-19- 思わぬ増援
「A級勇者って言ってもこんなもの?」
大蛇の尾がジークの首に巻き付き、持ち上げる。
アズワン以外の魔物は全て制圧したが、この本丸が別次元だった。
形勢は圧倒的にアズワンが有利であったが、ジークの瞳に宿る炎はまだ消えていない。
「まだ本気を出していないからな」
不敵に口角を上げたが、絶体絶命の状況は変わらない。
このままアズワンが力を加えればジークの首は小枝のように折れて終いだ。
「じゃあ見せて貰える?」
アズワンが尾に力を入れジークの首を締めあげると、ジークの頸動脈が押さえられ血液の供給が滞る。次第に顔が赤くうっ血していき、ジークは逃れるために尾に刃を突き付けたが、重厚な鱗がそれを通さない。
振りかぶって振り下ろせば切断することは出来る。しかしこの状況では、ろくに力も入らずそれが叶わない。
「三時の微睡」
ミシ、と骨が軋む音が鳴った時、間一髪で力が緩んだ。
マリアの魔法の効果だった。アズワンに眠気を与えることで一瞬の隙を発生させた。普段なら眠らせられるはずが、得られた隙はほんの一瞬。マリアは目の前の魔物とのレベルの差を実感していた。
アズワンが気を取り戻し尾を絞めたが掴んだのは空。
そこにもうジークはいない。マリアが作ったわずかな時間で拘束をすり抜け、脱出していた。
逃れたジークはマリアの横に向かう。
「マリア、お前は逃げて増援を呼べ。俺たちじゃ勝てない」
「まだ負けが確定したわけじゃない……。でも1人だけ残ったら確実に負ける……」
ジークはマリアを逃がす、それしか考えていなかった。2人でも勝てる確証はない。しかし逃がすことなら出来る。2人死ぬよりは1人でも生き残った方が得策と考えた。
「もし1人残るなら私が残る……。それでも良いならどうぞ……」
「そんなこと出来るわけがないだろ」
マリアの決意を聞き、兜の緒を締めた。
「もう魔力がない……。長期戦は不可能……」
「ああ、俺も体力が底をつきかけてる。これが最後の勝負だ」
ジークは剣を握った拳で左手を叩いた。
「俺は何も考えずにアズワンと戦う。フォローはマリアに任せる」
「分かってる……」
マリアが頷いたのを確認し、ジークは前方へ飛び跳ねた。
狙うはアズワンの首のみ。それ以外に余計な思考はいらない。
――『猪突猛進』が発動しました
ジークのスキルはただ一点の物事に集中することで発動する。身体能力の向上をもたらすそのスキルは魔力のないジークにとっては唯一の武器だった。
身の丈ほどある大剣を軽々と振り回し、振り回す反動をつけてアズワンの首目掛けて振り下ろした。
「面白みのないこうげ……」
尾を何重にも追ってジークの攻撃を受けようとした時、アズワンの身体が固まった。
痺れるような感覚が全身に広がり、力が入らない。
「蛇に蛙」
アズワンの動きを止めたのはマリアだった。ジークが剣を振り下ろすタイミングで魔法を使った。
――『切磋琢磨』が発動しました
マリアのスキルは共闘することによって魔法の効果が上昇するというもの。
敵に集中するジークをマリアが陰からサポートすることで戦況を優位に進めていく、それが2人の戦い方だった。
アズワンは体の痺れを無視するかのように強引に尾をジークの顎に目掛けて突きあげた。防御する予定だったが間に合わない、その判断がカウンターという選択をアズワンに取らせた。
速かったのはジーク。自分に向かってくる尾に標準を変え、大剣を叩き下ろした。ジークの視界が赤色で染まる。ふわりと浮いたのは大蛇の尾。しばらく浮遊したのち、音を立てて地面に落ちた。
「何すんだてめえ!」
発狂するアズワンの威嚇を受けてもジークは止まらない。顔面に受けた返り血を左手で拭い視界を確保すると、二撃目の動作に入った。振り下ろした大剣の勢いを利用し、体を前方向宙返りさせ、遠心力の力を加えた一撃を放つ。
痺れが戻ったアズワンは再度それを防ぐために尾を縦に、盾にしたが、鱗、皮、肉、骨の順に真っ二つに割れた。長かった尾が徐々に短くなっていく。
「てめえの舌みたいだな」
