表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東開花戦線 カムナビ  作者: スマ甘
6/6

対戦

 握って、開いて。 オレは、擬似生体型に換装した両腕をチェックしていた。

 感覚にも反応にも問題は無い。


「腕を換えたのか?」


 隣の部屋で何かの作業をしていたアルバートが、オレの居る部屋にやってきた。


「ああ。 あの子と戦うなら、反応速度に優れたこっちの方がいいと思ってな」


 オレが答えると、アルバートは指先でトントンとオレの腕をつついてくる。

 ――大丈夫、感触もある。 少しくすぐったいけど。


「本当に1人でいいのか? ドローンくらいなら用意してやるぞ」

「いらないよ。 大丈夫だ、オレは負けたりなんかしない」


 オレがそう言うと、アルバートは寂しそうな表情を見せる。

 そのあと、静かにハグをしてきた。

 アルバートにしては、やけにスキンシップが多い気がする。


「無茶すんなよ」


 オレの耳元で、アルバートは囁いた。

 この感じは……なんだか懐かしい。


「わかってる。 わかってるよ、アルバート」


 ◇


 あの子が指定した場所は、大きな廃墟だった。

 たぶん、昔使われていたゴミ処理場だろう。

 ここなら人気も無いから、オレ達が戦っても、問題は無いはずだ。


 そうしてオレは、あの子と約束した場所へ――――時間通りにやって来たのだ。


「こんばんは、イオニス」


 あの子の声が部屋中に響いた。


「約束通り、1人で来たぞ」


 カツンカツンという足音と共に、あの子は奥から現れる。

 生きていた照明によって、子供の顔がくっきりと照らし出された。

 ああ……、あの仮面は着けていないんだ。


「仮面は良いのか?」


 オレはエクゾスケルトンを脱ぎ捨て、下着姿になる。

 この子は平気で不意討ちをしてくるヤツだ。

 素早く反応できるように、身軽に動けるように、余計なモノは外しておく。


「腕と足、新しいやつに換えたんだね」


 あの子はふざけた態度で挑発してきた。

 オレは静かに身構える。


「本気でやる。 ケガしても知らないからな」


 というより、手加減は苦手だ。


「じゃあ、ボクも本気でやらせてもらうわ」


 子供が、手にした夜霧桜をヒュンヒュンと回す。


「ああ、そうかい――!」


 一瞬だけ身を屈めたあと、オレは勢いよく踏み出した。


「おっと」


 オレが突き出したスタンロッドを受け止めながら、子供は微笑む。

 ……いったい、どこからそんなパワーを出しているんだろう?


神代(カミシロ) オウカ。 いや、オウカ・カミシロの方がいいかな? ――自己紹介は」


 歌うように、少年が名乗った。

 名前からすると――日本人だろうか?


