22.二人の力
この世界の魔力は異性との接触で回復する。
俺は天使様の力で瞬時に回復してしまうが、その他の人達はそうはいかないだろう。
魔力が切れると全身に激痛が走り、気絶してしまうというのもラティスから聞いた。
「一つ確認します……あなたは、女性ですよね?」
いくらレストの舞踏魔法が体力と魔力のハイブリッドだからといって、普通の魔法を使わない訳では無い。
なんだかんだ言って、汎用性のある魔法を使う機会が多くなるだろう。
「は、はい。確かに私は女ですが……」
当たり前の質問に戸惑う女性。
俺だって「あなたは男ですか?」なんて聞かれたら戸惑うに決まっている。
「レスト、この人と手をつなげるか?」
「……えっ?」
「これからの旅で魔力を消費した時、この人と手をつないで回復することができそう?」
この問いに、レストだけではなく女性も考えていた。
「まだ会ってスグだけど、この人はそんなに悪い人じゃない気がするから……わたしは大丈夫だよ!」
「そうか、レストは偉いね〜」
テーブル越しに頭を撫でると、レストの顔がふにゃふにゃに蕩けて、もっと撫でてあげたくなる。
ある程度撫でた後、女性の方を向き目をしっかりと見つめる。
「あなたはレストと手を繋ぎ、お互いの魔力を補い合うことが出来ますか?上も下もなく、同じ仲間として」
レストを魔力缶扱いさせるわけにはいかないから、どんなに良さげな人でもここはしっかり釘をさしておく。
すると、女性もしっかりと目を合わせてきて薄く笑い。
「もちろん出来ます。なんなら寝る時に縛っていただいても構いませんよ」
「いやっ……レストも言ってたとおり、あなたは悪い人には見えないのでそこまでするつもりはありませんよ」
悪くはないが、若干Mっぽい発言もあったから信じきらないでおこう。変態にろくな奴はいないからな…………俺含めて。
そこで、握手をしようと手を差し出す。向こうもそれに気づいたのか、手をしっかりと握る。
「俺はセス、これからよろしく頼む」
「私はクローリーと申します。こちらこそよろしくお願いします。坊ちゃん」
「そのぼっちゃ「わたしはレスト、よろしくね! クローリーさん」」
坊ちゃんと呼ぶのをやめてもらおうかと思ったのだが、レストにタイミングをずらされてしまった。
(20歳を過ぎたというのに坊ちゃんと呼ばれると妙な気分になるな……)
「お兄ちゃん、依頼も確認できたんだし、そろそろ行かないと夕方になっちゃうよ」
「ん〜、そうだな行くか」
「狩場までの道案内はお任せ下さい」
三人の意見があった所で席を立ち、狩場を目指すことにした。
────────
街の出入口からでて、魔界とは逆の方角に歩き続ける。
途中で魔物に出会うこともなく、のんびりとピクニックに来ているような感覚になってきた。
「全然魔物でないな〜」
「ここら辺の魔物は兵士達に倒されてしまっておりますので」
「へぇ、しっかりと仕事してるんだな」
「まあ、最近では狩場からこの街道まで出てこられる魔物も少ないので、兵士達も退屈していることでしょう」
なるほど、狩場に出現した大蛇が食い荒らしているのか……なかなか厳しい状況のようだな。
だからといって、大蛇を倒しに行くとかいうことをするつもりは無い。
わざわざ殺されに行くこともないだろうからな。
《ねぇ、セス。天使様からのお仕事はいいの?》
あっ……完全に忘れていた。街の人達が困っているから、助けなきゃいけないのか……
実際に動いてみると「困っている人を助ける」というのは、危険も絡んできて大変な事なんだとよく分かる。
「二人共聞いてくれ、突然だが大蛇を倒すことにした……だけど、今回の狩場での動き次第では戦いには連れていけないし、もちろん強制もしない。ただ、俺だけでも倒しに行くことは理解しておいてくれ」
突然の俺の発言に、二人がしばらく呆然とし。
「わたしも行く!」
「私もついて行かせていただきます」
どちらも着いてくる意思を示した。
その後はまたピクニック気分に戻りながらも、どこか気合が入っているようだった。
────────
「ここからが狩場でございます。足元に気をつけてください」
街から一時間くらい歩いた所に、大きな木がそこらじゅうに生えている場所があった。
ここに来るまでにも森のようなところがいくつかあったが、ここは「樹海」と呼ぶのが正しいかもしれない。
「これって、普通に狩りをしてたら迷わないの?」
