-03- やられたらやり返す
「マジでムカついてきちゃったけどどうしようもないぞ」
1日休むと元気になった。
昨日までは虚無感のみだったが、今は部下たちへの怒りが俺の全てを支配していたが、その鬱憤を晴らすことが出来ないと知り、ベッドに寝転がった。
村の者たちは皆親切だった。
俺たちを旅の者と勘違いしたのか、快く部屋を貸してくれ、屋根のある部屋で一晩を過ごすことが出来た。リゼの魔力が足りず、【物見遊山】をもう使えなくなっていたため、正直助かった。
しかし、もし断られていても俺の正体が魔王だと明かし、家ごと奪っていたため、結果は変わらなかっただろうが。
「これからどうするのですか?」
「決めていないがこのまま平穏に暮らすのも悪くない。幸い、金は腐るほどあるからな」
残業代の未払い分を金ではなくスキルで清算したため、会社が留保している貯蓄はたんまり残っていた。元々、世界征服のための軍資金であったが、その目的を果たせなくなった以上、好きに使っても問題はないだろう。
「では1つ。ルシフ様のお耳に入れておきたいことが御座います」
「言え」
ベッドから足を下ろして座りなおす俺に対して傅き、仰ぐように視線を向けた。
「ルシフ様が力を失ってからたった3日もたたずに世界情勢が悪化しております」
「理由は?」
「元来、我々は強大な力を持つルシフ様を中心に形成された集団で御座いました。いわばワンマンチームです。トップとそれ以外では天と地、月と鼈の差があり、当時の部下で上位の勇者たちと渡り合えたのは片手で数えられるほどしかおりませんでした。そのために世界の均衡は保たれていたのです」
「何が言いたい」
結論が見えてこない。いつも報告するときは要点をまとめて結論から話せと言っているというのに。
「ルシフ様のスキルが分配されたことによってその均衡が崩れました。㈱魔王の従業員数は約10万人。役職によって差はあれど、その10万人の能力が底上げされたのです」
リゼは口角を上げた。ここまで言えばお判りでしょう。と言わんばかりに挑発的な面持ちだった。
「突如として力を増した魔物たちが各所に現れれば、勇者たちは対応に追われるだろう。それもただの魔物ではなく俺の力を得た魔物だ。普段なら苦戦しない相手にも最悪は負けるかもしれん。その場合、勇者を更につぎ込むこととなり、対応が出来ない地域が出てくる。善良な市民たちが住んでいた地区は魔物の住処に変わるというわけか」
「仰る通りで御座います」
リゼは立ち膝になって俺と目を合わせると、満面の笑みで俺の頭を撫でた。正解を答えさせることで、俺の頭を触れる口実を作る。結論を述べなかったのはこのためか。
「リゼ。お前が俺をここに連れてきた理由が分かったぞ」
リゼは俺の頭を撫で続けている。俺は構わず続けた。
「元社員がこの地に来るのだろう? 誰かまでは分からんが」
「偉いですね~」
ゾーンに入ってしまったのか、俺と話すときの口調ではなくなっていた。今、リゼの視界に映る俺は魔王ではなく、ただの10歳児なのだろう。
「別にこの世界がどうなろうと関係はない。元より、征服しようとした世界だ。俺が果たそうが他の者が果たそうが、結果は同じだ」
リゼの瞳が紫紺に光る。
『何やってんだアイツら。魔王ってのはもっと奥ゆかしくあるべきなのに、なに積極的に世界征服をしようとしちゃってんの? ただ力で相手を押さえつけるのではなく、底知れぬ恐怖で支配をするべきであって、アイツらがやっていることは征服ではなく侵略なんだよ。俺の下で働いていたくせに何で分かんないかな~。それに世界征服をするためには根底に確固たる理由があるべきであって、アイツらがやっているのは自己満足の域を出ない我が儘なんだよな。己の欲を満たそうとか、過去虐げられたから復讐しようとか、そんな陳腐な理由であってはならなくて、もっと悪としての美学がいるんだよ。お互い引くに引けない理由があって見方によってはどちらも正義になりうるというのが美しいのに、自分から悪役になりにいってどうすんだ。大事なのは過程なんだよ』
「と、申したいのでは?」
リゼが心の声を朗読した。リゼのスキル『眼光炯炯』は俺が与えたスキルだ。
その能力は対象が考えていることが分かるというものであり、リゼの前では嘘をつくことが出来ない。
元々、リゼが俺の心を見たいとせがむために与えたスキルだ。
「はあ。どう思うリゼ」
「私はルシフ様と同意見で御座います。それ故、現在も付き従っているのです」
リゼは撫でる手を止め、再度傅く体勢に戻った。
「決めたぞ」
俺はベッドから立ち上がり、天を仰いだ。
「何をです?」
「これからやることをだ」
能力を奪われてしまい、行く末が見えなかった俺だったが、今後やりたいことを考えた時これしかなかった。
もう世界征服などどうでも良い。
「やられたらやり返す。アイツらから能力を奪い返し、そして魔王を裏切ることの意味を教えてやる」
「かしこまりました。どこまでもお供いたします」
リゼは立ち上がると、直ぐに俺の身長を超した。リゼの胸の付近に俺の顔が位置する。
そしてここぞとばかりに、二度、頭を撫でた。