-31- 取引
社長室の空気がピンと張りつめた。生唾を飲むことすらも許されない緊張感が地肌に纏う。俺の告白についてスズは何も言葉を発さない。まだ俺の発言を待っているようだった。
「取引だ。俺はリゼとヤリエスの情報が欲しい。その対価として魔王失脚の経緯を話してやる」
「君の実力はもう分かっている。君を捕えて情報を聞き出すことだって出来るんだよ。あまりに釣り合いが取れていないように思えるがどうだろう?」
「何が望みだ? 金か?」
「私はね、この世界を平和にしたいから勇者になった。魔物に怯えなくてもいい世界を作るためにね。そのために魔物を殺してきたし、自分の全てを捧げてきた」
俺は黙ってスズの話に耳を傾ける。
「人間と魔物は共存できない。思想の異なる種族は相いれないようにこの世界は作られている。なら魔物を全て根絶やしにするしかない。そしてその機会が丁度今訪れている」
スズは机の上に置かれていた1枚の紙を俺の前へと滑らせた。
「君がいるだけで人間と魔物のパワーバランスは崩れてしまうくらいに君の能力は強力すぎる。だから君の力を制限させてもらう」
契約書だった。要約すると、自発的に人間側を攻撃しないことを認める代わりに、情報を差し出すという内容がそこに記載されていた。
「敵の敵は味方。無血開城と行こうじゃないか、魔王ルシフよ」
俺は人差し指を噛むと、犬歯で皮を切って出血させた。指先から滴る血液を契約書の上に垂らす。ポタリと落ちた血液は契約書に赤色の汚れを作ったが、赤色は丸い染みから形を変えながら契約書の上を動き、文字となった。 署名の欄にルシフ・テスタロッサという文字が並べられた。
「釣り合いが取れていないのはお前の方だ。俺はもう世界征服をする気もなければ、魔物に対する情もない。契約など結ばなくともお前らを攻撃する気は更々なかった」
スズは契約書を180度回転させ、卓上の万年筆で署名を行った。
「話が分かる人で良かったよ」
「しかし驚いた。有無を言わさず攻撃をされるものだと思っていたがな。勇者からすれば俺など仲間を殺した憎き敵であろう」
「憎いが、私は仇討ちをしたいわけじゃない。君を仲間に引き入れた方が平和につながると思ったのさ。それに君が人間を殺してきたように、私たちも魔物を殺している。自分の行いを棚に上げて君を批判する資格は我々にはないよ」
自分の感情よりも損得勘定を優先するスズだったが、俺に向ける視線は普段よりも冷たい。いがみ合ってきた種族同士の軋轢はそう簡単には拭えないらしい。
「さあ、じゃあ話して貰おうかな。君の転落物語を」
俺は㈱魔王設立から今日に至るまでの経緯を包み隠さず話した。どうやって陥れられ、なぜ部下の反感を買ったのか。そして誰がこの計画に関わっているのか。そしてリゼの失踪について。
「なるほどね。じゃあ君が信頼を置いていた秘書は初めから敵側にいたというわけか」
「まだ決まったわけではない」
「客観的にはそうとしか考えられないけどね。君が能力を失ってからは監視の役割を担っていたんじゃないかな?」
「何故監視をする必要がある。さっさと俺を殺せば良かろう」
「それが分からないんだよね。君を丸々太らせてから頂こうとしたとか」
俺を家畜扱いするな。
「俺の持っている情報は話した。次はお前の番だ」
「この写真が撮られたのは極東の草原。ロリドンからだと20日くらいかかるのかな」
一度だけ行ったことがある、いや連れて行かれたと言った方が正しい。俺が能力を失ったその日、リゼと共に飛び、ドラコと対峙した場所だ。
「ちなみにこの写真が撮られたのは昨日。あの子が届けてくれた」
スズが指を刺した先には真っ白な鳩がおり、机の上で羽を休ませていた。
「今から出ても着くのは相当先。もういないかもしれないよ」
「それでも良い。俺は行く」
もし見つからなくても何か手掛かりがあるかもしれない。それに現在のリゼの立ち位置は新魔王の側近だ。急がなければ事情を聴く前に殺されてしまう可能性もある。
「最後に1つ。俺が許可をするまでリゼについての依頼書は出すな。敵かどうかは俺が判断する」
「それはお願いかな?」
「命令だ」
リゼが浮かべた呆れた表情。「善処しよう」と返答が来たのは直ぐだった。
1階に下り、刺さるほどの視線を浴びながら㈱勇者興業の本社を後にした。外に出ると、ジークとマリアが待ち伏せしていた。
「どうした?」
「今から行くんだろ?」
「全く口の軽い女だ」
ジークはあの写真のことを知っている口ぶりだった。善処すると言っておったが、身内に共有させればどこからか情報が漏れる可能性があるだろうに。
「まだ借りが残ってる……。私たちの力も持って行って……」
マリアが言う借りは、アズワンから命を助けた時のことを指していた。既に完済しきっていると思っていたのは俺だけで、2人はまだ俺に借りを感じている様だった。
「俺が殺されたら能力は帰って来ないぞ? 今まで積み上げたものが消えてなくなる。それが分かっていての発言か?」
マリアは黙って頷いた。ジークも力強い視線を俺に向けている。
「ならば遠慮なく頂いていく」
2人の首に手を這わせ、気道が確保できるように易しく掴んだ。
「生殺与奪。指定、ジーク・フリードリヒとマリア・ランドマークの全能力」
俺は2人の能力を奪って自分の糧にした。これまで大多数の勇者から能力を奪ってきたが、いま奪取した能力には重みを感じる。彼らのこれまでの努力を俺は預けられており、必ず返さなければならない。
元々負ける気などはないが、その気持ちがさらに強まった。
「俺のスキルは貸し借りだ。借りた期間に応じて利子をつけて返そう」
彼らはこれで貸し借りがなくなると思っているのかもしれないが、俺からすればまた借りが出来た。
「俺が戻ってきたら賄い丼をご馳走してやろう」




