襲撃
HSS本部の地下に存在するラボにて、イオニスが回収した塊は解析されていた。
かちゃり、かちゃりと音を立てながら、複数のロボットアームが塊に触れ、様々なデータを蓄積していく。
「よう」
解析装置を眺めているイオニスを軽い口調で呼んだのは、アルバートだった。
「アルバートか。 換装は終わったのか?」
彼は、オウカの襲撃に備え、義体化されている両腕を、より戦闘に特化させたモデルに換装していた。
「ああ。 最終調整も済ませてある」
凶悪な爪を備えたマニピュレーターでは、気安く他人の肩を叩くこともできないだろう。
「お前は良いのか? 両手足を換装しないで」
イオニスは無言で頷いた。
「これが1番使いやすいんだよ。 擬似生体のタイプは、外見が生身と同じだが、咄嗟に痛覚の遮断ができないから嫌いなんだ」
握って、開いて――と自分のマニピュレーターを動かしながら、イオニスは言った。
アルバートは電子タバコ――水蒸気のみを吐き出せるタイプ――を口にあてながら笑う。
「市民の避難は完了。 現時点で動ける隊員を、外の警戒にあたらせた。 技術者はみんな塊の解析につきっきり。 無人機も、動かせるものを全部引っ張り出しておいたぜ」
ぷはぁっと水蒸気を吐き出しながら、アルバートはイオニスへHSSの人員についてのデータを送る。
「助かる」
「しっかし、これだけの戦力が本当に必要か? 社長の許しも出てるとはいえ、小さな国のひとつやふたつは滅ぼせる規模だぞ?」
データを見ながら、イオニスは含み笑いした。
「あの子供は侮れない。 過剰なくらいが丁度いいのさ」
そう語るイオニスの目は、どこか嘲りを含んでいた。
――あのガキに気でもあるのか?
見た事がないイオニスの表情に、アルバートは怖気を震った。
「そうかい。 じゃ、俺はバリケードでも作らせるように指示でも出してくるよ」
◇
「――正面ゲート以外の箇所は、全てバリケードと無人歩行戦車の設置。 あと、全ての火器の弾薬はテイザー弾を装填する……でいいのよね?」
カリーナが、本部の青図を机に広げながら、バリケードや無人戦車のシルエットを投影する。
「あの子供は、殺しは絶対にやらないだろう。 だったら正面ゲート以外には無人機を配置して、真正面からやって来てもらうって算段だ」
イオニスは正面ゲートのところにトンっと人差し指を置き、オウカを示すアイコンを表示させる。
「ただ、あのガキが"こんな穴だらけの作戦"に、簡単に乗ってくれるかどうかなんだが……」
電子タバコの本体を禍々しい指先で器用に回しながら、アルバートは呟く。
「彼も、作戦の意図を理解したうえで来るだろう。 自分の能力を過信するタイプなら、やりやすくなったと思っているだろうし」
「だが、アイツとどうやって戦うつもりだ? 杖と鎧、それとナノマシンを使うって事しかわからないのに」
怪訝な表情を見せながら、アルバートはイオニスに質問する。
「オレが盾役になって少年の攻撃を受けよう。
子供がオレに手こずってる間に、アルバート達が波状攻撃を仕掛け、スタミナ切れに持ち込むのが狙いだ」
イオニスは、全員の視界にライオットシールドの画像を共有した。
義体化された兵士のみが扱える特殊なライオットシールドは、ドライカーボン・ナノチューブと特殊樹脂の複合材に電磁コーティングが施され、劣化ウラン製の50口径弾や、高出力レーザーから兵士を防護してくれる。
「鎧による防御と軽い攻撃、そして高い敏捷性……。 これは、"少年がスピードと不意打ちを主軸に戦う"というスタイルを表しているに違いない」
自身、アルバート、カリーナがオウカと戦った時の映像が、3Dに加工されて再生された。
その映像は、確かに少年がスピードを持ち味にしている事を示していた。
「スピードメインで短期決戦を挑むタイプであれば、中距離戦と長期戦は苦手にしているはずだ」
イオニスの言葉に、全員納得していた。
オウカと直接戦った事がない兵士達も、食い入るように映像を見つめている。
その時、警報が鳴り響いた。
全員は、すぐにD.N.Aをタクティカルモードに切り替える。
「UAVが、横須賀駅ビル屋上にて、ターゲットと思しき人影を補足! 総員、戦闘配置に付いてください!」
