激突
昨日の襲撃事件を受けて、イオニスは仲間達をブリーフィングルームに呼び寄せていた。
「イオニス。 一撃でエクゾスケルトンを破壊されたのは本当なのか?」
破壊されたイオニスのエクゾスケルトンを見ながら、アルバート・メイソンは訊いた。
「ああ、目にも留まらぬ早さでフレームとモーターを破壊された」
答えながら、イオニスはテーブルモニターを起動した。
モニターから立体映像で映し出された映像は、イオニスの両目が録画していたもので、イオニスはその映像を遅めのスピードで再生させる。
「――これが、エクゾスケルトンを破壊された瞬間。 子供を車に叩き付けた時だな」
説明した直後に映像は乱れ――イオニスのエクゾスケルトンは鉄くずに変わった。
「何も映ってない!?」
「そうだ。 どんなにスピードを落としても、映ってないんだ。 それに、面白い事もわかった」
イオニスは映像を切り替え、エクゾスケルトンの損傷部位をまとめたデータを表示させる。
「損傷したアーマーの断面や、損傷の位置から攻撃の角度を割り出した。
すると、この攻撃は当たった瞬間に湾曲し、生身の部分へ当てないように攻撃していたんだ。 しかも、オレの後ろの道路にはいくつかの亀裂があって、それを調べたら――オレが喰らった攻撃が貫通したものだったんだよ」
断面図や図解を指差しながらイオニスが説明する間、アルバート達は唖然としていた。
「人を殺す気はないのね。 あの子供」
ふと呟いたのは、女性兵士のカリーナ・リンチだった。
「ああ、塊の強奪だけが目的らしかった。 彼と交戦した他の兵士達も軽いケガで済んだよ」
「そういえば、あの塊は? 奪われちまったのか?」
モニターに触れながら、イオニスは首を振った。
そして、手にしていた塊をテーブルに置く。
奪われたはずの塊がこの場にあることに驚き、アルバートとカリーナは目を見開く。
「何かあると思って、事前にすり替えておいたのさ」
「イオニスらしいっちゃらしいな……」
やれやれといった風に、アルバートは肩をすくめた。
「塊はすぐラボの解析に回す。 それまでは、全員で本部周辺の警戒だ」
「じゃあ、わたしは市街地をパトロールするわ」
「俺は襲撃地点の調査でもする」
その時、全員のD.N.Aに緊急通信が割り込み、視界にウインドウが表示された。
映像には、炎に包まれたどこかの建物が映っている。
「湾岸の施設がアンノウンの攻撃を受けた! 頼む! 誰か来てくれ!」
脳内に兵士の声と、爆発音が響く。
映像には、炎を背にしてピエロマスクの目を光らせる少年の姿があった。
「嘘だろ!? あそこには曳航した豪華客船が係留されてるんだぞ!」
アルバートは驚いていたが、冷静にエクゾスケルトンを装備して、アサルトライフルをチェックしている。
事前にエクゾスケルトンを装備していたカリーナは、もうブリーフィングルームを出ていた。
「イオニス! エクゾスケルトンは俺の予備を使っていいぞ」
アルバートがイオニスの回線に割り込み、ふざけながら言う。
イオニスは、呆れながらため息をついた。
「お前のエクゾスケルトンは、胸がきついから嫌いだ――」
◇
燃える施設を眺めながら、少年――神代 オウカは嘆息した。
――自分は、なんでこんな事をしているんだろう。
そう思いながら、オウカは豪華客船を見上げた。
「――この船に用があるの?」
施設の職員から奪い取った端末を見ていた時、一瞬だけ画面に影が映った気がした。
殺気を感じたオウカは、夜霧桜を構えて瞬時に振り返る。
「――いい反応ね」
「殺気がしたからね」
上から奇襲したカリーナが、装備したスタンロッドを叩き付けていた。
オウカは夜霧桜でスタンロッドを受け止め、カリーナを睨む。
「D.N.Aを使ったからかしら? 一部のソフトウェアでは、D.N.Aの反応を探知するものもあるわ」
「そうなんだ。 でもボクは、D.N.Aなんて使ってないけど」
「あっ――そう!」
カリーナは、エクゾスケルトンのアーム部分に増設されたスラスターを吹かし、強化した膂力でスタンロッドを振り上げ、少年を宙に浮かせた。
「よっと……」
