表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東開花戦線 カムナビ  作者: スマ甘
5/6

空白

 オウカが撤退した後、イオニスはひとりでブリーフィングルームに戻っていた。


「――完敗だったな。 俺たち全員が、あのガキを過小評価してたんだ」


 イオニスを追ってブリーフィングルームに来たアルバートが、彼に声をかけた。


「そうだな。 スピードも、攻撃力も、技量も、みんな"あの子"が上回っていた。 汚れ仕事専門の精鋭部隊『ラストコール』が来ても、瞬殺だったと思う」


 バンテージで損傷箇所を覆っただけの義腕を見つめながら、イオニスは呟く。


 ――"あの子"……ね。

 イオニスが言い放った、オウカを示す何気ない単語。

 それに反応して、アルバートの眉がぴくりと動いた。


「あのさ、ひとつ訊いていいか?」

「ん?」


 怒っているような顔で電子タバコを咥えたアルバートを見て、イオニスは首を傾げた。


「――お前、あのガキに気があるんじゃねぇのか?」


 イオニスは、壁にもたれかかりながら笑った。


「気がある? ああ、あるとも」


 そして缶コーヒーを開け、ぐいっとあおった。


「桜をアイコンに、小柄ながら絶大な攻撃力で敵を圧倒する。 まさに、『蝶のように舞い、蜂のように刺す』って言葉を体現しているみたいじゃないか」


 続いて、子供のように明るい笑顔をアルバートに向ける。


「それで、あのガキにぞっこんになって、監視衛星から防犯カメラ、兵士個人のカメラやD.N.Aにまでアクセスして、片っ端からガキの情報を集めるのか?」


 そう言いながら、アルバートは空き缶をぎりぎりと握り潰す。


「毎日毎日、影でコソコソとガキの尻追っかけて。 しまいにゃ、ベッドの上で妄想しながらマスかくのか。 俺の時みたいに(・・・・・・・)よ」


 痛いところをアルバートに突かれて、イオニスは黙った。


 イオニスは優秀な兵士ではあるが、自分が好意を持った相手に対して、ややストーカーめいたアプローチをしてしまう面があった。

 それも、"同性"に対して。


「いけないことか?」


 イオニスの経歴には、米兵時代にとある過酷な作戦に派遣された――という記録が残されていた。

 詳細は抹消されていたが、作戦が実行された時期は5年前で、イオニス以外の兵士は、全員戦死したということだけは判明している。

 

