7話:思い込み
俊哉からの衝撃の発表から数日が過ぎた頃。
あの時は納得はしたのであったが、やはり秀二の胸中にはモヤモヤがあった。
自部屋でボールを手に持ちながら「う~ん」と唸る秀二。
そんな彼の元に一本の電話が届いた。
「神坂」
電話の主は神坂。
秀二が電話に出るとその内容は少し外で会おうという内容であり、秀二はすぐに家を出て待ち合わせをした喫茶店へと向かうと、先に神坂が席に座っていた。
「おうシュウ」
と手招きをしながら話をする神坂に秀二はコーヒーを買い向かいの席へと座る。
少し沈黙が続く中、神坂が先に口を開いた。
「あん時のトシの話、凄かったな」
「凄かった?」
「あぁ、俺らは中学の3年間しか付き合いはなかったけど、初めてじゃないか?トシが自分の意志を貫いたの」
その神坂の言葉に秀二は考えてしまった。
横山俊哉は確かに全国優勝チームのレギュラーと言う肩書を持っている。
しかし、彼には自己主張が余りにも弱かった。
人と争おうという気持ちが薄く、外野手のレギュラーこそ取れたものの外野3枠の中ではチーム内評価は一番下で打順も八番と下位打線を打ち通算打率は3割ぴったしという数字である。
また練習でも主張をいう事がなく一歩引いての態度を取っていた為、彼が最後の最後にレギュラーを取った時も周りのライバルは疑問に思ったほどだ。
だが彼の力をキチンと見ていたのは秀二と神坂は勿論のこと、監督も彼を認めていた。
ここまで細かいところまで見てくれる監督でなかったら恐らく俊哉はずっと控えのままであったであろう。
だからこそではないが、秀二は自然と俊哉はずっと俺たちに付いてきてくれると思いこんでしまっていた。
そんな中での俊哉のこの決断に秀二自身がかなり揺らいでいた。
「…まだ納得いかない感じだな」
「そういう神坂は、冷静だな」
と神坂の言葉に返してくる秀二。
神坂は少し黙るとふうっと一息漏らすと秀二を見ながら話を切り出した。
「俺は俊哉のようには出来ないからな。敢えてヤツは茨の道へと自分から進んでいった事に俺らは出来たか?もしかしたら出来たかもしれないが、恐らく俺は考えすらしなかっただろうな。トシの発する一言一言が、ひとつひとつの行動が、俺にはいつも良い方向に響いていたんだ。俺も高校はてっきり共に来るとは思っていたがね。」
と笑顔で話す神坂の表情は、秀二とは対照的に楽しみという期待に満ちていた。
神坂の心の中では決心していた、俊哉という男が今度はライバルとして向かってくること、そして好敵手になりうることを感じていたのかもしれなかった。
「良い仲間に巡り合えて、良い指導者に巡り合えれば、トシはさらに強力なライバルになるな。」
とニッと笑顔を見せながら話す神坂。
その彼の言葉に秀二は、心の奥底にはまだモヤモヤする物が残りつつも決心した。
俊哉を迎え撃つ事を。
「確かにな、どうなるかは周りの環境次第って事だな。」
「まぁ俺らもだけどな。上から見てると俺等も落ちかねん。」
「勿論俺等も上目指して頑張る!よし!納得した!うん!」
とガタッと椅子から飛ぶように立ち上がり飲み物の乗ったトレーを片付ける秀二。
そんな彼を見ながら神坂も笑みを浮かべながら立ち上がり店を後にした。
店先で別れ帰路へとつく秀二。
一人ポツポツと歩く中、秀二は走馬灯のように中学3年間の思い出が頭の中を過ぎっていく。
あと数ヶ月で俊哉はもういなくなる。
そう考えるとどこか寂しさを感じる秀二。
(いかん、卒業式で泣きそう…)
と肌寒い夜空を見上げながら考える秀二であった。
次回卒業式。