だが、少年は謎の力を使い、空中に――立つ。
「ひと筋縄ではいかないようね」
カリーナは、空に浮かぶオウカを見て笑った。
「ボクは早く帰りたい」
オウカはカリーナを見下ろしたまま呟く。
「船を取り戻したいの?」
カリーナに訊かれ、オウカは首を振った。
「違うよ」
そう言ってオウカは懐から小型のリモコンを取り出し、スイッチを押す。
「それは――!」
直後に爆発音が聞こえ、あとから振動が伝わってきた。
「船を爆破するなんて!」
豪華客船は、各所から赤い炎と黒い煙を吐き出していた。
「人払いは済ませてある。 あとは、そっちが居なくなってくれれば――」
オウカが更にボタンを押そうとした瞬間。
どこかからスモークグレネードが投げ込まれ、濃密な煙がオウカを覆った。
「させるかよ!」
エクゾスケルトンの脚部スラスターを吹かし跳躍したアルバートは、オウカ目掛けてスタンロッドを突き出す。
オウカはスモークグレネードで怯んでいて、反応が遅れていた。
「カリーナは非戦闘員を避難させとけ! 足止めはしてやる!」
スタンロッドのグリップから、確かに手応えを感じた。
舌なめずりしながら、アルバートはオウカの出方を伺う。
「了解」
走り出したカリーナを見送ったあと、スタンロッドを突き立てられても平然としているオウカを見て、舌打ちする。
「そんなに睨まないでよ。 死人もケガ人も0じゃない」
2人は互いに間合いを取り、互いに得物を構え直す。
「でもな――お前がやっている事は犯罪なんだよ」
アルバートに言われて、オウカは大げさに笑う動作をした。
「あんたらの活動も、見方変えたら同じじゃない? 物とか壊してるんだしさ」
何も答えないまま、アルバートは踏み込む。
オウカと、まじめな会話はできないと察したからだった。
「――当たり?」
しかし、アルバートが加速する寸前、隣にオウカが立っていた。
「――!?」
自分よりも速く動いたオウカに、アルバートは驚く。
そして、オウカが繰り出した鋭い蹴りを喰らっていた。
「大人を舐めるな!」
アルバートは体勢を立て直さずに、設置式の非殺傷型地雷を投げた。
――至近距離での投擲。 普通なら避けられないはずだ。
「うわっ……!」
ただし、オウカは普通ではないらしく、投げられた地雷を簡単に避けてみせる。
(強引に避けたんだな)
オウカは地雷を回避するため、強引に体を反らしていた。
そのため、アルバートに反撃できないようだった。
(その隙に――!)
アルバートは、オウカの背後にある車に視点を合わせる。
すると、光学迷彩によって車のドアに偽装されたワイヤーが放出され、オウカに向かって飛翔した。
「罠とかずるい!」
オウカは夜霧桜でワイヤーを叩き落とすが、その瞬間、アルバートは間合いを詰めている。
「――捕まえた」
アルバートは刃を掴みながらオウカの足先を踏んで、動きを止めた。
刃を展開できないため、桜の花びらのような謎の物質は放出できずにいる。
「すごい体幹だね」
びくともしないアルバートに、オウカは舌打ちしていた。
「ありがとう。 ――こうやって掴んでいれば、刃の展開もできないだろ?
あの花びらは、ナノマシンの一種だと思ったからな。 強引な方法だが、対策は考えておいたんだよ」
アルバートが説明した直後。
「でも、他に手はあるのよね」
オウカは呟き、夜霧桜から手を離した。
そして、オウカが着ているコートが、花びらとなって散る。
「仕込みか――!?」
とっさに夜霧桜を捨て、アルバートはスタンロッドを振るった。
だが、不可視の何かにスタンロッドは阻まれ、折れ曲がり、破壊される。
「ボクも戦いには慣れているので」
――マスクの向こうで、オウカは笑みを浮かべる。
オウカの細い体を覆うように舞った花びらは、やがて紫に金の装飾が施された鎧へと姿を変えた。
「シャレた鎧だな!」
――背中と脚部スラスターを最大出力で起動。
危険を感じたアルバートは、後ろに飛び退いて仕切り直そうとした。
しかし、鎧を纏ったオウカは、エクゾスケルトンより速く動いて、アルバートに肉薄する。
「遅いよ」
「こいつ……!」
――なんてスピードだ!