「殺す!」
アズワンは体を一回転させると、尾が大きな弧を描きながら、ジークの脇腹目掛けてしなる。
「雛たちの饗宴」
アズワンの視界が眩んだことによりジークへの照準がズレた。上方に振られて空を切った尾はその勢いのまま祭壇の壁に衝突した。
奥深くまで壁に突き刺さるほどの威力。生身の肉体で受ければひとたまりもない。
「腹がお留守だぜ」
尾が壁に挟まり身動きが取れなくなり、尾から頭まで一直線に伸びる体。初めて作ったアズワンの隙。一刀両断、大剣を振り下ろした。
「蛇腹発棘」
アズワンの腹部から千を超える無数の棘が飛び出し、大剣を受ける。その衝撃に壁に突き刺さった尾が抜け、アズワンは後方へと飛ばされる。
ジークの大剣は棘を壊しながら進んだが、アズワンの腹に届く一歩手前で動きが止まった。僅かに届かなかった。
普段なら、このタイミングでマリアが相手の動きを止める魔法を発動している。しかし、アズワンに魔法がかけられた挙動は見られなかった。
「マリア?」
ジークがマリアに視線を向けると、マリアは何も言葉を発さずにかぶりを振った。
「ごめんなさい……。魔力が尽きたわ……」
ここでマリアがアズワンの動きを1秒でも止められれば結果は違っていたかもしれない。魔力が溜まっている状態で戦闘を開始できれば苦戦を強いられることもなかったかもしれない。しかし、戦場においては万全の状態で戦える時の方が少ない。
戦場にもしもは存在しない。結果のみが全てだ。
ジークの腕から大剣が滑り落ちた。マリアの魔力がなくなったように、ジークの体力も限界だった。常人では持つことも出来ない重量を持った大剣は持っているだけでも筋力を使う。連戦続きで、かつ今回の相手は格上。心は諦めていなかったが身体がついていかなかった。
「はあ。勇者ジークもこれに廃業か」
マリアの下に向かうジーク。マリアを庇うかの様にアズワンとの間に体を置いた。
「少しの時間稼ぎにはなる。その間に走って逃げろ」
「そんなこと出来ない……」
「最期くらいカッコつけさせろよ」
ジークの白い歯が顔を覗かせた。毎日のように一緒にいた相手がいなくなる。その事実がマリアの思考を停止させた。
「やだ……」
マリアはジークの服の裾を握った。好きな相手を死なせないという選択をジークは取ったが、マリアが求めている答えとは違った。
「ジークが残るなら私も残る……。それがこれまで一緒に戦ってきた仲間の務め……」
しかし体力のなければ魔力もない。かすり傷の1つもつけられていないアズワン相手に戦況をひっくり返すなど、天地がひっくり返ってもあり得なかった。
「なら、2人まとめて串刺しにしてあげる」
ジークが斬ったはずの尾がピタリとくっつくと、肉の内壁が盛り上がるように尾を形成していく。そして、何事もなかったかのように尾が再生した。先端に生えた業物のように鋭く尖った棘。刺されれば一瞬であの世逝きだ。
バネの様に収縮する尾。
棘は2人に狙いを定め、その発射を今か今かと待っている。
「じゃあね。A級勇者さん」
射出された尾は揺らぐことなく直線を引いて真っすぐ伸びる。彗星を思わせる軌道は、それを向けられた敵が見惚れるほどに綺麗な線を描いていた。
「闇・孔」
突然、棘と彼らの間に黒い渦が発生した。それはただただ黒くひたすらに禍々しかった。それを見ていると飲み込まれてしまいそうで2人は目を反らした。
次の瞬間、アズワンの悲鳴が上がった。黒い渦で視界が遮られ、状況が掴めない。
「闇・〆」
黒い渦が一瞬で消滅した。そして再びの悲鳴。開ける視界。
2人に向けて放たれたはずの尾がなぜかアズワンの腹を貫いていた。
背中から腹にかけて刺さっている尾はアズワンの身体との繋がりが断たれ、先ほどジークが斬った箇所で再び切断されていた。
「お前たち、A級勇者と言ってもこんなものか?」
聞こえる足音は2人分。1人は女性、もう1人は子供。声の方向は祭壇の入口。
ジークとマリアが振り向くと、そこには得意げな笑みを浮かべるルシフがいた。