間もなく、全員にオペレーターの声が送られてきた。
「クソガキが来たみてぇだな!」
アルバートは、電子タバコからフレーバーの切れたカートリッジを取り出し、ゴミ箱へ投げ入れた。
「腕……いや、足が鳴るわね」
カリーナは、義体化されている両足に装着したプロテクターを外している。
「さぁ、行くぞ。 あの子供に、きついお灸を据えてやらないとな」
◇
ゲート前に移動したイオニス達は、それぞれの配置に付き、オウカが現れるのを待った。
「――本当に来るのかね?」
新しいフレーバーを取り付けた電子タバコを咥えてから、アルバートはぼそりと呟く。
直後にイオニスは答えた。 「必ず来る」と。
「10番までのシールドは上げておけ」
「そっち、テイザー弾は充分か?」
「ああ、大丈夫だ」
他の兵士達も、各々の装備を確認している。
HSSでは、階級というものが存在しない。
そのため、各兵士の成績が階級として機能していた。
現時点では、HSS内での成績が一番高いイオニスが"司令官"という役割を担っている。
「UAVが再び少年を捕捉! 場所は――」
オペレーターが言い終わる前に、突然――無人戦車が爆発した。
「来たぞ!」
兵士の声と同時に、また1台無人戦車が爆発する。
爆発寸前に、イオニスの目は小さな人影を捉えていた。
「速いな……」
遠くから吹いてくる爆風を感じながら、イオニスは乱れた髪を整える。
――灰色の煙の向こうから、オウカがコートをたなびかせて姿を現した。
「コンニチハ。 HSSの皆さん」
オウカは、『こんにちわ』だけをわざとカタコトの日本語で言って挨拶した。
アイアンマンのマスクは、ピエロのメイクが濃くなっている。
「クソガキが……アメコミのヒーローを馬鹿にしやがって」
「落ち着け」
イオニスはアルバートを静止し、ライオットシールドを構えて、ゆっくりとオウカの前に躍り出た。
「――両手足を義体化した人は……イオニス・ガエボルグって名前だっけ? HSSの中で最も優秀な人なんでしょ」
アルバートのD.N.Aにアクセスした際に、オウカはHSSの兵士を全員把握していた。
その中で成績の高い3人――イオニス、アルバート、カリーナを、要注意人物として覚えてきたのだ。
「……そうだが」
イオニスが答えると、オウカは杖を持ったまま両手を広げた。
直後に、コートが鎧へ切り替わる。
「じゃあ――、手足は吹っ飛ばして良いですよね!」
少年の目の前に、サークル状の何かが現れた。
「D.N.Aのバグか!?」
複雑な紋様が描かれたそれは、ファンタジー映画やコミックに出てくる魔法陣にも見える。
「違うわ! あれは立体映像よ!」
「じゃあ、攻撃が来るってことか!」
ぐっと踏み込み、イオニスはオウカの攻撃に備えた。
「――それ、判断ミスよ」
くすりと笑いながら、オウカは微かな声で呟く。
オウカの目の前に展開された魔法陣からは、桜色のレーザーが発射された。
「えっ――遠距離攻撃――!?」
ライオットシールドは、高速で飛来したレーザーを受け止め、弾いた。
「その盾は何秒保つかな?」
――3秒。 わずか3秒でライオットシールドは溶解する。
その影響を受けて、ライオットシールドを持っていた両腕は、装甲のほとんどを抉られてしまった。
「なんて馬鹿げた威力だよ――くそったれ!」
唸りながら、イオニスは腕の状態をチェックした。
痛覚は遮断済みで、破損した部位に送られる信号は、生きている部位へ送る信号に変換し、バイパスする。
各関節部のモーターが無傷だったのは、不幸中の幸いと思っておくべきだろう。
「結構丈夫なんだね、その腕」
「まあな。 でも、よそ見はダメだろ――?」
イオニスの不敵な笑みを合図に、回り込んだアルバートとカリーナが、オウカを背後から攻撃しようとしていた。
「もう把握してる」
オウカの背中に魔法陣が展開され、2人の攻撃を受け止めた。
「イオニスは腕を交換しろ!」
「足止めはあたし達がやるわ!」
少年が夜霧桜を振るい、2人は即座に離脱して別々の方向へ疾駆する。
「まさか、鎧を着込んだ魔法使いだったとはな!」
「どう? カッコイイでしょ?」
「それはどうかしらね?」