「初めて名乗ったな」

「うん。 初めて名乗ったからね」


 オウカは一旦距離を取ったあと、すぐ側の壁を駆け上がった。

 瞬発力だけなら、カリーナよりも上かもしれない。


 オレはオウカの後を追うが、オウカの周囲にあのサークル――いや、魔法陣が現れる。


「やばい――!」


 オレは跳躍し、柱の影に隠れた。

 直後、眩い閃光が空間を切り裂き、天井に穴を開けた。


「さすがに、柱を壊すわけにはいかないなぁ……」

「学校に行ってないってのに、そのくらいの知識はあるんだな」

「うるさい」


 魔法陣のレーザーは、直線にしか放たれない。

 なら、魔法陣と相対しないように動けば、レーザーで撃たれないで済むはず。


「でも、手数で圧倒できるよね」


 オウカが呟いたあと、魔法陣が大量に展開された。

 魔法陣の位置や角度はバラバラで、まるで穴だらけになった網のようだ。


「たしかに、手数が多いな!」


 オレは柱から飛び出し、大量のレーザーを避けながら、なんとか別の柱の影に隠れた。


 魔法陣からレーザーが発射されるまでのタイミングは速い。

 再発射にかかる時間は、魔法陣ひとつにつき約5秒。 でも数が多い。

 これじゃあ、うかつに接近できない。


「しかも、あなたには飛び道具が無い。 だから中距離で攻める」


 オウカが言ったことは正解だった。 今のオレには飛び道具がない。

 彼を傷つけたくなくて、ライフルを持ってこなかったのだ。


「じゃあ、強引に距離を詰めるまでだ!」


 オレは、サーボモーターのリミッターを解除して柱を登った。

 そのあと、梁の上やホイストのレール上を全速力で走る。


「意外に速いね」


 目の前で浮遊するオウカへ、スタンロッドを振り下ろす。

 だが、バリアのようなものに弾かれ、左肩をレーザーが掠めた。

 くそっ――! スタンロッドを落とした……。


「スピードを武器にして戦うのが、お前だけだと思うなよ!」


 レーザーなんてものは、ただ直線にしか飛ばないんだ。

 なら、狙いを定めさせないように動いてしまえばいい。


「これを使ったら……アルバートが怒るだろうな」


 オレは、怒るアルバートを想像しながら、自分の両肘にあるボタンを交互に押した。

 直後、バリバリという音を立てながら、手足を覆っている細胞シートが裂け、中から金属のフレームが飛び出した。


「なに……それ?」


 オレの手足を見て、オウカは戸惑っていた。

 なるほど……人並みの感情は持っているらしい。


「一種の……リミッター解除さ」


 骨が全身から飛び出すような……そんな激痛に襲われる。

 潜入工作用に作られたこの手足には、暗殺用の武装が仕込まれていた。

 普通なら細胞シートを開いて武装を展開するが、そんな面倒な工程は無視しよう。


「あなたらしいね」

「そりゃ……どうも」


 金属フレームが大型のブレードに変形した。

 オレは腕のブレードを突き刺して、四足歩行のようなスタイルで壁を走り出した。


「器用だね」

「お前には負けるよ」


 体操選手やマトリックスにも負けないアクロバットで、レーザーを回避する。

 そうしてオレは、走っていたオウカを追い越し、彼が次の足場にしようとした柱を、力任せに叩き切った。


「ちょっ――!」


 切られた柱に着地してしまい、オウカはバランスを崩した。


「これならどうだ!」


 振り下ろしたブレードが、オウカの夜霧桜を叩き落とす。

 ――これで勝負ありだ。


「甘いよ」


 オウカは、どこかから伸びてきた鎖を足場にして体勢を変え、繰り出した浴びせ蹴りでオレを吹き飛ばし、リノリウムの床へ叩きつけた。

 あんな痩せぎすなのに、なんてパワーだ……。


「鎖もオウカの武器か?」


 起き上がりながら、オレは訊く。


「そこまで強度はないけどね。 あと、頬が切れてる」


 オウカは、鎖を手繰って夜霧桜を手元に戻す。


「そうか……」


 オウカの一連の動作を見て納得しながら、オレは口元に流れてきた血を舐め取り、笑ってやった。


「子供相手に戦って、楽しいと思っちまうなんてな。 ――オレもまだまだだ」


 彼と戦ってるうちに、下着がキツくなっていた。

 ――オウカと戦っているうちに勃起して、わずかに濡れていたらしい。

 こんなに興奮したのは……久しぶりだ。

 初めてアルバートを犯した"あの時"を思い出す。


「本能のままに生きる人は好きだけどね、ボク」


 軽やかな動作で、オウカは飛ぶ。

 そしてコートがたなびいた後、魔法陣が展開された。


「魔法陣が好きなんだな」

「うん。 昔は魔法使いを夢見たしね」


 オウカが鎧を纏い、魔法陣の造形がさらに複雑になっていく。

 それは、満開の桜を彷彿とさせた。


「似合ってるよ」


 オレは雨のように降り注ぐレーザーを弾きながら疾走するが、軌道を変えたいくつかのレーザーが、脚部ブレードに穴を開けた。

 ――なるほど、レーザーは誘導させられるのか……。

 今までの攻撃は、ただのフェイクだったんだ。


「ほら、油断しちゃダメだよ」


 オウカの声が聞こえた直後、オレが踏んだ床から鎖が飛び出し、足の裏から膝までを貫いた。


「なに――!?」


 オウカは鎖を使ってはいない。

 なのに、オレの足を鎖が貫いている。


「鎖をトラップに使ったのか……」

「はい、正解」


 オレが鎖を切断しながら訊くと、オウカはうなずいた。


「義体化された部位は気軽に壊せるからね」


 オウカが冷たく言い放ったあと、後ろから伸びてきた鎖がオレの胸を貫いた。


「生身の部分は、壊してもすぐに治すんだけど、面倒くさい」


 鎖によって、オレはオウカの目の前に移動させられた。

 オレは鎖を解こうとして暴れるが、全身に鎖が巻きついてオレを拘束する。

 ――巻きついてくる鎖の感触は、少し心地よかった。


「おまえ……」


 オレは、込み上げてきた血を、オウカに吐きかけた。

 だが、吐き出した血はバリアに弾かれ、蒸発する。


「一時的に意識を奪うだけだから、心配しないでいいよ」


 説明しながら、オウカは夜霧桜の切っ先をオレに向けた。

 ああ……、オレの体をそれで貫くつもりなんだ。


「――やれよ」


 呟いたあと、オレは目を瞑った。

 その直後、部屋が激しく揺れ、どこかから爆発音が聞こえてきた。


 オウカは鎖を解き、オレを解放する。

 そして壁を吹き飛ばし、そこから外を見た。


「まさか――」


 オレは、オウカが見ていた方向へ視線を移す。

 街の中心からは炎が上がっていて、なぜか桜の花びらも舞い上がっている。


「――アレに電源を入れたの!?」


 オウカはオレを見ながら叫ぶ。


「いや、知らない」


 あの塊に電源を入れるとは聞かされていない。

 だから、嘘はついていない。


「イオニスはスケープゴートみたいなもんか。 まんまとやられた……」


 オウカも、オレが嘘はついていないと理解したようだ。


「イオニス。 ボクの手を握って」


 オレの目の前に降り立ちながら、オウカは言った。

 オウカの言葉の意味がわからず、オレは首を傾げる。


「あそこまで一気に移動する。 ただ、方法についての質問はナシ。 舌を噛まれても困るからね」


 兜だけを解除して、オウカは笑った。


「結構な距離があるぞ?」

「大丈夫、大丈夫」


 きっと、嘘はついていないんだろう。


「嘘だったら許さないからな」


 ブレードを格納したあと、差し伸べられたオウカの手を握りながら、オレは言った。


「はいはい」


 軽い調子でオウカは答える。


「じゃあ、行くよ」


 その瞬間、視界は桜の花びらで満たされ、オレの意識は遠のいていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