33.帰郷……?
「「おおぉぉぉっっ! なんか凄そう!」」
チューリオから降り、メルセルニアだと思われる所の目の前に来た俺達は入口を探していた。
奴隷娘は未だに眠ったままで、仕方なく俺がおんぶしながら歩いている。
ちなみに襲われたのは最初の一人だけで、その後は警戒しているのを嘲笑うかのように敵も罠も見かけなかった。
「これ、壊せないの?」
「「うーん、出来れば入口から普通に入りたかったけどそもそも外壁が広いし、歓迎されるかもわからないからなぁ。クオン、切り抜ける?」」
「分かんないけどやってみる」
今までは聞こえなかったけどクオンの魔法発動のキーワードってなんなんだろうか。
よく考えたら俺の発動キーワードはアレクターに決められたんだよなぁ……魔界に連れ戻しに行って、俺のワガママに付き合ってもらったことをお礼しなきゃな。
「────ヴァリアント」
彼女が言葉を発した瞬間、手には太陽を圧縮しているかの様な光の剣が握られていた。
太陽は言い過ぎかもしれないが近くにいると目も開けていられないほどの光量なのは間違いないし、視界の端に映すだけでも目が火傷することだろう。
「すぅ……フッ!」
軽い呼吸とともに光の軌跡を残し腕が消える。
腕が戻ってきたかと思うと、目の前のガラスのようなドームの一部に太い線が入り、切り抜かれた所が内側に倒れ込む。
「「やっぱり凄いなぁ……クオン」」
「必要なことだったから、生き残るのに」
「「……それにしてもヴァリアントかぁ、どういう意味だったっけな」」
こんな時に携帯とかパソコンがあれば便利なんだろうけど残念なことに持っていないし、あったとしても料金未納で使えないだろう。
こんなことならもっと勉強しておくべきだったな。
「ハァンッ! そんなことも知らないのか落ち人よ!」
「「よし、とりあえず中に入れるようになったしさっさと行くか」」
「セス、アレはいいの?」
クオンが示す方向にはこちらを指さしながら堂々と胸を張る科学者のような男がいた。
根暗そうな表情、何日も洗っていないような髪の毛、しかし体格は普通よりもやや引き締まっている。
「「大した障害にならないだろうし放っといていいだろ」」
「ドキッ!! い、いやいや待てぇーい! もしかしたら、俺……メチャクチャ強いかもしれないぜ?」
こういうことを言うやつの強さは基本的に極端な場合がほとんどだ。
もちろんこいつの場合は……酷く弱い方で間違いないだろう。
「ちょ、ちょちょちょっとままって待って! そんないきなり殺そうとするような目で見ないで、話し合おう。イッツトークタイムといこうじゃないか兄弟! ほら、背中に子供もいるようだしぃ!」
「「まあ、そっちに戦う気がないならこっちも手は出さないよ。聞きたいこともあったし」」
「とりあえずその穴塞いじゃいたいからこっちに入ってそこどいてくれよ」
言われるがままにドームの中に入場し少し歩いたところで待っていると、男はくり抜いた壁をはめ込み、つなぎ目に何かしらの道具を当てていた。
アイロンのように撫で終わると、壁は切られたことがなかったかのように綺麗に治っていた。
「よし、終わり! コホン……君ら勇者一行が来ることは分かっていたんだ、早速案内するよ」
「「何だいきなり、それに勇者一行? お前何か勘違いしていないか? ここに勇者なんかいないぞ」」
そもそもこの世界に勇者なんていたのかよ。いるなら負魂機騒ぎの時に少しでも情報が入ると思うんだけどなぁ。
「はっ? 君の隣のめっちゃめちゃ可愛い子が勇者様に決まってんだろ! さっきのマジックワード聞いてなかったのか?」
俺の隣ってクオンのことか!?