オウカは手を伸ばし、アルバートの顔を掴んだ。
そしてアルバートは、自分の頭の中に熱が広がるような違和感を覚えた。
その違和感の正体は――
「――てめぇ! オレのD.N.Aをハッキングしやがったな!」
熱の正体に気付いたアルバートは、オウカの腕を掴んで振りほどこうとする。
けれど、オウカの鎧はとても頑丈で、アルバート程度の力ではびくともしない。
そして、D.N.Aのシャットダウンもできなかった。
「おかげで、本物のありかがわかった」
あの塊について話したオウカの声は、どこか不機嫌そうだった。
「アルバート!」
オウカがアルバートを地面へ叩きつけようとした瞬間、カリーナが姿を現し、ライフルを発砲する。
「時間切れか……」
オウカはアルバートから手を放して跳び退き、夜霧桜を手元に呼び寄せながら、コート姿に戻った。
「――じゃあ、またね」
そのあと、ひらひらと手を振りながら桜吹雪に姿を変え、逃亡した。
◇
「子供だからと油断してやられるなんて――かっこ悪いよな」
HSS本部に戻り、医務室で診察を受けていたアルバートは、自嘲気味に笑いながら言った。
「いや、年頃の子供が相手だったんだ。 誰でも躊躇するさ」
イオニスは俯くアルバートの肩を優しく叩く。
「そうよ――あなたはよくやった。 体に異常は無いんだし、それで良しとしましょ」
カリーナは、アルバートにコーヒーの飲料パックを渡し、微笑む。
「早くあの子供を捕まえましょう。 やっていい事と悪い事を教えてあげないと」
「ああ、そうだな」
イオニスは、HSSが使うソーシャルクラウド上にアップロードされたアルバートの映像にアクセスし、オウカについて考察することにした。
「やはり、あの杖やコートはナノマシンだったのか?」
「そうだ。 膨大な量のナノマシンが集合して、杖やコートになったんだろう。 だが、そんな事ができる技術なんて、見た事がない」
ナノマシンは、基本的に有限である。
体内を流れるわずかな電流を受け取って充電することはできるが、ナノマシンそのものの耐久限界は伸ばせない。
安定した状態でD.N.Aを使うためには、定期的に新たなナノマシンを投与してもらう必要があるのだ。
「あのナノマシン……アーティファクトをどうにかしなくてはな」
イオニスがぽつりと呟いた時、カリーナが何かを思い出し、クラウドデータを漁り始めた。
「カリーナ?」
イオニスがカリーナに問いかけると、カリーナは無言のまま何かの映像を転送してくる。
「アーティファクトってキーワードで、ひとつ思い出したのよ」
カリーナが送ってきた映像は、先月に起きた事件のものだった。
「これはあれだろ? 変な日本人の女が、ロボット達と一緒にナイル川連合の基地を攻撃したやつ」
映像の再生を開始し、イオニスとアルバートは、実行犯とされる女の姿を確認した。
「アジア系訛りのある英語を話す以外、別に変なところはない気が……」
「いや――」
イオニスは、映像を一時停止させ、女が握る剣を注視した。
そして、刀身の辺りを拡大させ、2人に見せる。
「ここだ。 ほら、女が手にしたあの剣と、あの子供が手にした杖が似てないか?」
イオニスが示したのは、刀身に刻まれた桜の紋章だった。
「似てるけど、偶然じゃないの?」
カリーナは、指先で紋章の輪郭をなぞる。
コンピューターによる解析では、杖と剣の紋章の形状は、完全に一致していた。
「あの女の武器も、ナノマシンの集合体って話しだったな」
「だから、この2人に何かの関係性はあると思うんだ」
女と少年――オウカの画像を並べて表示させ、イオニスは見比べる。
「――もしかしたら、この2人は姉弟だったりして。 仕草とか似てるところもあったし」
カリーナがふざけながら言って、アルバートはうっかりコーヒーを吹き出しそうになった。
「勘弁してくれ……」
笑いを堪えながら、イオニスはむせるアルバートにタオルを投げ渡す。
「まあ、2人が姉弟だったとしても構わないさ。 いっしょに行動してなさそうだし、何かつまらない事で兄弟喧嘩でもしたんだろう。
どちらかが現れた時に、直接訊いてみればいいさ」