-09- エルフの森
静寂の森は暗澹としていた。
静かであることは変わりないが、どこか陰鬱でどんよりとした重苦しい空気が充満していた。
絡みつくような湿気が肌を纏う。
普段は太陽の明かりが差し込み精美な雰囲気を醸し出すこの森も、今は一筋の陽射しすらも遮断しており暗い。
日が落ち始めているとはいえ、もっと根本的な暗さがあった。
「いるな」
「はい」
この幽幽たる佇まいは魔物特有のものだ。その証拠にやけに居心地が良い。
「ジュモンクの種族は?」
「トレントです」
トレント。
樹木を模した体躯を持ち、根を足にして歩く。喜怒哀楽は茂った葉の量や色で判断がつく。怒れば葉が赤くなり、悲しめば葉が枯れる、といった具合に葉と彼らの感情はリンクしていた。
「木に擬態してエルフを誘拐しているというところか」
森に足を踏み入れ、中を歩く。本来なら依頼主の下に向かうのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。俺は依頼主を安心させるためにここに来たわけではなく、能力を奪い返すために来ているのだ。エルフの生活がどうなろうとしったことではない。
どれだけ歩いても変わらない景色に嫌気がさす。真っすぐ歩いているのかも分からない。もしかしたらぐるぐると迂回しているだけなのかもしれない。一番困るのはその判断がつかないことだった。
「リゼ、俺は今真っすぐ歩いているよな?」
「いいえ。ずっと同じところを周回しております」
「なら何故止めぬ!」
どうやらリゼは方向感覚が正常に保てているらしい。
俺が迷う姿を見て、お前は何を思っていたのだ。
「勇者様……?」
木陰から1人の少女が顔を出した。何かに怯えているような様子であり、俺たちに対しても警戒をしている。
「勇者ではない、魔王である」
残念だったな。俺はこの森を襲った魔物の親玉だ。さぞ恐れ慄くことだろう。しかし、少女が浮かべたのは絶望、ではなく笑みだった。喜びよりも安堵が勝っている。
「来てくれてよかった」
少女は木陰から飛び出すと、俺に抱き着いた。
彼女の耳は正面から見て左右にピンと伸び、先端が細く尖っている。子供ながらに琴線に触れるほどの美貌はエルフにのみ許された特権だった。
見た目が14歳ほどの俺が魔王と言ったところで信じないのだろう。外見年齢は俺より若いが、人間の5倍の寿命を持つエルフであるため、換算すると今の俺よりも年上に違いない。
「ちょっと貴方、離れなさい」
リゼは少女を俺から引き剥がすと、同じ部位に抱き着いた。
自己所有を主張するかのように。
「何をしている」
「上書きを」
最後に俺に触れたのが自分でありたいという歪んだ独占欲。
そのリゼの行動にエルフの少女は困惑していた。
「依頼を出したのはお前か?」
少女は思い出したように頷いた。
「名は」
「アリエル」
エルフに相応しい綺麗な名だ。
「お母さんや町のみんながいなくなっちゃったの。助けて下さい」
「状況を聞こう」
都合がよかった。道に迷っていた俺からすれば案内役が現れたのは渡りに船だ。
「お母さんはいつも山菜や木の実を取って帰ってくるんだけど、2日前に出ていったっきり帰ってこなかったの。村の皆に相談して捜索して貰ったんだけど、その人たちも帰って来なくなっちゃって、今日だって探しに行った人たちが帰ってこないの」
アリエルは話していく内に当時の感情を思い出したのか、声が震え始めた。泣く寸前であろうに、依頼主として毅然に振舞おうと耐えていた。
「お前の母がいつも行く場所に案内しろ。そこにいれば狙われるだろう」
「狙われる……?」
「お前がジュモンクをおびき寄せる餌になれ」
俺の作戦を聞き、アリエルの涙腺が決壊した。今までの恐怖、これから待ち受ける恐怖。その2点が一斉に押し寄せた。
「泣いていても仕方なかろう。親と仲間を助けたいという奴が他力本願でどうする。力になれることがあるのなら率先して協力するべきではないのか」
泣く少女に浴びせる正論。
もっと泣きわめくと思ったが、この発言でピタリと泣き止んだ。
アリエルは両手で乱暴に涙を拭うと、「頑張る」と決意表明をした。
透けるほどに白い肌が涙によって赤く滲んでいた。
「お母さんはいつもこの辺りに来てる」
アリエルが案内したのは湖のほとりだった。
湖は底が見えるほどに澄んでおり、いかにもエルフの森らしい湖だと思った。確かに辺りには木の実や果物が成っており、収穫には適した環境だった。
「俺たちは隠れているからそこらで助けを呼べ。いずれお前も攫われるだろう」
俺の雑な指示にも、もう泣く様子はない。少女は俺たちから離れると、母の名前を叫んだ。それに合わせて俺たちは木の陰に身を隠した。
アリエルのか細い声が森の中にこだまし続ける。
すると、俺たちが隠れている向かいから、木の枝がしなやかに伸びた。
木の枝はアリエルの腕を掴んで身動きを止めると、2本、3本と伸びてきてアリエルを搦めとった。




