対戦
握って、開いて。 オレは、擬似生体型に換装した両腕をチェックしていた。
感覚にも反応にも問題は無い。
「腕を換えたのか?」
隣の部屋で何かの作業をしていたアルバートが、オレの居る部屋にやってきた。
「ああ。 あの子と戦うなら、反応速度に優れたこっちの方がいいと思ってな」
オレが答えると、アルバートは指先でトントンとオレの腕をつついてくる。
――大丈夫、感触もある。 少しくすぐったいけど。
「本当に1人でいいのか? ドローンくらいなら用意してやるぞ」
「いらないよ。 大丈夫だ、オレは負けたりなんかしない」
オレがそう言うと、アルバートは寂しそうな表情を見せる。
そのあと、静かにハグをしてきた。
アルバートにしては、やけにスキンシップが多い気がする。
「無茶すんなよ」
オレの耳元で、アルバートは囁いた。
この感じは……なんだか懐かしい。
「わかってる。 わかってるよ、アルバート」
◇
あの子が指定した場所は、大きな廃墟だった。
たぶん、昔使われていたゴミ処理場だろう。
ここなら人気も無いから、オレ達が戦っても、問題は無いはずだ。
そうしてオレは、あの子と約束した場所へ――――時間通りにやって来たのだ。
「こんばんは、イオニス」
あの子の声が部屋中に響いた。
「約束通り、1人で来たぞ」
カツンカツンという足音と共に、あの子は奥から現れる。
生きていた照明によって、子供の顔がくっきりと照らし出された。
ああ……、あの仮面は着けていないんだ。
「仮面は良いのか?」
オレはエクゾスケルトンを脱ぎ捨て、下着姿になる。
この子は平気で不意討ちをしてくるヤツだ。
素早く反応できるように、身軽に動けるように、余計なモノは外しておく。
「腕と足、新しいやつに換えたんだね」
あの子はふざけた態度で挑発してきた。
オレは静かに身構える。
「本気でやる。 ケガしても知らないからな」
というより、手加減は苦手だ。
「じゃあ、ボクも本気でやらせてもらうわ」
子供が、手にした夜霧桜をヒュンヒュンと回す。
「ああ、そうかい――!」
一瞬だけ身を屈めたあと、オレは勢いよく踏み出した。
「おっと」
オレが突き出したスタンロッドを受け止めながら、子供は微笑む。
……いったい、どこからそんなパワーを出しているんだろう?
「神代 オウカ。 いや、オウカ・カミシロの方がいいかな? ――自己紹介は」
歌うように、少年が名乗った。
名前からすると――日本人だろうか?
「初めて名乗ったな」
「うん。 初めて名乗ったからね」
オウカは一旦距離を取ったあと、すぐ側の壁を駆け上がった。
瞬発力だけなら、カリーナよりも上かもしれない。
オレはオウカの後を追うが、オウカの周囲にあのサークル――いや、魔法陣が現れる。
「やばい――!」
オレは跳躍し、柱の影に隠れた。
直後、眩い閃光が空間を切り裂き、天井に穴を開けた。
「さすがに、柱を壊すわけにはいかないなぁ……」
「学校に行ってないってのに、そのくらいの知識はあるんだな」
「うるさい」
魔法陣のレーザーは、直線にしか放たれない。
なら、魔法陣と相対しないように動けば、レーザーで撃たれないで済むはず。
「でも、手数で圧倒できるよね」
オウカが呟いたあと、魔法陣が大量に展開された。
魔法陣の位置や角度はバラバラで、まるで穴だらけになった網のようだ。
「たしかに、手数が多いな!」
オレは柱から飛び出し、大量のレーザーを避けながら、なんとか別の柱の影に隠れた。
魔法陣からレーザーが発射されるまでのタイミングは速い。
再発射にかかる時間は、魔法陣ひとつにつき約5秒。 でも数が多い。
これじゃあ、うかつに接近できない。
「しかも、あなたには飛び道具が無い。 だから中距離で攻める」
オウカが言ったことは正解だった。 今のオレには飛び道具がない。
彼を傷つけたくなくて、ライフルを持ってこなかったのだ。
「じゃあ、強引に距離を詰めるまでだ!」
オレは、サーボモーターのリミッターを解除して柱を登った。
そのあと、梁の上やホイストのレール上を全速力で走る。
「意外に速いね」
目の前で浮遊するオウカへ、スタンロッドを振り下ろす。
だが、バリアのようなものに弾かれ、左肩をレーザーが掠めた。
くそっ――! スタンロッドを落とした……。
「スピードを武器にして戦うのが、お前だけだと思うなよ!」
レーザーなんてものは、ただ直線にしか飛ばないんだ。
なら、狙いを定めさせないように動いてしまえばいい。
「これを使ったら……アルバートが怒るだろうな」
オレは、怒るアルバートを想像しながら、自分の両肘にあるボタンを交互に押した。
直後、バリバリという音を立てながら、手足を覆っている細胞シートが裂け、中から金属のフレームが飛び出した。
「なに……それ?」
オレの手足を見て、オウカは戸惑っていた。
なるほど……人並みの感情は持っているらしい。
