27.合体、そして決着
『感情を殺す』────前世でそんなことをするには悟りでも開かない限りほぼ無理だろう。
だがこの世界では、感情を『心装人機』として表に出すことが出来る。
初めてアレクターを使った時も、戦闘中は怒りが爆発していたが、クオンに壊された瞬間に怒りの感情が消え去っていた。
俺の場合は負魂機のような完全な暴走ではなく、勘違いとはいえ詠唱をしてしまったことによる合意での使用だったので、精神への負荷は軽くすんでいた。
だが────
《セスっ、わかっているとは思うけど……普通の人はセスほど感情の治りは早くない。うぅん、元からセスが早すぎたんだよ……》
《ああ、わかっている》
《負魂機レベルの暴走から解き放たれた心が崩れてしまうことだってあるかもしれないし、そもそも今のボロボロのセスがまともに戦ったって勝ち目は────》
《ラティス……わかってるよ。俺はこのままじゃ勝てない、上手く救えないかもしれない……だけどっ! それでもやらなければいけない時もある》
そう、四肢の骨が飛び出しているのが目に付けば、誰だってまともに動けないことくらいはわかる。
喉からは小さい声すら出せないし、アレクターなどの負の人機達も消えてしまった。そして、愛の人機には攻撃手段がない。
「セス、君の表情を見ればどんな無茶なことをしようとしてるのかわかるよ。だから……それをさせないためにも、私を殺してくれないか」
相変わらずクオンは俺の考えを読んで、心配して、自分を顧みずに助けようとしてくれる。
それが嬉しくて、踏み切れなかった最後の後押しをしてくれる勇気が湧いてくる。
「ゴメンねクオン、その頼みは聞けない。知ってのとおり俺、最低な男だからさ……」
「セ────」
クオンが何か言いかける前に、光の壁を前に押し出しクオンに距離を取らせる。
《セスって、人の言うこと遮るの本当に多いよね……なんで?》
《それ以上俺が聞きたくないから》
《ホントに最低だね》
《ああ……ホントに、最低だよ》
クオンと離れた後、負魂機がもがき苦しんでいることを確認する。
(負の感情に呑み込まれながらも、まだ俺なんかのために時間を稼ごうとしてくれているのか……クオン)
その思いを無駄にしないためにも、俺も準備を始めよう。
《ラティス、折れた四肢を治す方法……知ってるんだろ?》
《…………二度と普通の体には戻せないけど、知ってる》
《構わない、俺なんかの体の一部でクオンを救えるなら》
すまないな、ラティス。
お前が俺のことを大切に思ってくれているのは分かっているが、今は『俺』よりも『クオン』が重要だ。
《……わかった。でも、覚えておいて! セスの中にはアタシがいることを、あなたがクオンを思うように、アタシもセスの事を大切に思っていることをっ》
ラティス、お前そこまで俺のことを……。
分かっていたつもりでも、俺はまだまだラティスのことを理解していなかったようだ。
《ありがとう、必ずまた皆で笑い合えるようにして見せる》
決意が、勇気が心に満ちる。
(最後の踏ん張りどころだ! 全てをかけて、お前を助けるッッッ!!)
「じ……んぞっっ……カハッ……あ、あぁぁ……」
(まだだッッッ!! 全身を使って声を出せ! 二度と声なんかでなくたっていいッ!! 見せてみろよ、今まで何も出来なかった男の、本当の意地ってやつをよぉぉぉッッッ!!!!)
「う……ウァァァァァッッッッッッ!! 心ッ装ォォォ! 合ッッッ体ッッッ────!!!!」
《忘れないで、感情を、体を失っても、あなたのことを想い続けている誰かがいることを》
(忘れられるわけがない……この瞬間この場所全ての痛み、経験、想い、全てが俺の魂の奥底に刻まれているんだ。何が起こったって忘れられるものか)
骨が飛び出して、しっかり踏ん張ることが出来なかったはずの足、曲がるはずのない方向に曲げられ、腕として機能しなくなっていた腕が粒子となって消える。
胸元の球は青から黄色に変わり、穴が空いていた腹部に埋め込まれ完全に体の一部となる。
そして、粒子となって消えた四肢の代わりに青い装甲の左右の腕、白銀装甲の左右の足が姿を現していた。
体の動かし方に違和感を感じることもなく、それどころか前よりも思った通りに体が動いてくれる。
先程までうまく体に回らなかった魔力も、正常に回り始める。
《セス、アタシが声になるよ》
輝く粒子が首から上を包んでいく。
自分ではどうなっているのかよく分からないが、首から口元までを冷たくも暖かい感覚が包んでいることはわかる。
「「待たせたな、クオン」」
俺とラティスの声が聞こえたのか、クオンがこちらを向く。
そして、一瞬……たった一瞬だけ懐かしそうに微笑んだ後、その微笑みは消え、俺へと急接近してくる。
「「今助ける」」
前から近づいていた負魂機の姿が急にぶれ、背後から拳が空気を割く音が聞こえたため、振り向くことなく地面を蹴り後ろへと下がる。
丁度負魂機の胴体当たりに背中からぶつかったので、思いっ切り肘を打ち付ける。
ぶつかった衝撃で周辺の空気が揺れ、軽い振動を起こす。
