-06- 勇者都市ロリドン
勇者都市ロリドン。世界の西部に位置するこの都市は勇者たちの本拠地である。
世界のあちこちに勇者の拠点は存在するが、その中でも最も大きいのがこのロリドンであり、世界でも有数の勇者たちが顔を連ねるこの都市は、魔物や魔族に関する情報が多く集まるとされている。
敵である俺たちがこの地に足を踏み入れたのは、【万古長青】の情報を得るためだった。
「しかしまあ立派な時計台だ」
街の中に1つだけ異質な建物があった。
天を衝くほどの摩天楼。あまりの大きさに、塔頂の四方に設置された時計の文字は見づらく、時計台としての機能をはたしていないように思える。
周りを囲う建物たちも、時計台と比べると低く見えた。
「ここが勇者ギルドの総本山。ベッグ・デンで御座います」
つまりは俺の敵の本陣というわけか。
「しかしこの地に何用だ? リゼの目的がさっぱり分からぬ」
「情報を仕入れるのです。ドラコをルシフ様が退けたという情報が知れ渡ったことで、私がお供しているということに気付かれています。【以心伝心】で昔の同僚に意識を繋ごうにも、拒絶されております」
リゼの持つスキル【以心伝心】は心を通わせる相手との意識共有を可能とする能力であり、いくら遠く離れていても会話をすることが出来る。それを相手方から一方的に拒まれているということは、リゼを敵と見なしている他ならない。
「であれば、魔物の情報が最も集まる勇者のコミュニティで情報収集するのが最も効率的かと」
効率的ではあるが、勇者にとってのラスボスである筈の俺が本陣に乗り込むのはいかがかものだろうか。もし正体がバレたとして、迎え撃てるような力を今は有していない。
まあしかし。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。ゆくか」
リゼ曰く時計台の1階に勇者ギルドの受付があるらしい。
俺たちは時計台の扉を開き中に入った。
ロリドン自体は静謐な雰囲気が漂っていたが、時計台の中は全くの別世界で、喧騒にまみれていた。勇者たちは掲示板に張り出された魔物退治の依頼に殺到し、自分に適した依頼の記載がされた依頼書を破り、受付に向かう。
ギルドの職員も忙しなく働き、受付対応や新たな依頼の掲示などの雑多な業務をこなしているが、仕事量に対して人数が足りていないように見えた。恐らく普段はこんな状況ではないのだろう。
しばらく眺めていたが、依頼を受注する勇者の数と次々と張り出される依頼書の数が合致していない。俺の能力が分配されたことで世界が混沌に陥っているということがこれを見て分かった。
誰が暴れているのだ。
俺は気になって掲示板へ向かった。
リゼの言う通り、ここであれば情報収集をすることが出来る。
【万古長青】は取り留めのないスキルであるため、直接的な記載はないかもしれないが、何かヒントになる項目があるかもしれない。
掲示板の依頼書に手を伸ばした時、何者かが背後から俺に声をかけた。
「ちょっと待ちなさい」
俺の行動を咎める獣人が1人。頭頂部からこれでもかと主張するようにピンと立つ耳、それは狐のものだった。気の強さが見て分かるほどのつり目であり、相手はただ見ているだけなのだろうが、睨まれていると錯覚してしまう。
「まだ受付をしていないでしょう。まずはこっちよ」
喧嘩を売られたと思っていたがどうやら勘違いだった。
ギルドに入る前に受付をしないといけないらしく、俺たちは入口に戻された。
緑色のドレスを着ている者は複数人ギルド内におり、その全員が業務に勤しんでいる。どうやらこの服を着ている物がギルドの職員らしい。彼女もその1人だった。
「それにしても見ない顔ね」
1つ机を挟んで座る獣人が俺たちのことを訝しげに物色した。
「世界が荒れておりますから、少しでも力になれることがないかと思い、訪問しました」
獣人は複雑そうな表情を浮かべた。捌いても捌いても捌ききれない依頼の数々を受ける人数が増えるのは有難いが、伴って自分たちの業務も増える。その気持ちがこれでもかと表れていた。
「貴方たちどこの所属?」
獣人は1枚の受付用紙を取り出し、机の上に置いた。
受付用紙には氏名や職業、レベルなどの個人情報を書く項目がずらりと並び、その中の1つである『所属会社』という項目に目が留まった。
「これは?」
「貴方の所属している会社よ」
リゼと顔を見合わせる。リゼはその意味が分かっているのかにこりと笑った。
「もしかして無所属とは言わないわよね?」
「無所属ではない。俺は自分の会社を持っていてそこの社長を務めている」
質問に対する回答がかみ合っていないのか、獣人は呆れたように鼻を鳴らした。
「あのね僕。大人をからかうんじゃないの」
見た目はこんなんだが、俺はお前よりも年上だ。
「勇者ギルドに登録するためには会社がいるの。情報が敵に流れたら大変なことになる。それを防ぐため、信頼を得ている会社にのみギルドへの登録が許されているのよ。もしあなた達が勇者になりたいのなら、既に登録されている会社に就職しなさい」
なるほど。俺たちの様に潜入しようとする輩を排除するための規則というわけか。
今思い返せば、対峙した勇者たちは皆、社名を名乗っていた。それがあって俺も会社を立ち上げたいと思ったのだった。勇者を名乗れば誰もが勇者になれる時代は終わり、勇者を名乗るためには会社に所属しなければならない。
勇者は今や正式な職業となっていた。
「ならば俺の会社を勇者ギルドに登録しろ。それで話は解決するだろう」
「僕ねえ。君の脳内にある会社では登録できないの」
「会社ならこちらに」
リゼは1葉の封筒を取り出して、獣人に手渡した。封筒の左下には㈱魔王の印字がされている。
獣人は封筒の閉じ紐を解くと、中に入った書類を取り出し、ぺらぺらとめくり目を通していく。
ピタリとページを捲る手が止まった途端、彼女は口をパクパクと開閉させた。
「し、資本金、10億G!?」