-02- 秘書リーゼロッテ・アーベル
「これからどうなさるおつもりで?」
「もうこの力では世界征服は出来ん。しばらく休みたい」
俺に戦いを挑んできた百を超える勇者から彼らのスキルを巻き上げ、魔王としての地位を確固たるものにしていたが、その努力も今となっては部下に強奪されてしまった。
0から事を始めるのと、100積み上げてきたものを0にされまた0から始めるのは似ているようで全く違う。俺を支配しているのは虚無。何のやる気も出なかった。
「では極東に参りましょう。のどかで良い町が御座います。疲れを取るには最適かと」
「極東? ここからどれだけ時間がかかると思っている。【物見遊山】は持っていないぞ」
「ご安心ください」
リゼは優しく微笑むと、俺の手を握った。刹那、手を洗ったのかと錯覚するほどに掌が濡れた。
発汗源は俺じゃない。リゼが興奮して発汗していた。
刹那、視界が一変する。そこは辺り一面緑の広がる平原だった。
全てを失い、灰色の世界に閉じ込められた俺からすれば、その色はあまりにも眩しく見えた。
しかしそんなことよりも気になる点が1つ。
「リゼ、お前……」
「はい、ルシフ様のお力です」
「何でお前が持っている! 残業をつけていたと言っていただろうが!」
確かにそれは俺のスキルだった。
行ったことのある場所に空間を超えて移動するスキル【物見遊山】。
リゼは裁判所で自分は残業をつけていたと証言していたが、それでは理屈が合わない。
「あの場ではルシフ様に嫌われるのが嫌でそう発言しましたが、実はサービス残業や休日出勤をしてまして……。でもルシフ様のためですよ! 好かれようと思ってやったんです。すみません」
普段冷静なリゼがこれでもかというほどに取り乱した。
よほど俺に嫌われたくないのだろう。可愛い奴め。
「……なら返せ!」
俺は不意を突き、リゼに握られていない左手で首を掴もうとするが、リゼもまた空いた右手でそれを防いだ。
「力の差は歴然です。あまりお戯れはしないよう」
リゼの言う通り、今本気で力を入れられれば俺の腕は枝の様にぽきっと折れてしまうだろう。リゼがそんなことをしないとは分かっているが、勝ち目のない戦いに挑むほど、俺も馬鹿ではない。
「おい、お前の能力を見せろ」
リゼは「かしこまりました」と一礼し、虚空をなぞった。
空中に文字が浮き上がり、そこにリゼのステータスが書かれていた。
リーゼロッテ・アーベル
種族:鬼人
職業:秘書
Lv.300
魔力:32500/52500
スキル:【以心伝心】、【眼光炯炯】、【物見遊山】
基本的に、生まれ持っているスキルは1人1つまでとなっているが、リゼは3つのスキルを持っている。これは俺が複数持っていたスキルを部下に分配されたからだった。
俺が複数のスキルを持っていたのは、【生殺与奪】の能力によるものだった。
【生殺与奪】はスキル及び経験値の強奪、また譲渡を可能とする能力。
これを今も俺が持っているのは、最初に手に入れた固有のスキル、つまり生まれ持ったものだ
減った能力から察するに残業代の支払は遡及的に発生していた。
つまり新たに手に入れた能力ほど残業代に充てられやすく、昔手に入れた能力は充てられにくい。
もう少し残業代を稼がれていたら、俺はレベル0になり、この能力も奪われていただろう。
「レベルまで上がっておるではないか」
元々リーゼロッテのレベルは200。俺から奪った経験値によって、1.5倍の上昇を見せていた。対して俺は、元々のレベル1052から0.005倍の下降を見せ、今やレベル6となっている。
努力を奪われることがこれほどまでにむなしいとは思いもしなかった。今までスキルを奪われてきた勇者たちはこんな気持ちだったのだろうか。
少しだけ同情した。
「秘書の私が上位スキルの【物見遊山】を頂戴したということは、役職持ちに良いスキルが与えられているのでしょうね」
「良かったな、良いスキルが得られて」
拗ねる俺を見て恍惚の表情を浮かべるリゼ。
彼女は重度のショタコンだ。また若い魔族の社員に積極的にアプローチをかけ、自分のことをママ、もしくはお姉ちゃんと呼ばせていた。全く持って彼女の性癖が理解できない。子供の姿になった俺のどこが良いというのだ。
「ルシフ様、あちらに町が御座います。あそこで休息をとりましょう」
延々と広がる地平線を遮るように、建屋が立ち並んでいるのが見えた。
「リゼ、飛ばせ」
「これ魔力凄く食うんですよ?」
「元は俺のスキルだ。文句を言うな」
「かしこまりました。社長」
リゼは再び俺の手を握り、町まで飛んだ。
リーゼロッテ・アーベル
種族:鬼人
職業:秘書
Lv.300
魔力:12500/52500
スキル:【以心伝心】、【眼光炯炯】、【物見遊山】