「嫌われるぞ」


 その後、帰還したイオニスはPTSDを発症。

 さらに、D.N.Aを経由して記憶の一部が消去されていた事も発覚する。

 そしてイオニスは、PTSDの治療が完了してすぐに軍を除隊し、能力を買われてHSSに入社した。


「そうなのか……?」


 それから、イオニスの"何かが"変わってしまった。

 訓練兵時代からの付き合いであるアルバートは、その"何か"を知るために軍を抜け、イオニスを追ってHSSに入社したのだ。


「嫌われるのは……いやだな」

「だろ? だから、しつこく追いかけ回すのは止めろ。 何か用があれば、ガキの方からやって来るさ」


 アルバートは、静かにイオニスの隣へ移動したあと、肩に手を置いた。


「――そうだな。 そうかもしれない。 あの子が来るまで、少し待ってみる」


 そう言ってから、イオニスは笑った。


 やっと、落ち着いたか……。

 イオニスの様子を見て、アルバートは胸を撫でおろした。


 いつの間にか好意を向けられ、隠し撮りされた画像で勝手に性欲を満たされる。

 ついには、寝込みを襲われて――――


 それから3年。

 アルバートは、自分を犠牲にすることで、暴走しかけたイオニスを制御する術を編み出した。


「気分転換するために、少し外に出るよ」


 中身を全て飲み干したあと、イオニスは缶をゴミ箱へ投げ捨てた。


「アルバートも来るか?」


 イオニスに訊かれ、アルバートは自分の腕を見せた。


「腕のフィードバックに誤差が残っちまっててな、調整が終わってねえんだよ」


 アルバートに断られ、イオニスは残念そうにしていた。


「そんな悲しい顔すんなよ。 また今度だ」


 笑いながら、アルバートはイオニスの肩をぽんぽんと叩き、そのあと彼の頬へ挨拶代わりのキスをする。


「――じゃあな」


 アルバートはブリーフィングルームを出て行った。


「……」


 アルバートにキスされた頬を指先で撫でながら、イオニスは黙考する。


「――アルバートは、オレに気があるのか?」


 ◇


 ブリーフィングルームを辞し、横須賀市街に出たイオニスは、本部の近くにあるファミリーレストランへやって来た。


「あの、すみません」


 金髪のウエイターにステーキを頼んだあと、別のウエイターに声をかけられた。


「今、店が混雑してしまいまして、お1人だけこちらの席に相席させていただいても……」

「構わないよ」


 やや食い気味にイオニスが答えると、1人の少年がウエイターに案内されてきた。


「どうもすみません。 あ、ココアとフレンチトーストをひとつお願いします」


 艶がある黒檀(こくたん)のような髪、子供らしい仕草、星空のように輝く瞳。

 少年を見たイオニスは、思わず息を呑む。

 そして胸がじんわりと熱くなるような、不思議な感覚を覚えた。

 ――初めてアルバートと出会った、あの時のように。


「大丈夫だよ。 気にしてない」


 イオニスの向かいに座った少年は、緊張しているのか落ち着きがない。


「そんなに緊張しないで」


 少年の様子を見て、イオニスは微笑んだ。


「本当に、大丈夫だから」


 イオニスの口元は、わずかに歪んでいた。

 イオニスの目は、けだもののように少年を睨んでいた。


 ◇


 1時間後。

 食事を終えたイオニスは、店を出て本部へ戻ろうとしていた。


「――おじさん」


 後ろから声をかけられ、イオニスは振り返る。


「きみは――」


 イオニスと相席になり、ココアとフレンチトーストを楽しんでいた少年が、なぜかイオニスの後を追い、イオニスの腕を掴んでいたのだ。


「――――」


 さらりとした黒髪が目を引く痩せぎすな少年は、じっとイオニスを見上げていた。


「――――」


 少年と目が合い、潤んだ瞳に惹かれ――イオニスは無意識に喉を鳴らす。


「……どうしたんだい? オレと遊びたいのかな?」


 イオニスは少年の肩に手を置き、静かに訊く。


「そうだね……」


 少年は笑った。


「時間があるなら、ボクと遊ばないかなと思いまして」


 そう言いながら、少年は何かを取り出した。


「それ、は――」


 少年がイオニスに見せたのは、『ピエロのメイクをしたアイアンマン』のマスクだった。


「まさか、キミは……」


 少年の正体に気付き、イオニスは懐のホルスターに手を伸ばそうとするが、民間人の存在を思い出した。

 だが、それは少年――オウカも同じである。


「――何が狙いだ?」


 訊かれたオウカは、答える代わりにイオニスの隣に移動する。


「さっき、あなたと全然戦えなかったでしょ? だから、リベンジマッチをしたくて」