後ろ向きのまま敵の腹部を蹴り、勢いをつけて前へと逃げる。
瞬間俺がいた場所を禍々しい気が迸る長剣が貫いていた。
「「何を出そうがッ!!」」
真正面から負魂機に近づくと、こちらの速度が分かっていたかのようなタイミングで長剣が振り下ろされる。
体を捻り、直撃を回避したかのように思われた刃が、背部と腕部に同時に打撃を与える。
「「ゴハッッ!!」」
地面に叩きつけられた俺の髪を持ち上げ無理やり立たせる。
「「何を……受けようがッ!!」」
髪を持たれたまま、剣を持つ右の腕に蹴りを放つ。
命中した部分の装甲が砕け散り、髪を持っていた手を離すが、剣だけは離さない。
髪から手を離しただけの超至近距離で剣を満足に振ることが出来ないからか、負魂機が俺の頭部目掛けて膝蹴りを放つのが見える。
しかし、蹴りあげたまま地面に落とされ、体制を崩したままの俺にそれを防ぐ手段はなく、こめかみの辺りに強い衝撃が走る。
(クソッ! 視界が……)
頭を強く揺らされ、目の前が真っ暗になりかけた瞬間、心装人機と連結した四肢と喉から微量の電流が流れてくるのを感じ、目の前が通常の視界に戻る。
しかし、目の前には装甲に包まれている方の拳が迫っていた。
「「負けるわけには────いかねぇぇぇんだよォォォォォッッッッッッ!!」」
腹部の球から光の壁を展開し、負魂機を弾き飛ばす。
「「魔力循環……全開ッッッ!!」」
全身に魔力が行き渡り、腹部の球に魔力が過剰に吸収されていくのが分かる。
球に魔力を注ぐ行為が正しいのかは分からない。ただ、本能が「それでいい」と言っている。
光の壁の上部を飛び越え、上空から真っ直ぐ突っ込んでくる負魂機。
今回は小細工抜きでスピードが段違いに速い。
だけど────
「「連ッ結ッ魔ァァァ!!!!」」
────────俺の方が早い
上空から禍々しい焔を纏った長剣を振り上げている負魂機が接近してくる。
しかし、そんな中でもクオンの口の動きはよく分かった。
『私を君に託すよ』
(ああ、託された。安心して俺に背負われてくれ)
「「ゲヴル・ロジス────」」
体内の魔力が全てなくなり、脳みそや内蔵をぐちゃぐちゃに混ぜられているような激痛が走る。
しかし、これでもまだ負魂機を止めることは出来ないことは分かっている。
だから────
「「スティアラースッ!!」」
限定連結魔法の最高文字数は六文字、限界を超えることは本来不可能。しかし、先程腹部の球に蓄えた分が代わりを果たしてくれる。
魔法の発動が完了すると右腕に暴風が、左腕に雷が纏う。
上空からそのまま突っ込んでくる負魂機の剣の焔が俺に近づくにつれ徐々に消え、拳が届く範囲に到達した瞬間、暴風が殴りつけ、雷が地面に縫いつける。
瞬間、俺の残された肉体から筋肉繊維の千切れる音と共に過剰な力が湧いてくる。
「「グッッッッッ……アアアァァァァッッッ!!!!」」
殴る殴る殴る殴る殴る!!
ひたすら殴り、ひび割れた装甲に指を突き刺し、繋がる部分を乱暴に剥がし、無造作に投げ捨てる。
腕を払われ、立ち上がった負魂機からもカウンターをくらい左腕が吹き飛ぶが、それを無視して装甲部分をひたすら殴る。
そして遂に、負魂機の胸部装甲にヒビが走り、隙間から暗い紫光が漏れだしてくる。
魔力切れ、魔法による体内損傷、長期戦による体力消耗、まともな思考なんてほとんど出来ないがその瞬間だけは見逃さなかった。
「「そこだァァァァァァ!!!!」」
先程ひび割れた部分に、残る右腕を突き刺し球をしっかりと握りしめ、思いっ切り引き抜く。
ビキビキッ……ブチィィィィッッ!!
球と一緒に一本のコードのようなものが付いてくるが、『コレ』が感情を球に送り、球が力に変えていたに違いない。
(それならッ────)
「「コレで……終わりだァァァァァ!!!!!!」」
ベキベキベキィィィッッッッッッ────!!!!
球を引き抜き、思いっきり握りつぶす。
それと同時に部分的に残っていた負魂機も音も立てずに消えていった。
残ったのは、仰向けのまま衣服を一切身にまとっていない生まれたままの姿のクオンだった。
「「クオンっっっ!」」
もはや立っていることすらも辛く、フラフラしながら何とかクオンの元まで近づく。
「「おれ……おれっ!!」」
「く……はは。泣くことなんか……ないよ。セスはしっかり私を助けてくれた────────また会おう、セス」
「「っっっ……クオン。必ず『君』とまた会うよ」」
その日まで、ゆっくり眠っていてくれ。
クオンの目蓋がゆっくりと落ち、落ち着いた寝息が聞こえてきたことを確認すると、俺の首から上の装甲が粒子となって消える。
「セスも、今はゆっくり休んで」
《いや、俺はこれから「つべこべ言わないで眠っちゃえ!」グガッッ────》
四肢からそこそこ強い電流が走り、俺を強制的に睡眠状態にさせる。
意識を失う前に聞こえてきたのは、いつもより優しいラティスの声だった。
「お疲れ様っ、よく頑張ったね……。壊れた左腕は治しておくから、今は……おやすみなさい」
あぁ……おやすみ。
そして、膝から地面に倒れた俺は、ゆっくりと目を閉じた。