プロローグ 能力剥奪
「処罰を言い渡す。溜まりに溜まった未払いの残業代を自身のスキルで支払うこと」
カァン! と木槌から発せられた甲高い音が法廷に鳴り響いた。
未払いだと? 俺は従業員に給料を支払っているし、1分単位で残業代を申請するように言っているし、最近定められた年5回の有給休日の取得も徹底している。
部下が「これは法律で定められているので」と言われたことは全て承認をしてきた。
「待て、何かがおかしい。俺は法に従って会社を運営しているぞ」
「こちらには残業代未払いの証拠があります」
裁判官は俺の主張にも一切耳を貸さず、証拠があるとの一辺倒。
これじゃあ話にならない。
「リゼ。言ってやれ」
「社長、申し訳御座いませんが、従う以外に方法は御座いません」
「え?」
突然の秘書の裏切り。これまで忠誠を誓っていたはずの部下が俺に刃を向けた。
「裁判所からの出頭命令を受けて調査しましたが、何故か勤怠表には残業の申請が1つもありませんでした。残業をつけていたのは私だけ。その他の社員は全員残業をつけた形跡すら見つかりませんでした。」
リゼは悔しそうに口端を噛んだ。
裏切りではなかった。リゼも裏切られた側なのだ。
「誰だ。俺をハメたのは。密告者の名前を言え」
「個人情報ですのでお教えすることは出来ません」
裁判官は冷淡に言い放った。
「聞くが、何に抵触しているというのだ」
世界征服を目的にした組織を法人化しようと提案したのは部下たちだった。
様々なメリットを伝えられ「それめっちゃいいじゃん!」と二つ返事で回答したため、会社という組織、定められた法律をあまり理解していなかった。
「労働基準法36条です」
労働基準法だと? 何か聞いたことはあるな。
「36協定です」
「協定など結んだ覚えはない。そもそも魔王は他者と協力などしない」
頓珍漢な回答だったのか、裁判官は谷よりも深いため息をついた。
「それが問題なのです。本来1日8時間以上の業務、また休日の労働を従業員に課す場合は会社と労働者の間に協定を結ぶ必要があります。社長であるあなたはそれを行ったのです」
「俺の会社はそれを結んでいないというのか」
「はい」
裁判官の言ったその2文字は俺を絶望させるのに十分な威力があった。
「もし結んでいたとしても、時間外労働の上限は720時間ですので、あなたが1年間に従業員に課した時間外労働は5475時間となりますので、また別の処罰が御座います」
裁判官は続ける。
「勤怠表を見る限り、貴方の会社の労働時間は1日23時間。法定労働時間が8時間なので時間外労働時間は15時間。それに休みのないブラック企業で御座いましたから、掛ける365日で5475時間となります」
当社は完全週休二日制。年間休日は150日。有給も年に5回は使わせている。と思っていたのは俺だけだった。
俺が魔王城で休んでいる間、アイツらは勝手に出勤していた。
残業未払いを起こして俺をハメるために。
「しかし俺は魔王だぞ。お前ら人間が俺に処罰を下すことなど出来る筈が……」
「社長、それが出来るのです」
またも悲しげな表情を浮かべて否定するリゼ。
仲間なんだから援護射撃くらいしてくれてもいいじゃん。
「法人登記に、ご自身の血液でサインと捺印をしております。その約款内に労働基準法に抵触した場合は裁判所の下す罰則を受け入れるとの記載が御座います。また但し書きには金銭ではなく自身の能力を慰謝料として支払うとの記載も……」
会社を設立した時から仕組まれていた計画だ。
でなければ、こんな但し書きを加える必要はない。
部下を信頼して確認を怠った俺のミスだ。
「そんなもの破棄すれば良かろう」
苦し紛れの反論だった。
「契約ですのでそれは出来ません」
契約は命よりも重い。
俺自身、様々な魔獣と契約を結んでおり、その契約を一方から破棄することが出来ないということは分かっている。
しかし、あまりにも代償が重すぎるのではないか。
1人当たり5475時間の労働に値する残業代を俺の能力で支払うだと?
正直、どれだけ弱体化するのか皆目見当もつかなかった。
「なら良い。お前をここで殺すまでだ」
俺は右手を開き、裁判官に掲げた。
「俺からもお前に罰則を与える。俺様を捌いた罰だ。地獄の業火をその身に受けろ」
おどろおどろしく発火し、触れたもの全てを燃やし尽くす漆黒の炎が出てこない。
力んでも力んでも炎は出ない。それどころか体内に魔力すらも感じない。
結局、掌から出たのは手汗だけだった。
「裁判所は神の加護を受けております。この空間において魔族が魔力を発することは出来ません」
リゼが従うしかないと言っていた理由が分かった。
「武力行使が出来ない以上受け入れるしかない、ということか」
リゼは黙って頷いた。
良かろう。ならば受け入れよう、
受け入れた後、部下をぶち殺してスキルを回収すればよい、ただそれだけだ。
「ルシフ・テスタロッサの能力を剥奪し、㈱魔王の従業員にその分配を行う」
裁判所の屋根の天窓から光が差し込み、俺を優しく包み込んだ。
御覧いただきありがとうございました。
少しでも作品が『面白かった』『続きが気になる』と思われましたら、
ブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】をタップもしくはクリックし、
【★★★★★】にして頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします!