第六話 因縁の相手
「くっ、ならこれはどうだ! ≪精霊よ・その身を・炎の槍と変え・的を・射抜け≫『フレイムランス』!!」
バルスの前に現れた十個の炎は槍の形と化し、先程よりも早く威力が増した。が、それをアグトは片手で払い、握りつぶし、砕いていく。
「んなっ、馬鹿な! 『フレイムランス』は中級魔法だぞ! 素手でどうにか出来るものではない!」
「そんなこと知るか、現に出来ているんだから仕方がねえじゃんか」
アグトは手に濃縮した魔力を篭らせその手によって払っていったのだ。この技は身体強化の応用だがアグトの高度な魔力操作と膨大な魔力でなせる技だった。
「ふむ、じゃあ俺から行かせてもらおうか。≪精霊よ・炎を放て≫」
その一言でアグトの周りに火炎が十個浮かび上がる。バルスもまた今度は≪ウォーターランス≫を作り出す。
二人の魔法は同時に放たれ、魔法同士がぶつかり合う。
「ハッ! 初級『ファイヤーボール』ごときが俺の中級魔法『ウォーターランス』に勝てるわけがない!」
「五大魔力属性の法則か。それは分かっているさ、だから敢えてこうしている」
ファイヤーボールは次第に威力を増しウォーターランスを呑み込み、跡形もなくなる。
本来ならこのような結果はまずありえない。ファイヤーボールが即相殺されウォーターランスは威力を止めることなくアグトを射抜いているはずなのだ。しかし、アグトの魔力は世界でも上位に入るほどの魔力量。それを凝縮した初級魔法は生半可な中級魔法に遅れを取るはずも無く、ウォーターランスを相殺した。
「法則を無視だと! きさま一体何者だ!」
「やれやれ、何を今さら。まあいいか、俺はアグト。旧姓アグト=アティール。現在はアグト=ローズワーズと名乗っている。よろしく、元弟」
「アグトだと! ありえない、あいつは『危険区域』に投げ飛ばしたのだ。生きているはずがない!」
「まあ、名前で察して欲しいんだけどセラに助けてもらったんだよ」
それを聞いたバルスは歯ぎしりをする。アグトを睨みつけるその目には殺意が混じっていた。
「これは使いたくなかったんだが、仕方がない」
バルスは全身から魔力を放ちながら、そう言い放つ。全身から放たれている魔力は魔法に使われた魔力よりも濃密なものだった。
「いけません! 精霊顕現です!」
ミラテリカはアグトに向かって叫びかける。その事はアグトも承知の上だった。
精霊顕現――魔法とは違った魔法。精霊を具現がさせ、武器として、精霊魔法として扱う高等技術。世界で活躍する者の殆どがこの技を使うことができる。
「アグト様逃げて!」
「もう遅い!」
バルスの魔力は次第に右腕に集中し始め、その魔力は弓と化している。――バルスの精霊顕現が完了していた。魔法の上に存在する精霊顕現それを目の前にしたアグトはバルスの手に持つ弓を見て笑う。
「ふっ、遠くで放つ武器か。お前らしいよバルス、こそこそと自分は手をださずに俺を殺そうとしたお前にな」
「う、うるさい! 死ねぇええ!」
バルスは魔力の矢を作り出し弓を引く。その矢は今までの魔法とは比べ物にならないほどの魔力を秘めており、流石にアグトでも素手では対処できない。
「お前は精霊顕現は可能か? 魔獣が住まうあの場所に顕現できるほどの精霊は存在しなかったはずだ。それが俺とお前の差だ!」
バルスの矢は放たれた。その矢の速さは目で追いつくのがやっとの速さ。バルスは今度こそ直撃したと確信して笑う。しかし次の瞬間驚愕な表情になる。
「いやあ、なんとか間に合った。属性系統が分からなかったからビビッたけど風だったのか。いやー『アースウォール』にして正解だったな」
「くっそ、化け物め。≪業風よ・対象物を・裂け≫!」
バルスの放った矢はアグトの近くまで来ると形態を変え巨大な竜巻と化した。生徒では扱うことが到底できない上級魔法に匹敵する程のその魔法はアグトを飲み込んでいく。
「アグト様!」
アグトの『アースウォール』でも防ぐことができない巨大な竜巻に飲み込まれていくアグトをミラテリカはぎゅっと祈るように手を握りしめる。無事である事を願って。
次の瞬間――轟! となり、巨大な竜巻は魔力爆破し巨大な爆弾と化した。
その爆風は周りの生徒たち数人を吹き飛ばしアグトが立っていた場所はクレーターが出来ている。この瞬間バルスは勝利を確信した。周りの観戦している生徒たちもまたバルスと同じことを思った。
しかし、止み始めている土煙を待たずに一線の光が切り裂かれる。
「確かに俺は精霊とは契約ができなかった。だけど――」
まだ収まらない土煙の中アグトが話す。そしてだんだんと収まってきた土煙の中アグトのその手には漆黒の剣が握られていた。
「俺もとある奴と契約ができた」
「せ、精霊顕現!?」
ミラテリカは呟く。
その剣は異様な程に濃密な魔力と威圧感を放つ。バルスの表情は歪み、冷や汗を掻き始める。七魔導家が契約する精霊と同等かそれ以上の強さを放っているからだ。
「あーあ、校庭をこんなにしちゃって。」
「な、何を――」
アグトの居た場所から消える。
「――ッ!」
気づけばアグトはバルスの首筋に剣を当てていた。
その一瞬の出来事にバルスを含めてこの場にいる皆が驚愕する。
アグトは剣を更にバルスに突きつけると
「お前の負けだよな? バルス」
「ま、まだに決まっ――うッ……おうぅ!」
反抗しようとしたバルスに対してアグトは腹部に膝蹴りを決める。見事に溝に入ったバルスは唾を吐きながらゆっくりと前のめりに倒れた。
なんとも魔術師らしからぬ終わり方。だが――この日、アグト=ローズワーズはセラ=ローズワーズの弟子だと改めて認識され。その規格外さを知らしめた。