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31.清潔日

 いなければいないで寂しいと思っていたが、いればいたで今度は面倒くさく感じてしまう。

 人はその瞬間の満足度で人格が変わっていくことが多いが、おそらく今俺が感じているコレも同じことなのだろう。


 壊れたラジオのように耳元呼びかけを催促してくるミハクは健在だった。

 嫌ではあったがそれが懐かしくも嬉しくも思えていた……しかし、それは出会い頭数分であればの話だ。


 朝再開した後から約1時間半の間催促をされ続けてみろ……頭がおかしくなるぞ。

 そのおかげかはわからんが、クオンと奴隷少女がおきるまでの間には目がしっかりと覚めていたというのは言うまでもないだろう。


 「おはようセス」

 「おはようございます……ご主人様」


 昨日の寝言みたいにお兄ちゃんで構わないんだがな。

 とりあえず頷くことで挨拶を返すことにする。


 「セス、昨日言ってた清潔日って何?」


 いつの間に近づいたのか、気がついたらクオンに手を握られていた。

 ……この話し方もそろそろ慣れてきてしまった自分がいるのが恐ろしく感じる。


 《読んでそのまま、今日はクオンも奴隷の娘も、もちろん俺も、全身を清潔にする日ということだ。これからは定期的にこの日を設けようと思うからわかりやすく名前を付けたんだ》


 こちらの世界でシャンプーもボディソープも未だに見つけたことはないが、体の垢を落とし、お湯につかるだけでも大分違うだろう。

 折角魔法が使い放題なのだ、じゃんじゃん使っていこう。まずはお湯から。


 「…………! ……!?」


 そうだ……喋られないから魔法も使えないんだった。

 だからといってクオンに魔法を使ってもらうのもなぁ……魔力を消耗することで感情の戻りが遅くなられても困るしな。

 仕方がないので、朝クオンたちが起きるのと同時に俺の中に帰っていったミハクをもう一度呼ぶことにした。


 《ミハク!! すまないがもう一度話がしたい》

 《ハイハイー! ミハク? じゃないけど、アタシしか返事出来なさそうだからアタシが出るねェ!》

 《ラティスか!? 丁度よかった、ってかずっと待ってたぞ!》

 《アハハッ、ゴメンゴメン、しばらくあそこにとどまるかと思ってたから、先に武器の調整しておかなきゃなって思って。エヘヘー》


 まあ、確かに流れとはいえ疲れが抜けきらない状態で旅を再開したのは失敗だったかもしれない。

 それこそ、一日くらい街から食料品とか使えそうなものを貰ってきても良かっただろうしな……泥棒になるだろうけどさ。


 《それよりラティス、魔法が使いたいんだが声を頼んでもいいか?》

 《あれ、まだ声でないの? ちゃんと試した?》

 《何をしてくれたのかは知らんがさっき声出そうとして出なかったぞ》

 《ふーん、そっかぁ。んじゃあ任せて》


 次の瞬間俺の喉元に先の戦いで使用していたものが装着されていた。

 一度鏡で見てみたいものだが……後で水の反射で確認しておこう。


 「「とりあえずこれで喋れる様になったか」」

 「セスと……ラティス、ちゃん? の声が聞こえる」

 「「今ラティスには俺の代わりに声を出してもらってるんだ。ラティスがへそを曲げない限りはこれで喋れるはずだ」」

 「ラティスちゃん……久しぶり」

 「「うん、久しぶり! クオンちゃん!」」


 この二人はお互いをちゃん付けで呼んでいたのか……確かに、かなり短い間だったとはいえとても仲良さげに話していたからありえなくもないか。

 ていうかラティス単体で喋る時も俺の声が混ざるのな……。


 「「君は?」」

 「うぇっ!? 昨日助けてもらった……その、奴隷……です。私をご主人様の魔力缶としてこれンモゴォッ!」

 「「奴隷……か。これ以上言わなくてもいいよ。辛かったでしょ、今はこれしかできないけど体の傷は治してあげるからね!」」


 俺としては服従の言葉をもらってもなんにも嬉しくないし、更にいえばこの世界の奴隷制度を認識したことで、服従させることに嫌悪感を抱くようになったから言葉を途中で止めさせた。