確かにクオンの強さは勇者と呼ばれてもおかしくはないし、人格だって相当な人たらしだと思ってる。
でもクオンは……。
「私は勇者じゃない……だって私は望まれてないから」
「何を言いますか勇者様、この街とその『外』では勇者様のご帰還を望んでいる沢山の人々がいるではないですか」
「違う、私を心から望んでくれているのはセスだけ。他の人は皆自分の為に私を利用したいだけ、見た目が嫌いだから私を遠ざけるだけ。それは……望んでるって言わない」
話の流れからするとクオンがこの帝国っぽい所とその『外』とか言うところで勇者扱いされているのは間違いないだろう。
先程から気になるワードがいくつも出すぎて訳が分からなくなってくる。
こいつの言う『外』とか『落ち人』、クオンを『望む人々』、そして『帰還』。
さり気なく言っててスルーしてしまったが、俺と同じ美醜認識。
何かしらの理由があってクオンは『外』からこちらに落とされ、そして帰れなくなっていたと見るのが正しいだろう。
そして、こちらの世界はクオンを望まなかった。
「「クオンも……転生者なのか?」」
「んやー、違う……けど、足りない頭でそこまで考えついたのは褒めるべきことだな」
「セス、ここはダメ。すぐ帰ろう……でないと────「もう遅いですよ、勇者様」ッッ!?」
男の言葉の直後、突然地面が揺れだしまるでエレベータで上に上がっているかのような感覚に陥る。
しかもかなりの速度が出ているようで立っているのもそこそこキツイ。
「うごぁああ! い、いえ、逆でしたね。大変お待たせ致しました勇者様。『ココ』がアナタの故郷ですよ」
圧力に耐えきれなかったのか四つん這いになりながらも男は話すのをやめない。
馬鹿にされたのは腹が立つが、こいつの方が頭が良さそうだから逃げようとしたらすぐに捕まえてきっちり全部話してもらおう。
「「セス……ここはアタシも知らない世界だよ」」
ドームの外には荒廃した平地のみが広がり、そこには骨と皮だけの、まるでゾンビ映画にでも出てきそうな人達が儀式のように両手をあげたまま何度も何度もお辞儀をしている。
「……勇者様、それと君にも、ここで起こったこととこれから起こることを話そうと思う。偶然とはいえ事が起こる前に知らせることが出来てよかったよ」
「私は……知らない。こんな所覚えていない」
男がペラペラ無駄なことを話している間、クオンは頭を抱えてブツブツ喋っていた。
不思議なことにドームの外からの音は何も聞こえず、風すら吹かないのが妙に不気味な気持ちにさせる。
「────と、前置きはこの辺にして、本題に入ろう。この世界は現在、天上と地上で分けられている。元々は全ての人々が天上に住んでいたのだが、いつごろからかは知らないが特殊な思想が生まれだした」
特殊な思想……美醜認識逆転のことでいいのだろうか。
元々皆普通の認識で、いきなりそんな常識自体を変化してしまうことなんて有り得るんだろうか。
「思想が始めの頃は皆そいつを『変わったヤツ』くらいにしか認識していなかったが、そのうちこの思想が広がりを見せると『流行り病』のような扱いに変わっていった。そして、流行り病が伝染すると思った天上の人々はこのドームを作り、下界に感染者達を落として行ったんだ」
そして、落とされた人達は生き残るために文明を発展させていったのか……。
だが、それだけだとこのドームの外、『天界』の外の光景の説明にはならない。
「天上の人々の思想はその後二つに割れ、『落ち人反対派』と『隔離推奨派』が現れ始めた。下界何かよりもさらに広いこの全ての大地から人々が抗議の声をあげに、それだけじゃなく抗議を止めさせる声も、全てがこのドームに集った」
まさか異世界で大規模な『デモ活動』を聞くことになるとは思わなかった。
どの世界でも考えの食い違いがあればこういうことは起こるのかもしれない……。
「そしてそんな抗議の声の最中、一時だけどちらの声も止んだ瞬間があった……察しているとは思うが、その通り、出産だ。反対派の母と推奨派の父から子供が生まれようとしていた」
それが、クオンだったってことなのか?
ならどうしてクオンは下界に落とされてしまったんだろうか。
「ドームの中の管理者である俺は、『外』と『内』での出産について考えた結果『内』を選んだ……そして、彼女は反対派と推奨派のかけ橋『勇者』としてドーム内とはいえ天上に生まれ落ちた」
やはり赤ん坊はクオンか。
だが、この流れでいえば別に下界に落とす必要がなかったのではないだろうか。
「生まれた『勇者』を見た人々は派閥など関係なしに手を取り合って笑っていた。元々仲間意識が強かったから同じ喜びを感じ合うことはとても早かった……まあ、だからこそ起こった対立だったんだけどね」
病にかかって落とされた人たちを心配する人と、新しく生まれる子供やその他の仲間達が病にかかることを心配した人達。
どちらも仲間を思っての行動だったわけか……。
「だけど、そこで予想外だったのが下界の人々だった。彼らは現地のエルフや魔族、獣人たちと協力して唯一天上と繋がる柱、要はこの天上を支える支柱を壊し始めたんだ」
「「ッッ! それがあの────」」
「君の中に宿る精霊は随分賢い様だね。そう『天墜』と呼ばれる一部の生物しか知らない出来事だ」
天墜……って、天上が墜落したってことなのか!? だとしたら地上は……!?