 オウカの目的を聞いて、イオニスは思わず苛立った。

 こんな小さな子供が、まるで戦闘狂のように狂っている。 その事に。


「まるで戦闘狂だな」


 イオニスは小さな声で言いながら、隣に並んだオウカの肩に触れる。

 ――少し骨ばってるな……。

 擬似神経とD.N.Aを介して伝わってくる感触を、イオニスは楽しんだ。


「ボクは至って真面目だよ」

「そうなのか。 じゃあ、何歳なんだ?」

「12歳」


 年齢を聞いて、イオニスは動揺した。

 12歳という年頃であれば、学校で学び、友と遊び、色々な人生経験を積んでいるはずだったからだ。


「学校はどうした」

「研究を手伝ってたから行ってない。 でも、基本的な事は通信教育で済ませた。

 というか、学校なんて機関に通って、思想教育じみた授業を受けるのは、無駄じゃない?」


 終わりに「コスパ悪いし」と言い切ったあと、オウカは笑いながらマスクを放り投げ、桜の花びらに変える。

 そんな芸当ができるのは、アーティファクトを有するオウカだけだ。


「ずいぶん変わってるね、キミ」


 歩き出したイオニスは、同じく隣を歩くオウカの肩を静かに抱いたあと、D.N.Aを起動させた。

 彼がD.N.Aを有しているなら、密かにハッキングできると思ったからだ。


「ボクの体にD.N.Aは無いよ」


 自分の肩を抱くイオニスの手に触れ、オウカは呟く。


「じゃあ、どうやってアルバートのD.N.Aをハッキングしたんだ?」


 オウカは、自分がハッキングを仕掛けたあの男の名前が、『アルバート』であると察した。


「アーティファクトで擬似的にD.N.Aを構築して、一時的にハッキングしただけ。 そういうのは治療の応用でできちゃうの」


 答えたあと、オウカはイオニスの手を払い除けた。

 そして、1枚の紙をイオニスの手に握らせる。


「これ、対戦場所。 時間は明日の23時。 忘れないでね」


 オウカは手を振りながら、イオニスから距離を取る。


「待て――!」


 オウカを引き留めようとして、イオニスは手を伸ばした。

 だが、人気が無くなり、周囲が静まりかえった一瞬。


「またね」


 オウカは花吹雪と共に消え去った。


 ◇


「――んで、お前はあの子供とタイマンする事になったってわけか」


 ヘリキャリアに戻ったイオニスは、アルバートの部屋を訪れ、彼にそれまでの出来事を話した。


「ダメか?」


 イオニスは、ベッドで横になっていたアルバートの顔を覗き込みながら訊く。


「いや、別に」


 アルバートは仰向けから横向きに寝返りをうち、目をつむってしまう。


「あのガキには、お仕置きも必要だと思ってるしな。 いい機会なんじゃねえの」


 なぜか怒っているアルバートに戸惑いながら、イオニスは考える。


 ――こいつは、人間関係で悩むと考え込む癖があるよな。

 イオニスをちらりと見て、アルバートは心の中で呟いた。


「どんな子供だった?」

「少し大人びた感じの子供だった」

「風貌は?」

「黒髪のショートが綺麗で、目は星空みたいに輝いてた。 なんなら、写真を送ろうか?」


 イオニスが提案するが、アルバートは「いらない」と即答する。


「戦いに行っても良いがな、無茶だけはするなよ。 俺、傷つくお前を見たくない」


 再び仰向けになったあと、アルバートはイオニスの頬に手を添えた。

 イオニスは、無言で頬に添えられたアルバートの手に触れる。


「ああ、無茶はしないよ。 この戦いはきっと……お互いを理解するための"語らい"だと思ってるから」


 そう言ったあと、イオニスは立ち上がった。


「じゃあ、明日に備えてオレは休む。 それで頼みなんだが――」

「――わかってるよ。 お前の仕事は俺がやっておいてやる」


 アルバートは再び横向きになってしまった。

 だがイオニスは、そんなアルバートを見て目を細める。


「ありがとう。 それじゃ、おやすみ」

「……おやすみ」


 イオニスはアルバートの肩を叩いたあと、部屋を出て行った。

 その後ろ姿を、アルバートは静かに見送った。

 次に、D.N.Aをクローズド回線に切り替え、HSSの社長に繋げる。


 ◇


「社長。 緊急の用件があります。

 実は、あの子供がイオニスと接触し、明日の23時に1対1での対戦を申し込んできました。 ……イオニスも、これを受け入れています。

 そこで、わたしはあるプランを実行に移す事にしました。

 そのプランの内容はいたってシンプルです。

 あの子供がイオニスと戦っている間に、あの塊へ電源を繋ぐだけで済むのですから」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