 それに合わせたのかは知らないがラティスはこの少女を治すと言っている。


 「「セス、お願い」」


 頭の中に奴隷少女の体内にまで及ぶ傷の詳細と、それが治ったあとの状態の情報が大量に入ってくる。

 コボルトを治した時とはあまりにも違う情報量に一瞬戸惑うが、それだけ深い傷を長い時間をかけてつけられていたと考えれば納得せざるを得ない。


 正直頭が割れそうなほど痛いが、ラティスが治すって言ってしまった手前やめることは出来ないし、それにこれは、俺に可能なことだからやりたいと思える。


 「「リリース!」」



 前も言ったが、出来ることなら助けたい。助ける力がないから助けないだけなのだ。

 それは死ぬ前から変わらないし、力を手に入れたこれからもきっと変わらないだろう。



 奴隷少女の周りを白い光が包み、それが晴れると、蚯蚓脹れも目の傷も全てなくなった可愛らしい女の子がそこにはいた。

 しかし、やはり目は開けられないようだ。


 「あ、あれ? 体が……全然痛くない。どうなってるの?」


 わけがわからなくなって当然だろう、先程まで自分の体を痛めつけていた傷が、一瞬で取り除かれたのだから。更に、それが見えないのなら尚更のことだ。


 「「君がもう一度この世界を見たいと思えば、その目にはまた光が戻ると思うよ。セスの声は……もうちょっと時間置かなきゃ無理そうだけどねぇ。アハハハハッ!!」


 なるほど、傷は治っても心が癒えないうち、いや、前以上に心を強くしなければ目は開かないという事か。

 あれほどの傷を受けた現実を彼女はまた見たいと思える日が来るのだろうか……。


 っていうか、さり気なく俺の声が戻るって聞こえた気がする。


 「セス、声、戻るの?」


 クイクイッと服を引っ張るクオンがとても可愛らしく見えてくる。

 俺の考えとは関係なしにラティスが質問に答える。


 「「戻るよー! ただセスの場合この娘とは逆で、心は足りてるんだけど体とか脳が休息を欲しがっている状態っぽい……流石に魔法でも休息は取れないからねー!」」


 言われてみれば大蛇から休息無しに走り続けて負魂機戦だったから、体には相当な負担がかかっていることだろう。

 それにしてもラティスはホントに物知りだな。


 「「おっと、今ので忘れかけていたが今日は清潔日だ! みんな服着たままでも洗える感じにしておくからちょっと待っててくれな────リリース」」


 ────────


 何回かの魔法発動により三つの大型冷蔵庫くらいのお湯の塊が完成し、その後何回かの魔法を重ねがけすることで洗濯機の回転に似た何かを完成させることが出来た。

 あそこから飛び出した後は全身温風に包まれ風邪をひくこともないだろう。我ながら素晴らしいものを完成させてしまった。


 本当は限定連結魔法があれば一、二回で終わっていたはずなのだが、ラティスは現在モノクル状態ではないため使用することが出来ない。

 ……ミハクもラティスと一緒に出られればいいのに。


 「セス、これに飛び込めばいいの?」

 「「んっ、ああそうそう! 入る前に目をしっかり閉じて息を止めて普通に歩く、一応手すりとして俺の腕でも掴んでおいてもいいけど、いる?」」

 「ん、いる。先に私からやってもいい?」

 「「別にいいけど、まだ俺も実験してないから安全か分からないよ?」」

 「セスのことは信じてる。だから大丈夫」


 なんという信頼なんだろうか。これに答えられるような男にならなくてはな……捨てられたくはないし。


 そうこうしているうちに久遠の深呼吸が終わり真っ直ぐ歩き出し、温水に入った瞬間もみくちゃにされるように服が動き、出てから温風で乾かされる。


 温水は透明から茶色く濁り、どれだけ汚れていたかをハッキリと表していた。

 しっかりと汚れは取れているようで安心した。


 「これは……気持ちいい」


 どうやらクオンにも気に入ってもらえたようだ。

 次は奴隷少女の番なので、近づきさっきと同じ説明をすると、歯をガチガチならせるほど怖がってしまった。


 「ご、ごご、ご主人様のい、言いつけはぜぜ、絶対ですから……や、やります」

 「「……安心しろとまでは言わないが、クオンも通り抜けたあと気持ちよさそうにしてたぞ」」