「坊ちゃん……魔法があるので迷うことはありませんよ」
なるほど、アナログでもデジタルでもなく、ここには魔法がある。
魔法ならば電波も磁力も関係なく「自分たちが出口に作った目印」を思い浮かべれば、そこに向かうことが出来る。
もっと言えば、どこかの亀裂を飛び越えた時のように風を使えば飛ぶことも出来るだろう。
「クローリーさんっ、言われてた目印作っておいたよ」
「ありがとうございますレスト様。うまく作れましたか?」
「うんっ、結構自信作なんだよ」
俺が知らない間にレストは仕事をしていたようだ。
もしかしたら俺が一番働いていないのではないだろうか……
レストが作ったという目印を見に行くと、外の草原が見える位置に小さい猫の木像が建っていた。
さすが服屋にいただけあって、手だけじゃなくて魔法も器用なんだな。
「すげぇ……」
「えぇ、ここまで繊細な魔法を使えるなんて、大人の方でもなかなかいらっしゃいませんよ」
「えへへぇ、そんなに褒められると照れちゃうよぉ」
とりあえず、この猫像をしっかりと覚えておけば、帰り道に迷うことはないだろう。
今回の主力武装である棍棒を背中から手に移す。
クローリーは自然とレストのそばに移動し「守りはお任せを」と言わんばかりの目線を向ける。
レストも気合が満ちており、いつでも戦えそうな状態だった。
「今回の依頼はラムビットの肉、ガラルガンの内蔵、そしてヌラムーの舌らしい」
イラストを見る限り、ラムビットはトゲトゲした羊、ガラルガンはゴツゴツの岩男、ヌラムーは見る限り毒のある色をしたカエルだった。
「やはり食料の依頼しかないようですね。今の街の状態では仕方ありませんが」
「そうだね……舞踏会で無理をしたせいで、ほかの街からの補給が間に合ってないらしいし」
「よしっ、なら俺達が少しでも多くの食料を届けよう!」
今回はよっぽどのことがない限り、心装人機は使わないで戦うつもりだから、いつもより注意が必要だ。
しっかりと周りを確認していこう。
────────
しばらく樹海を進んでいくと、右側から草の揺れる音がする。
そちらに目だけ向けると、ゴブリンの尖った耳が草むらからはみ出していた。
(あれで隠れているつもりなんだろうか……)
「おいっ! そこのゴブリン。戦う気がないならすぐに立ち去るといい」
「えっ、逃がしちゃうの? お兄ちゃん」
どうやらレストは殺す気満々だったらしいが、クローリーは俺の言葉に何も動じていなかった。
「なるほど、流石坊ちゃんでございます」
……なにか勘違いされているような気がするから、ちょっと聞いてみよう。
「何が流石なの? クローリー」
「フフ……私をお試しになられているのですね。そんな事しなくても、しっかり分かっていますよ」
「えぇっ! クローリーさん、お兄ちゃんがなんで逃がしたかわかるの?」
「ええ、坊ちゃんはわかりやすいですからね」
今回に関してはマジで分からん。
単純に無駄な体力を消費しないためだけにゴブリンを逃がしたことで、クローリーは何を感心しているんだろうか……
だが、その後の言葉に俺は驚かざるを得なかった……
「坊ちゃんは……逃がしたゴブニンが呼んできたゴブリン、全部狩り尽くすおつもりなのでしょう?」
…………へっ? ゴブニン? 呼ぶ?
やめろ、想像したくない……もう魔界でやったような戦いはしたくないぞッ!
だが、沢山の生物達が草の上を駆けるような足音が、俺の想像したものが現実なのだということを、無理やり理解させに来た。
「そ……その通りだっ!! 来るぞ!」
次の瞬間、ゴブニンとやらがいた方向から大量のゴブリンが走ってきた。
(こうなったらヤケクソだァァァ!!)
駆け出そうとした所で、ゴブリンたちの動きが、走る体勢から棒立ちに変わっているのに気づき、足を止めた。
「わかったぁ! お兄ちゃんは私の魔法が実践で役に立つのかを見たかったんだね。安心して、魔物にだって通用するんだから!」
レストが軽やかなターンをすると、ゴブリンたちが持っていた武器を天に掲げる。
レストが素早くステップを踏むと、ゴブリンたちはその武器を自分の頭に勢いよく振り下ろす。
レストがポーズを決めると、大量のゴブリンの頭頂部から血が吹き出した。
それでも、踊りを見ていなかった何十匹かのゴブリンはまだこちらに向かってきていた。
(さ……最後はせめて、俺が決めるッ!!)