いや、落ち着け。まだ話は終わってないし、そもそも現時点で地上には人がいる。
「天墜によって死亡したものはいない……このドームの仕掛けを使えば全世界の体の怪我を癒すことくらいはなんとか出来る。しかし自然に関しては別だ」
地上の自然で大きな傷……魔界へ行くための大きな亀裂かっ!
だが、ここが崩れたら被害はもっと大きくなるはず……それこそ地上が無くなったとしても不思議ではない。
「「その時地上では四つの角と四つの辺を使って一つの結界を作ってたの……でも全てを防ぐことは出来ないから力を逃がす場所が必要になった。そこで中心地の魔界とその他の大地を結ぶ境界だけを力の逃げ場所として犠牲にすることを選んだの」」
うーん、要は四角形の真ん中が魔界で、ここは単独の丸型バリア。その他の地域は四隅の角から伸びたバリア。
んで、ただ防ぐだけだと防ぎきれないから力の逸れる位置として魔界のバリアとその他のバリアの境界を空けておいたってことなのか。
分かったような分からないような……。
「納得できたようで良かったよ。まあそこからは説明のしようもないほど滅茶苦茶だったね。勇者が行方不明になるし、天井の再構築、支柱の増加、挙げていけばまだまだあるけどそこはどうでもいいや」
なんか、色々聞きすぎて頭がパンクしそうなんだが、一つ気になることが出来てしまった。
「「話の腰をおって済まないが、それはいつの出来事なんだ?」」
すると男は「そんなことも分からないのか」という顔をして。
何かにビビった顔をして「それには答えられそうにない」と答えた。
なにやら俺の手がきつく握りしめられているがきっとクオンが甘えてきているだけだろう。
「ま、ままままあ、いつ起こったかなんて気にすることもないじゃないか」
「「そ、そそそうだね! ま、まさかこんなところで息が合うなんてなぁ。アッハッハ!!」」
「「セス……男女関係なく年齢っていうのは気にするものだよ。後で謝ってあげてね」」
ラティスが優しい口調の時は正論しか言わないから心が痛むんだよ! やめろぉおおお!!
「セス……私がおばあちゃんでも好きでいてくれる?」
「「あ、当たり前だろ! そっちこそ俺が老けても逃げたりすんなよぉ」」
「クハッ、逃げるわけないでしょ。こんなに愛してるんだから」
ん? あれ、今の笑い方って……戻ってる?
てか何気に恥ずかしい事言ってる!? 他人の前なのに。
「ふむ、なるほど。目の前でイチャイチャされると結構嫌なものですね」
「クハハッ、それは悪いことをしてしまった様だね。だけど、これだけは言わせて欲しい」
そう言うとクオンが握る手に力を入れて俺を思いっきり引っ張る。
突然のことに体がついていかずクオンに思いっきり体を預けてしまうが、流石クオンと言うべきか見事に俺と奴隷娘の全体重を支えられ、抱きしめられてしまう。
「今戻ったよ……私の愛しいセス」
「「ああ……おかえりクオン」」
一体どのタイミングでとか、全ての感情が戻ったのかとか、聞きたいことはあるが本人が『戻った』って言ってるんだからおかえりでいいのだろう。
何か大事に巻き込まれそうな今だからこそ、とても大切な身近な出来事をしっかりと喜んでおきたい。
苦しいと思えるほど強く抱きしめられ、それと同じほどに抱き返す俺達を止められる者は、今この瞬間には誰もいなかった。
ヴァリアントは勇敢とか勇気とかそんな感じらしいです!
という訳で説明回っぽくなってしまいましたね、次回から戦闘に入れればイイなぁなんて考えていますが、そううまくは行かないかも知れませんね(笑)
それではまた次回〜┏○ペコッ