10.龍の墓、龍の川
「晴れて今日から冒険者として活動するというわけですね! メイム様!」
「ええ、ようやく……ですね」
今日も今日とて俺は冒険者ギルドに足を運んでいた。
理由はもちろん、依頼を受けるため。クラノスに絡まれたせいで滞っていた冒険者としての活動を、ようやく始められるというわけだ。
随分と遠回りをさせられたので、感慨深い。
「では、Eランクのメイム様が受注可能な依頼はあちらのEランクコーナーにまとめてますので、ご確認くださいませ」
フィリアさんの案内に従って、俺はEランクコーナーとやらに足を運ぶ。
Eランクは最下層ということもあって、依頼書の置かれ方も……言葉を選ばずに言うと雑だった。
DやCにもなれば、それぞれの受付コーナーにも個別の受付嬢さんがいるし、BやAに至っては冒険者がくつろげる専用スペースまで確保されている。
一方のEは……。
ただ紙が置かれてるだけ。1枚1枚冒険者自身が確認して、好みの依頼を探し出す。こういう手間も、Eランクの特権だった。
「さて、どの依頼にしようか」
始めての依頼だ。
きっと、俺にとっても特別な依頼になるはず。大それたものを選ぶ必要はない。
こういうのは直感で選んだ方がいいって言うし……。そう思った俺は適当に1枚の依頼書を引っ掴んでそれをフィリアさんのところへ持っていった。
「早いですね。どの依頼に?」
「これにしようかと」
「なるほど……そちらですか。では、詳細の説明を簡単にですが――」
こうして、冒険者になって始めての依頼を俺はこなすことになる。
◆
「さてと、薬草採取のクエストか。Eランクらしくていいな」
街を出て、街道を道なりに進みながら俺はフィリアさんから聞いたクエストの詳細を思い出していた。
依頼内容は薬草の採取。
しかも、目的地は街に出て数時間でたどり着く。おまけに整備された区域なので危険な魔物も出現しない。
正直言って薬草の採取だけなら、冒険者に頼る必要もないくらい簡単な仕事だった。
でも、こうして依頼が出ているのには理由がある。
この薬草は特殊な薬草で、育つ場所に条件があった。
その条件というのがくせ者で、災害龍の死骸周辺にしか育たない。
災害龍、生物として最強の種とも呼ばれる竜種のさらに上位存在。自然現象を身に宿したとも言われる怪物だ。
気まぐれに人前に現れては、甚大な被害をもたらして去って行く。まさしく災害のような龍。そんな龍が何らかの理由で死んだ場合、死骸は朽ち果てずにその場に残り続ける。
それも、特殊な魔力を周囲にまき散らしながらだ。
本来そういった災害龍は秘境と呼ばれるような場所でひっそりと死ぬらしいのだが……この龍は人に討伐された。
俺の親父、ロウェンさん、そしてクラノス。名だたる冒険者が、その名を馳せる理由となった大戦。その結果生み出されたのが、底なし谷とも称される龍の死骸。
通称、龍の川。
その特殊性から、龍の川での採取行動は冒険者以外認められていない。
だからこうして、何の危険性がない仕事が俺に手渡されている理由だった。Eランクの基本的な稼ぎ頭でもある。
とはいえ、何の危険性がないというのは少々誇張しすぎたかもしれない。
底なし谷の名は伊達じゃなく。誤って谷に転落してしまった場合はもちろん死ぬ。まぁ、そんな間抜けはそうそういないが。
「今朝雨が降っていたので、地滑りにはお気をつけくださいね」
冒険者ギルドを出る際、フィリアに言われた言葉が脳内で蘇った。
……用心するとしよう。
景色を楽しみながら、てくてくと歩いていれば1時間ほどで目的地にたどり着いた。
まぁ、早く歩けるように強化魔法を自分にかけていたからな。こういう小技を山ほど扱えるのは、俺の強みだろう。
