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-04- スキル【生殺与奪】 

「して、誰が来る」


「営業部の者です。役職は主任です」


 名前を聞いても分からなかった。当社は10万人を超える大企業であり、役職が付いているとはいえ、顔と名前が一致するのは上層部のメンバーだけだった。


「こんな辺鄙な土地に来るということは勢力争いにでも破れたのであろう。底が知れるな」


 俺は鼻を鳴らして笑った。


「私は悪い選択とは思いません。むしろ賢い選択かと存じます」


「その心は」


「極東のこの地は背後からの攻撃を受けません。徐々に勢力を拡大させると考えた時、拠点として陣取るには格好の場所かと」


 リゼから言わせれば、㈱魔王の本社の立地は最悪なのだろう。この世界の中心に位置していたため、どこからも攻められる状況に晒されていた。案の定、勇者たちからは東西南北四方八方から攻撃にあっていたが、その度に俺がそれを返り討ちにしていた。


 世界の中心にラスボスがいたとしても、簡単に手を出してはならない。

 段階を踏み、ようやく辿り着いた先に魔王がいた、そうあるべきだ。


「それにしても何故ここに来ることを知っていた。繋がりでもあるのか?」


「いえ、皆が本社を出ていく時に、彼がこの地を拠点にすると大声で言っていたのです」


「何とも言えぬ馬鹿者だな」


 敵になるかもしれない同僚に手の内を晒す。

 阿呆という以外に適した言葉が見当たらなかった。


「来ましたよ」


 リゼは地平線を見据えた。黒い点のようなものが徐々にこちらに向かってくる。

 点は豆になり、豆は線になり、線は人影となった。

 勢力はおよそ数百。思っていたよりも数倍多い。


「リゼ。俺のレベルを知っているか」


「当然でございます」


 ならばなぜ、コイツを初陣の相手に選んだ。

 相手はただのうつけだと思っていたが、存外人望があるらしい。1対1ですら勝ち目が薄いというのに、お仲間まで連れられたら目も当てられない。


「今の俺では勝てぬぞ。リゼが戦うというのか?」


「いえ、私は一切手を出しません。戦うのはルシフ様1人です」


 反論をしようとした時、彼らが速度を緩めたことに気が付いた。

 明らかにこちらに向かってくることを躊躇っている。立っている2人の人影が、俺とリゼだということに気付いたのだろう。


 好都合だ。こちらから出向いてやろう。


「ゆくぞ」


 リゼを半歩後ろに侍らせ、1歩1歩近づいていく。本来であれば歩く必要などなく物見遊山で一飛びなのだが、ないものをねだっても仕方がない。

 徐々に相手の顔が認識できるようになってくる。目の前にいたのはリザードマンの群れ。

 先頭に立ち、これを率いているのがリゼのいう営業部の主任なのだろう。


「ま、魔王様だ!」


 その内の1人が声を上げた。恐怖に支配されたその叫びは、群れの統率を大きく乱させた。恐怖は伝播し、俺から離れるように後ずさりをしていく。

 このままであれば戦わずして能力を奪えるな。そう思った矢先、鼓膜を割るほどの高音が平原に響き渡った。声の主は営業部主任の男。群れに喝を入れ、平常心を取り戻させた。


「恐れるな。目の前にいる魔王は力を失った。体が小さくなっていることがその証拠だ」


 この俺に敬称をつけずに魔王呼びするとはいい度胸だ。


「俺たちが強くなったということは、魔王は力を失っているということでもある。恐れるな! 我らは魔王よりも強い!」


 その鼓舞により萎びていた覇気か息を吹きかえした。リザードマン特有の高音の鳴き声が俺の不快感を煽る。


「俺はドラコ・ラヂルウェル。貴様と1対1の決闘を求める」


 うおおおおおお、と仲間たちの雄叫びがこだまする。


「貴様のお陰で随分とレベルが上がった。そこらの勇者など相手にならぬ程にな!」


 ドラコはこれ見よがしにステータスを浮かばせた。



 ドラコ・ラヂルウェル

 種族:リザードマン

 職業:傭兵

 Lv.192

 魔力:4329/5200

 スキル:【孤軍奮闘】、【孤立無援】



 元々のスキルに加えて個人戦闘に特化したスキルが追加されていた。1対1の決闘を申し込んだのはこのためか。