オウカは自分の周囲に小さな魔法陣を複数展開し、兵士達が撃つテイザー弾を防ぎながら、肉薄してくるアルバートとカリーナを砲撃で迎え撃つ。
「ハリネズミかよ!」
アルバートは、魔法陣と砲撃の関係性、砲撃の角度とタイミングを瞬時に把握した。
そして、そのデータを実時間ゼロでカリーナへ送信しながら、隙間を縫ってオウカに迫る。
「面白い例えだね」
オウカは薙ぎ払うようなローキックを繰り出し、アルバートに自身の蹴りを防がせた。
そうして、アルバートを一瞬だけ足場として利用し、素早く姿勢を変え、アルバートに続こうとしたカリーナへ浴びせ蹴りを見舞う。
「カリーナ!」
「大丈――夫!」
オウカは、脚部に備わるスラスターを噴射して、キックの威力を増加させていた。
その一撃は思っていたよりも重く、カリーナの腕を痺れさせる。
「次はアルバートの番!」
叫びながら、オウカは夜霧桜を振り上げた。
「くっ――!」
オウカの一撃で、アルバートはほんの少しだけ浮かされた。
だが、すぐに体勢を立て直そうとして、エクゾスケルトンのスラスターを噴射させる。
「やーらせーませーん!」
オウカがふざけた口調で告げた。
そのまま、オウカは踏み込んでアルバートに肉薄し、夜霧桜を振るう。
「このっ――!」
アルバートはスラスター噴射をキャンセルして、攻撃を防いだ。
その瞬間、オウカの姿は目の前から消えていた。
「ほい次!」
視界から消えて1秒にも満たない間に、再びオウカが迫って、アルバートはオウカの一撃を防いだ。
だが、オウカの攻撃を防いだせいで、再び宙に浮かされた。
オウカはその好機を逃さず、すぐに離脱。
直後、バリケードを足場にして跳び、アルバートに接近する。
「これじゃあ……」
――永遠に着地できない。
オウカの狙いに気付いた時には遅く、アルバートはオウカの肘打ちをまともに喰らって、吹き飛ばされていた。
「アルバート!」
魔法陣に阻まれ、カリーナは援護できない。
強引にスラスターを噴射させ、やっと体勢を立て直したアルバートが、地面に片足を着けた瞬間。
弾丸のように跳んできたオウカが目の前に居て、アルバートの左肩に夜霧桜の先端を突き立てた。
「っつ――!」
痛覚を遮断するのが遅れて、非殺傷型の投擲武器――『テイザー・S』を投げるタイミングがずれてしまった。
オウカはテイザー・Sを舞うような動きで避け、夜霧桜の先端を引き抜く。
しかし、アルバートの左肩からはナノマシンで作られた鎖が伸びていて、オウカはそれを握っていた。
「くっ、鎖――!?」
アルバートが気付く前に、オウカはすぐそばの街灯を飛び越えていて、着地と同時に鎖を手繰り寄せていた。
「なんて――」
――馬鹿力だよ!!
アルバートはぐいっと持ち上げられ、滑車代わりとされた街灯と、アスファルトに叩き付けられる。
「アルバート!」
カリーナは、エクゾスケルトンのリミッターを解除し、魔法陣を強引に突破した。
「鎖って、好きなんだよね」
跳躍したカリーナを見つめて呟きながら、オウカは鎖を引っ張るような動作をした。
ジャリジャリという音が聞こえ、カリーナは視線を自分の足に移す。
「うそ――」
カリーナの両足には、鎖が巻かれていた。
間も無く、オウカは鎖を叩きつけるように引っ張り、カリーナはぐんっと下に引っ張られ、アルバートと同じくアスファルトに叩きつけられる。
「そーれっと」
オウカは間髪入れずに、鎖を手繰った。
「ちょ――――!」
立ち上がろうとしていたカリーナは、勢いよくオウカの元に引き寄せられ、振るわれた夜霧桜を腹に受けてしまう。
「――なん、なんだよ……こいつ!?」
吹き飛ばさたカリーナが無人戦車に衝突し、ガシャンという音を立てた。
兵士は気を失ったアルバートとカリーナを見たあと、煌々と目を輝かせるオウカを見る。
「テイザー弾はここら辺で止めておこうかな」
兵士達がライフルを構える前に、オウカは夜霧桜をくるくると回した。
同時に、兵士達が構えていたライフルと、無人戦車の武装を、桜の花びらが覆っていく。
「ラ……ライフルが!」
アルバートに対して披露した高速移動と、カリーナに対して使った鎖によって、広範囲に夜霧桜のナノマシンが散布されていた。
その効果により、ライフルと無人機はその機能を封印されてしまったのだ。
