかった。より正しく言えば、クラノスが立っていなかった。


 片手と片膝を地面について、頭を下げたクラノス。


 そのポーズはまるで――俺に傅いているようだった。


「Sランク冒険者。ロールはタンク。名はクラノス・アスピダ。メイム――いや、マスター。今日からオレは貴方の盾になります」


 いつもの荒々しい口調はどこへやら。落ち着いた言葉遣いでそう宣言すれば、クラノスは兜を外す。


 金の髪が広がる。

 悪魔のような金属塊の中にいたのは、華奢な身体つきの女性。


「救われた命だ。貴方に捧げましょう」

「は、はぁあああぁ!?」


 もしかすると、勘当された時以上の驚きだったかもしれない。

 何もかもが。


 ……何はともあれ、どうやら俺は冒険者になって初めての仲間を得たらしい。


 1章:史上最凶のタンク<了>

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