 「…………はい」


 これだと俺が悪いことしてるみたいな気がしてくるが、「んじゃあやめるか?」なんて聞くとそれはそれで嫌な奴にも見えるから、ここは入ってもらうしかないだろう。


 「「大丈夫、俺が付いてるから何かあったら強く腕を握ってくれ、強制的に引き上げるから」」

 「……はい、分かりました。しっかりと入って参ります」


 目の見えない人にとっては水の中に入るのはやはり怖いことなのだろう。握られた腕から「ギシギシ……」と嫌な音が聞こえてくるほど強く握られている。


 ズダダダッッッッ!! ……ドッ、ポシャァァーンッッッ!!


 ガリガリの細身の癖にどこにそんな力があるのか分からないが、俺の腕を引っ張り水の中に入ったあとすぐに飛び出す。

 乾かしエリアすらも通り過ぎるかと思われたが、そこだけはしっかり止まっていた。


 「……う、うわーすごいきもちいー! さすがごしゅじんさまー」

 「「無理すんな、それより次の為に改善点を出してくれ。できるだけ怖くないように作るから」」

 「うっ……! は、はい……分かりました」


 わざとだとしてもここまで酷い棒読みは初めて見た。

 まあ、クオンほどではないとしてもしっかり体と服は洗えたようだから良いだろう。

 服に関しては元々がボロボロだったから少し千切れてしまっているが、それでも隠さなきゃいけない場所はしっかり隠してるし問題ないだろう。


 「「そんじゃ、体も綺麗になったことだし昨日余ったスープでも飲んでてくれ、俺もさっさと入ってくるから」」


 そう言い残し深呼吸をする。

 いい感じに呼吸が出来たところで息を止めてまっすぐ歩き出す。


 「「セースー!! これグルグルして楽しい! どうしてセスはこんなに面白いものを作るのが上手なのー?」」

(ラティス、水の中で話しかけちゃダメだろ。溺れたらどうするん……だ?)


 あれ? 俺自身が喋んなくてもラティスが喋ってくれるのか……そもそもラティスには心の中で喋りかけても聞こえるだろうから、そこまで気にかける必要もなかったか。


 しっかり洗えたと満足したあとにお湯からでて、風に身を任せる。

 久しぶりのお風呂もどきに気持ちも体もリラックスできた気がする。


(なんて気持ちいいんだ……体がスッキリしてポカポカして布団があったら眠りたい気分だ)


 残念なことに布団はないので眠ることは出来ないし、やることもあるので怠けてもいられない。

 なんだかんだ言って獣人界にだいぶ近づいたと思うから、後はレストたちがいる街を探すだけだろう。

 会ったらちゃんと謝らなきゃな……。


 「セス、食べた。もう行く? それとももう一回寝る?」


 クオンよ、その選択肢は両極端過ぎるだろ。もう少し休憩してから行くとかあってもバチは当たらないと思うぞ……まあ、行くんだけどさ。


 「「荷物を持ったら出発しよう。獣人界まであと少しだ」」

 「分かった」

 「分かりました」


 奴隷少女に関してもこの先どうするか考えておこう。

 なにせ、俺は一度レストを守る約束を破っているのだ、そんな俺がまた何かを背負うことなんてしていいのか……。

 庇護欲の精霊ことキアが俺にずっと話しかけないのも、きっとそれと関係していることだろう。


 負魂機との戦いで何を捨てたのか、何を学んだのか……そして何が変わったのか自分ではわからんが、とにかくあいつらにあったら必ず謝ろうとは思う。


 なんだかんだ言って俺はあいつらともまた旅がしたいって思っているから。

読んで頂きありがとうございます┏○ペコッ


現在新作も同時に書いているのですが、妄想を書き起すのとこれを書こう!と思って書くものでは書きやすさが段違いだということが分かりました(笑)


この物語は約70話を目標にしているので、それが終わった段階で書き終わっているものを全部出してしまいたいと思います(。>人<)

……転生ものでも、あべこべものでもないんですけどね……


まあ、まだ先は長いのでこれからもどうぞよろしくお願い致します。

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