「元々、アーティファクトは攻撃するために作られたものじゃないしね。 雑魚は雑魚らしく、そこで大人しくしてなよ」
恐怖で固まる兵士達へ吐き捨てるように言ったあと、オウカは夜霧桜を振って、バリケードごと正門ゲートを破壊した。
そして、地下に続く通路へ向かおうと、エレベーターに乗り込もうとした瞬間……
「えっ……?」
かちり、という音を耳にした。
「あのバカ……」
「なんてことしてるのよ……」
爆発音で目覚めた2人は、真っ黒な煙に視界を奪われていた。
ただ、イオニスから送られてきた映像で、瞬時に状況を把握している。
「――お前の負けだ」
煙が晴れていく中で、イオニスはオウカの首を掴みながら持ち上げ、冷たく言い放つ。
「味方の施設を吹き飛ばすなんて……イカれてるよ、あなたは」
オウカが遠距離戦も可能で、自分やアルバート達が戦闘不能になった場合を想定し、イオニスは地下に向かうエレベーターへ爆弾を設置していたのだ。
◇
イオニスは、両腕を損傷して離脱した隙に、脱出ポッドを転用した盾を持ってEVの上に隠れ、オウカが侵入した瞬間――躊躇いもなく、エレベーターの裏に設置されたC4を起爆させたのだ。
「よく、エレベーターが落ちないで済んだね」
爆弾に気付いたオウカは、咄嗟にバリアを展開した。
だから、無傷で済んだ。
ただし衝撃までは遮断できず、オウカの意識は一瞬だけ飛んでしまい、その隙にイオニスの接近を許してしまったのだ。
「シャフトは塞いであったからな」
オウカが被っている兜は、取り外す事ができなかった。
だが、夜霧桜は床に落としている。
そして、イオニスが夜霧桜を蹴り飛ばすと、カリーナがそれキャッチして、その場から離脱した。
「ほら、君の負けだ。 鎧を脱いだらどうだ?」
イオニスに言われ、オウカは鼻で笑った。
「たしかに"今は"負けてるね。 けどこれからなら負けないよ」
「何を言って――」
イオニスが首を傾げた瞬間――
"ぞぶり"――という肉が裂けた音を耳にした。
「が――っふ――!」
イオニスは、腹の底からこみ上げてきた大量の血を吐き出す。
「言ったでしょ? ボクは戦い慣れていると」
その場に倒れたイオニスは、血を吐き出しながら、ごほごほと咳き込みながら、オウカを見上げた。
「杖より……鎧のほうが凶悪だな……」
オウカの鎧は、腹部がぱかっと割れていて、そこから木の根を思わせる黒い触手が生えていた。
ナノマシンで作られたと思われるそれが、自分の腹を刺し貫いていたのだ。
「イオニス――!!」
アルバートが叫んだ直後、空に展開された巨大な魔法陣が砲撃を行い、アルバートの目の前を薙ぎ払って足止めを始めた。
「まあ、安心して。 アーティファクトは、絶対に人の命は奪わない」
オウカの言葉のあと、イオニスは自分の腹部を確認する。
確かに、腹部の傷は――――完全に消えていた。
だが、激痛のせいでまともに動く事ができない。
胴体は生身であるため、痛覚の遮断も不可能なのだ。
「どうしてだ……?」
イオニスは、かすれた声で訊く。
「元々、治療用のナノマシンだからね」
そう答えながら、オウカはマスクの向こうで笑う。
「キツイジョークだ」
「よく言われる」
「痛みは数時間で引くよ」と言いながら、オウカは指先でイオニスの頬を撫でた。
その時イオニスは、オウカの指から甘い匂いを嗅ぎとった。
――この匂いは……麝香?
「さて、エネルギー残量も少なくなっちゃったから、ボクはここで撤退するよ」
鎧をコートに変え、オウカは踵を返して歩き出した。
「もう取り返すのも面倒になったから、あの塊はそっちに預けるよ」
ぴたりと立ち止まってから、オウカは言った。
「良いのか……?」
ゆっくりと起き上がったイオニスは、エレベーターの壁にもたれる。
「ただ、ひとつだけ言っておく」
「なんだ?」
「絶対に電源に繋がないで。 繋いだら、あれが目覚めちゃうからね。 それ以外は何をしてもいい」
ぴっと人差し指を立てながら忠告したあと、オウカは夜霧桜を手元に戻しながら消え去った。
「イオニス! あのガキは……というか怪我は!?」
「あいつは逃げたよ。 怪我の事は気にしなくていい」
イオニスがとっさに掴んだ、数枚の花びらだけを残して。