残った敵を確認し、近くにいた一体の頭を粉砕した時、後ろから声が聞こえた。
「坊ちゃん、残りはお任せをッ! ハッ!!」
声だけを残していったクローリーが、敵を素手で引き裂いていた……
決して引っ掻いてダメージを与えた訳ではなく、まるで「さける〇ーズ」のように敵の胴体を左右に分断したのだ。
「うっ……ぷ……」
こちらの世界に来て、初めてグロいと感じたかもしれない。
今まで俺の殺し方では、敵は苦痛を感じる前に死んでいた。
もちろん、死の瞬間は痛かったりするのかもしれないが、表情を変える暇なく死んでいく。
だが、これは違う。
死の瞬間のゴブリンの表情は……とても苦しげなものだった。
だからといって、「殺すな」なんていうつもりは無いし、俺だってこれまで殺して食べてきた。
ただ、この世界の魔物達もしっかり生きているということを、俺はもう一度頭に叩き込まなければならない。
(次からは大丈夫だ……)
一度深呼吸をして心を落ち着ける。
すると、レストとクローリーがいつの間にか近くにいた。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「坊ちゃん、顔色が悪いですよ?」
なんという悪意のない表情なんだろうか……魔物を殺すことに悪意もクソもないが、なかなかあんな殺し方できる人もいないと思うんだがな。
「いやっ、二人の戦い方が結構特徴的だなって思ってさ」
「まあ、わたしの魔法は知ってると思うけど敵を操るのが主体になるから、ああいうことさせなきゃ何も倒せないんだよ」
「確実に敵を仕留めるために、各敵に対して対処法は変わってきます。今回はゴブリンでしたので対処法とまでは言いませんが、後で食べやすいようにしておきました」
なるほど、二人共しっかり考えてるんだな。
結局俺の成果はゴブリン一匹のみだったし、せめて後始末くらいは俺がしよう。
「そうか、二人共凄かったよ。それじゃあ後始末は俺に任せて、二人は休んでて」
「うん、わかった」
「かしこまりました」
二人が手を繋いで切り株に向かって歩いて行くのを見送ったあと、収納空間を開く。
「魔法でパーっと入れちゃいますか……ん?」
なんか収納空間の中に違和感を感じる。
「ラティス、いるか?」
「ハイハーイ、いるよ〜」
「収納空間の中って中身見れたっけ?」
「……収納空間使える人はセスしか知らないから、アタシは何もわかんないー!!」
「わーわー!!そんな怒んなよ、ちょっと聞いただけじゃねぇかよ」
「最近アタシが答えられるようなこと聞いてくれないし……」
コイツ……もしかしていじけてるのか?
確かに知っている事を話すラティスは楽しそうだったからなぁ。
答えられないことを聞かれたら嫌だよな、普通。
「ゴメン、お詫びついでに収納空間の中確かめられるか……一緒にやってみないか?」
「……いいよ、許す。待ってて、体共有するから」
「ああ、ゆっくりやっててくれ、その間にゴブリンを入れてしまうからさ。────リリース」
ラティスが共有するまでの間に、収納空間にゴブリンをそのまま入れていく。
亀裂の中にゴブリンたちが吸い込まれていく光景は、なかなか面白かった。
最後のゴブリンが吸い込まれた辺りにラティスから声がかかった。
「共有完了だよ〜! 早速弄っていこうかー!!」
「おう!」
────────
収納空間を弄り出してから三十分程経過した頃、ようやく中身を把握できる方法が見つかった。
(それにしても、中身をイメージすれば出てくるのは便利だけど、何を入れたのか忘れてしまうと取り出せないのは意外と不便だな)
弄っている最中ずっと同じことを考えていたが、そもそも何を入れたのか忘れる方が悪い。
わかってはいるが、メモしておけるものを持っていないため、すべて把握するのは難しいのだ。
とりあえず、方法は見つけたので早速収納空間内の違和感を探っていく。
「セス、これじゃない? この大きい岩っぽいやつ」
「そうだな……こんなの入れた覚えがないんだけどなぁ」
魔物関係のものや調理器具などの中に、一つだけそこそこの大きさの岩が入っていたので、それを取り出すことにした。
ドガァァァァッ!!
凄まじい轟音とともに収納空間から岩が出てくる。
落ちてきた衝撃で周囲に土煙が発生し、出てきたものを確認することが出来ない。
(岩……? なんか入れたっけ?)
考えている間に、遠くからレストとクローリーが駆けつけてきた。
「何があったの? お兄ちゃん!?」
「すごい音がしたので駆けつけてきたのですが……」
二人にはいらない心配をかけてしまったようだ。
「いや、前にしまっていたものを取り出したんだけど、入れた覚えがなくてさ……」
「自分の持ち物くらいはちゃんと覚えておこうよ」
と、レストに軽く叱られていると、土煙が晴れてきたので、少しだけ近づく。
「…………へぁ……ぅう……」
何やら声が聞こえてきたので、間違いなく人か、喋ることが出来る魔物のどちらかだろう。
土煙が完全に晴れ、岩の後ろに回り込んで見ると……
「へぁぁ…………まりょくぅ……すごいぃぃ……もっとほしいのぉ……」
なんだこの薬物中毒者みたいな危険なヤツゥゥゥッッ!!
お読みいただきありがとうございます┏○ペコ
レストとクローリーの戦闘方法は色々考えた結果これに落ち着きました。
表現を出来るだけクリーンにしているはずなので、アール18レベルのグロさはないと思います……多分( ̄▽ ̄;)
ずっとこの戦闘方法ではなく、作中でも言ってたとおりいろいろな方法で戦うことが出来る人ですので、これからの活躍に期待が持てます( *˙ω˙*)و グッ!
それではまた次回ヾ(⌒(ノシ >ω<)ノシ