-38- 鎮魂歌
「どこまでいっても馬鹿な方だ。裏切られたというのに仇討ちなどという言葉がよく吐けますね。そんな甘い考え方だから部下に寝首をかかれるのですよ」
ヤリエスの言うことも一理あった。俺自身、先ほどまでこんな台詞を吐くとは思ってもいなかった。部下が裏切る筈がないと高を括っていたのは確かに俺の甘さだ。その甘さに付け込んだ奴らは許せないが、それでも不憫に思えたのだから仕方なかろう。
「俺を裏切ったことを不問にするつもりは一切ない。それにお前に騙されてざまあみろとも思う。しかし一度は同じ夢を抱いた同志だ。それくらいの手向けはしてやらねばならぬ」
「なら、僕のことも許してくださいよ。じゃないと道理が合わない」
「魔王に道理など通じぬわ。俺が殺したい奴を殺し、助けたい奴を助ける。それだけだ」
「勘違いしないでください。今の魔王は貴方ではなく私なのですから」
ヤリエスは二対の角を地面に突き刺し、柏手を打った。
「竜角一葬」
地面が僅かに揺れた。察知できるかどうか微妙なほど僅かな振動だったが、ヤリエスの行動からそれが偶然発生したものではなく、ヤリエスによって引き起こされた事象であると分かる。
「空・発条」
俺はその場で軽く跳び、地面との間に空気の層を生み出した。空気層を何重にもなるように圧縮させると、その上に乗り圧縮した空気を解放した。
俺が高く宙に跳んだ刹那、地面から竜角が俺に向けて放出された。追尾機能があるのか、天へと向かう俺を追う竜角。
「空・発条」
俺が飛ぶ速度よりも竜角の速度の方が速く、このままでは追い付かれる。
現在の速度で飛んだ際に5秒後に到達する地点を計算する。目測をたて、その地点に再度圧縮させた空気層を発現させた。
俺は空中で体を横向け、空気層に足を置く。解放させると真横に跳んでいく俺の身体。真上から真横に力が変わり、体にかかった重力に思わず息が漏れた。
それでもまだ追ってくる竜角。対象物を貫くまで追ってくるのかもしれない。折るしかない。意識を攻撃に向けた時、頭上に膨大な魔力の発生を感じた。
「竜頭直下」
頭上には竜の顔が俺を飲み込もうと大口をあけている。眼下には迫りくる竜角。
避けていても埒が明かんな。
俺はヤリエスの攻撃を受け入れた。竜頭が俺のことを一口で飲み込んだ後、追って竜角が突き刺さった。
「大断円」
竜が俺を噛み殺し、竜角が俺のことを刺し殺す寸前で、俺の半径1メートルの空間を断絶した。ヤリエスからの魔力供給を途切れさせると、竜頭は半分になって割れ、竜角は先端が折れ、意思を失ったかのように動きを止めた。
「焔・黒鉄黐」
俺が広げた両腕からまるで木の実のように生る紅玉。ジュモンク戦の時は魔力が足りず、両手いっぱいしか出せなかったが、今は違う。
熟した紅玉は俺の腕からぽとりと落ちたが、地面まで落下せずに空中で浮遊した。百の紅玉が俺の腕から発生し、落ちては宙に浮く。
俺の周囲にふわふわと浮流する紅玉を携え、地面に着地した。
「竜顎咬合」
着地と同時に地面から現われる竜の顎。先ほどと同様に俺のことを飲み込もうとしている。俺は上顎と下顎にそれぞれ1つの紅玉を弾いた。それに触れた瞬間、爆裂音と共に顎が吹き飛び、跡形もなく消え失せた。
「噛み応えがないなお前の技は。そんなものでは魔王は務まらんぞ」
ヤリエスはギリという音が聞こえるほどに強い歯軋りをたてた。
「防戦一方では面白くない。こちらから攻めるとするか」
俺は中指を折り、親指でそれを抑えた。伸びようとする中指に対してそれを阻止する親指。右手をヤリエスに向けて、中指を弾くと、浮遊した紅玉の1つがヤリエスに放たれた。銃弾に違わぬ速度で推進する紅玉はヤリエスの右肩を捉えると、爆発し、姿を隠すほどの爆炎と共にヤリエスの竜鱗を剥がしてみせた。
重厚な竜鱗は消滅し、肉を露出した爛れた肌だけがそこにあった。
「まだ1つだぞ? 残り99個を耐えてくれねば面白くない」
「撃たれる前に壊せばいい」
ヤリエスは胸の前で両手を組むと、俺の左右に竜の掌が現れた。
「竜掌交叉」
竜掌が俺を握り潰そうと迫りくる。このまま挟みこまれれば紅玉の爆発を誘発してしまい、無事ではすまない。
しかしこの攻撃は悪手だ。
「陰陽陽月」
竜掌が紅玉に触れる直前で俺は指をパチンと鳴らす。音が空気を振動させた刹那、俺とヤリエスの位置関係が入れ替わった。ヤリエスがいた場所に俺が、俺がいた場所にヤリエスがいる。
逃げようにも、周辺には紅玉がヤリエスを囲んでいるため身動きが取れず、迫りくる竜掌がその猶予すらも与えない。
「終いだ」
ヤリエスが何かを言おうと口を開いたが遅かった。竜掌は紅玉に触れて爆発を起こした。1つが爆発したことによって、他の紅玉もそれに誘発されて爆発していく。連鎖する爆発がかき消すヤリエスの悲鳴。数秒間鳴り続けたその轟音は取締役の連中に対する鎮魂歌にしてはあまりにも煩すぎた。