龍の川を警備する衛兵さんに冒険者証を見せて、立ち入り許可を貰う。
ここに来るのは始めてじゃない。母さん、ミアと一緒に観光に来たことがあった。あの時は中には入れなかったけど……。
「間近で見ると、圧巻だな……」
地面に大きな渓谷が生まれ、その谷間から強い光が溢れている。
あの光すべてが龍の持つ魔力だというのだから驚きだ。これが約1000mに及んで広がっているのだから、龍というのは恐ろしい生物である。
最も、それを討ち取った人間は悪魔か何かなのかもしれないが。
打ち倒された龍が大地に横たわって、数日でこの地形を生みだしたという話はいつ聞いても信じられないものだった。
目の前にその証拠があるので、信じるしかない……。
「さてと。薬草を採取するか」
程よく人気のないところへ足を運んで、俺は薬草を探した。
深い森林が太陽を覆っているが、本来感じるような鬱蒼とした雰囲気はここにはない。
当然、川から漏れる強い光が絶えず周囲を照らしてくれているお陰である。薬草探しにも、一役買ってくれていた。
お目当ての薬草を難なく見つけることができた。
採取するために谷の淵に近づいた途端。
「やっと見つけたぜ。メイム!」
聞き覚えのある声かつこんな場所で絶対聞きたくない声が聞こえてきてしまった。
俺はまさかと思いつつ視線を合わせる。そこにいたのは――クラノス・アスピダ。昨日の今日で、しかもこんな場所でばったり顔を合わせるなんて、偶然であるはずがない!
「クラノス……どうしてここに」
その理由は察せられた。にしても、ここまで俺を追いかけて来たのか?
凄まじい執念だな……感動まで覚えてしまう。はた迷惑な話しだが。
「決まってんだろ。昨日の続きをやんだよ。ここなら邪魔するバカ共もいねェ! 俺がテメェみたいな雑魚に負けるわけがねぇんだ。今度こそ捻り潰して――」
「――ああもう! 勝敗なんてどうもいい! 俺の負けでいいからこれ以上面倒事に巻き込まないでくれ」
俺はクラノスの言葉を遮ってそう言った。実際、最初から全力のクラノスを相手に勝てるかと言われれば――厳しい。
けど、俺はクラノスを煽る癖がついてしまったのだろうか。
この対応が事を荒立てないようにするには最悪の返答だった気がついたのは、丁度クラノスの怒声を聞いた時だった。
「はァ!? 雑魚に言葉を遮られただけでも鬱陶しいってのに! 上から目線に言いやがって! ぜってぇ殺す!」
「あぁ……」
最悪だ。
クラノスはもう話しが通じないだろう。既に大盾を引っ掴んで、勢いよく振り上げた。
赤と黒の輝きが盾に集中する。
黒雲赤雷。そう表現するのが適切だろうか。魔力が変化したそれを勢いよくクラノスは振り降ろした。
鋭い刃と化した盾は、迸る魔力を周囲に走らせる。
瞬間。
地面がズレた。
「あ……!」
俺は一瞬で今から何が起きるか理解した。
フィリアさんが言っていた。地滑りにはお気をつけください。その言葉が脳内で何度も反すうされる。
「は……?」
何が起きているか、クラノスは理解していないみたいだった。
俺はすぐに避難しようとするも、流れる土と岩に阻まれどんどんと谷底へ押し込められていく。
ヤバい。
そう思った時には遅かった。
俺の足は地面を離れ。
身体は光の奔流に飲まれていく。
空間魔法は……! ダメだ、安全な場所は30mくらい先。射程外!
じゃあ爆発で滞空……! 無理! 爆発を利用してホバリングをしようにも迫る土砂を回避することができない。
なら――。
考えても、この状況を覆す何かを俺は持ち合わせていなかった。
俺は光と土と岩に飲み込まれて奈落に落ちていく。龍の墓に……。龍の川の水底に……。
キリがいいので夕方にもう一度更新します!
お楽しみに!