「一種の……リミッター解除さ」
骨が全身から飛び出すような……そんな激痛に襲われる。
潜入工作用に作られたこの手足には、暗殺用の武装が仕込まれていた。
普通なら細胞シートを開いて武装を展開するが、そんな面倒な工程は無視しよう。
「あなたらしいね」
「そりゃ……どうも」
金属フレームが大型のブレードに変形した。
オレは腕のブレードを突き刺して、四足歩行のようなスタイルで壁を走り出した。
「器用だね」
「お前には負けるよ」
体操選手やマトリックスにも負けないアクロバットで、レーザーを回避する。
そうしてオレは、走っていたオウカを追い越し、彼が次の足場にしようとした柱を、力任せに叩き切った。
「ちょっ――!」
切られた柱に着地してしまい、オウカはバランスを崩した。
「これならどうだ!」
振り下ろしたブレードが、オウカの夜霧桜を叩き落とす。
――これで勝負ありだ。
「甘いよ」
オウカは、どこかから伸びてきた鎖を足場にして体勢を変え、繰り出した浴びせ蹴りでオレを吹き飛ばし、リノリウムの床へ叩きつけた。
あんな痩せぎすなのに、なんてパワーだ……。
「鎖もオウカの武器か?」
起き上がりながら、オレは訊く。
「そこまで強度はないけどね。 あと、頬が切れてる」
オウカは、鎖を手繰って夜霧桜を手元に戻す。
「そうか……」
オウカの一連の動作を見て納得しながら、オレは口元に流れてきた血を舐め取り、笑ってやった。
「子供相手に戦って、楽しいと思っちまうなんてな。 ――オレもまだまだだ」
彼と戦ってるうちに、下着がキツくなっていた。
――オウカと戦っているうちに勃起して、わずかに濡れていたらしい。
こんなに興奮したのは……久しぶりだ。
初めてアルバートを犯した"あの時"を思い出す。
「本能のままに生きる人は好きだけどね、ボク」
軽やかな動作で、オウカは飛ぶ。
そしてコートがたなびいた後、魔法陣が展開された。
「魔法陣が好きなんだな」
「うん。 昔は魔法使いを夢見たしね」
オウカが鎧を纏い、魔法陣の造形がさらに複雑になっていく。
それは、満開の桜を彷彿とさせた。
「似合ってるよ」
オレは雨のように降り注ぐレーザーを弾きながら疾走するが、軌道を変えたいくつかのレーザーが、脚部ブレードに穴を開けた。
――なるほど、レーザーは誘導させられるのか……。
今までの攻撃は、ただのフェイクだったんだ。
「ほら、油断しちゃダメだよ」
オウカの声が聞こえた直後、オレが踏んだ床から鎖が飛び出し、足の裏から膝までを貫いた。
「なに――!?」
オウカは鎖を使ってはいない。
なのに、オレの足を鎖が貫いている。
「鎖をトラップに使ったのか……」
「はい、正解」
オレが鎖を切断しながら訊くと、オウカはうなずいた。
「義体化された部位は気軽に壊せるからね」
オウカが冷たく言い放ったあと、後ろから伸びてきた鎖がオレの胸を貫いた。
「生身の部分は、壊してもすぐに治すんだけど、面倒くさい」
鎖によって、オレはオウカの目の前に移動させられた。
オレは鎖を解こうとして暴れるが、全身に鎖が巻きついてオレを拘束する。
――巻きついてくる鎖の感触は、少し心地よかった。
「おまえ……」
オレは、込み上げてきた血を、オウカに吐きかけた。
だが、吐き出した血はバリアに弾かれ、蒸発する。
「一時的に意識を奪うだけだから、心配しないでいいよ」
説明しながら、オウカは夜霧桜の切っ先をオレに向けた。
ああ……、オレの体をそれで貫くつもりなんだ。
「――やれよ」
呟いたあと、オレは目を瞑った。
その直後、部屋が激しく揺れ、どこかから爆発音が聞こえてきた。
オウカは鎖を解き、オレを解放する。
そして壁を吹き飛ばし、そこから外を見た。
「まさか――」
オレは、オウカが見ていた方向へ視線を移す。
街の中心からは炎が上がっていて、なぜか桜の花びらも舞い上がっている。
「――アレに電源を入れたの!?」
オウカはオレを見ながら叫ぶ。
「いや、知らない」
あの塊に電源を入れるとは聞かされていない。
だから、嘘はついていない。
「イオニスはスケープゴートみたいなもんか。 まんまとやられた……」
オウカも、オレが嘘はついていないと理解したようだ。
「イオニス。 ボクの手を握って」
オレの目の前に降り立ちながら、オウカは言った。
オウカの言葉の意味がわからず、オレは首を傾げる。
「あそこまで一気に移動する。 ただ、方法についての質問はナシ。 舌を噛まれても困るからね」
兜だけを解除して、オウカは笑った。
「結構な距離があるぞ?」
「大丈夫、大丈夫」
きっと、嘘はついていないんだろう。
「嘘だったら許さないからな」
ブレードを格納したあと、差し伸べられたオウカの手を握りながら、オレは言った。
「はいはい」
軽い調子でオウカは答える。
「じゃあ、行くよ」
その瞬間、視界は桜の花びらで満たされ、オレの意識は遠のいていった。