 それにしてもレベルが高い。中級の勇者と渡り合えるほどの力をコイツは持っている。更にスキルを重ね掛けすれば、レベル以上の力を発揮できるのだろう。


 なるほど、このレベルの魔物がウロウロしていれば、世界は混乱の渦に巻き込まれるというのも頷ける。

 このままでは勝てないが、1つだけ方法がある。


「リゼ、先ほど手出しをしないと言ったな?」


 振り向かず、斜め後ろに立つリゼに確認を行う。


「はい。そう申し上げました」


 それはつまり了承だった。俺は振り向き、リゼと向き合った。


「寄こせ」


 リゼはその場で座した。

 膝を折り曲げながらスカートの裾を拾うその所作は美しく、無駄のない洗練された動きに目が奪われる。

 正座の体勢になり、リゼは首を差し出した。


「どうぞ」

 柳のようにしなやかで、初雪のように滑らかなその首を乱暴に掴んだ。

「んっ」とリゼが僅かに喘ぐ。


 ――『生殺与奪』が発動しました。


 俺の手とリゼの首の接地面から眩い光が発光する。目を開けていられないほどの光量にドラコたちは手で目を覆った。


「指定、リーゼロッテ・アーベルの全てのスキル、経験値」


 その光は徐々に俺の掌から体内に侵入していく。それと同時に蓄えられる経験値、スキルの数々。発光の収束と同時に吸い上げが終わった。


 最初は10歳児の体躯に慣れなかったが、2日もその状態でいれば嫌でも慣れる。今はこの姿に違和感を覚えていた。体の可動域を確認するように関節を動かす。


「ドラコとやら。決闘を所望だったな」


「魔王様……」


 全盛期の体と比べればまだ若いが、それでも十分に大人を名乗れる風貌だ。見た目で言えば22歳ほどだろうか。リゼから奪った経験値でレベルを上げた俺は、それに伴って外見も変わる。

 無理やり能力を剥奪された副作用のようなものだろう。


「どうした。お前が望んだ決闘だろう。部下の前で臆してどうする」


 先ほどまでは俺を倒そうと意気込んでいた軍勢は見るからに威勢をなくしていた。

 この姿に魔王を見たのだろう。これまでの圧倒的上下関係を呼び覚ますには、この姿でも十分だった。


「手解きをしてやる」


 どこからでも来い、と言わんばかりに両手を広げる。しかしドラコはかかってこない。


「ならば、こちらからゆくぞ」


 親指と人差し指をパチンと鳴らす。


「闇の帳」


 太陽に照らされて光り輝いていた草原が一変。辺りは一筋の光すらも届かない漆黒に包まれた。視界を失って狼狽えていることが彼らの悲鳴から分かった。


 闇の帳。特定範囲内の光を排除する魔法であり、有効範囲から外に出れば効果は消え失せる。しかし、右も左も分からない空間ではその判断は難しく、どちらに進めばよいかも分からない。その結果、このような混乱を引き起こすことが出来る。


「こちらだ」


 ドラコの首根っこを掴み、そのまま地面に叩きつけた。

 意識外からの攻撃。防御の体勢を取れないままに顔面を地面にぶつけたドラコは生きの良い魚の様に体をばたつかせた。


「先ほど俺のことを魔王と呼び捨てにしていたな」


「申し訳ございませんでした!」


「謝って済む問題か? どうすれば許されると思う?」


「魔王様……、命だけは」


「貴様の命など何の価値もない」


 ドラコをねじ込むように手首を左右に捻る。地面に押し付けられて気道が確保できていないのか呼吸が荒くなっていた。


「お返しします! 魔王様から頂戴したこのスキルと経験値をお返しします!」


「ほう。物分かりが良くて助かる。しかしそれだけで足りるのか」


「いえ! 全てのスキルと経験値を差し上げます!」


「それが聞きたかった」


 ドラコを掴む手に力を込める。


 ――『生殺与奪』が発動しました。


 黒壇のカーテンの内側に眩い光が埋め尽くす。何が起きているのか分からなかったドラコの部下たちも、この光で現状が明らかになると諦めた様に膝から崩れ落ちた。

 光が収まり、俺はドラコの経験値、そして2種のスキルを手に入れた俺は、闇の帳を解除した。


 降伏の姿勢を取るリザードマンたちに2択の選択を迫る。


「死ぬか奪われるかどちらが良いか、己で選べ」


 彼らが選んだのは当然後者だった。


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